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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
変革者たち
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1 先を駆ける

「シャイネ。私からで構わないか?」

「勿論です、陛下」

バクザ達が来るまで主導していたシャイネは返事をし、自身の目の前にあった小箱をそっとバクザに近付けた。

「ありがとう。長い話になると思う。だが、大凡の疑問は解消出来る筈だ」

バクザは部屋の中の面々をゆっくり見回し、厳かに言った。

「手洗いに行きたい者は今のうちに」

間髪を入れず隣に座るキズィルがバクザの肩をスパンと殴った。

「おま、ばっか野郎。どう見ても全員準備万端だろがい」

「ん、そうか。要らぬ気遣いだったか」

キズィルがバクザに突っ込みを入れたことに内心吃驚していたヨルシカは、誤魔化すようにもぞりと座り直す。同じようにスゥハとゼンも動いていた。

「では始める。…そうだな。先ず、この国について、話そうか」

バクザは何処か、遠くを見るような目で話し始めた。

「皆、この地が遥か昔、魔獣が出現しやすいことから穢れた地、流刑地とされていたことは既に知っているな。そしてある日空の世界から白い少女と竜が降り立ち、浄化をしたことも。しかしそれは一時凌ぎに過ぎず、いつの日か再び汚染が進むことを、この島に住まう人々は知った。それを浄化する為に白い子どもという存在が誕生することも」


部屋の全員が、じっとバクザの話に耳を傾けている。


「何故、人々はこの島を離れなかったのか。自分達を切り捨てた世界に戻りたくなかったのか、或いはいつか起こる出来事に誰かが気付くべきだと考えたのか、単純に浄化されたのなら少なくとも自分の時代は安寧だろうと思ったのか、詳しくは分からない。ただ、人々はこの地に留まった。大いなる世界の秘密と共に」


バクザはそっとスゥハに目をやった。スゥハも、静かに受け止める。


「そしておよそ200年前。この地は汚染が進み、白い子どもが誕生した。『いつか起こるだろう』ということを『明日、自分の身に起きるかもしれない』と考えられる者は少ない。人々は混乱した。幾許かの血を流し、強制的に白い子どもは浄化を行うことになった。それは生贄とも呼べる形だった。人々は卑怯にも、浄化が完了した後に争いを始めたのだ」


「争い…」

まるでその単語だけ違う国の言葉のようで、ヨルシカが噛み砕くように繰り返した。


「そうだ。空の世界の存在、人ではないとは言え幼子を無理矢理生贄にするような行為を恥じたのだ。しかし、そうしないと世界が保てなくなる時は確実に来る。ならばどうするか?…その秘密は、一部の人間のみが背負うものとしたのだ。他の人々は何も知らず心乱さず、平和に暮らせるように、と」


何故かバクザはエイランと目を合わせた。


「人々は次の世代に語り継ぐことを禁じた。そして秘密を継ぐ一部の者たちが中心となり、この国は興された。王という存在を中枢に置き、理解者として紋の者が立ち、そして人間に接触してきたセイシアのような存在達が継続を担ったのだ」


スゥハは紋を思い浮かべた。

木の枝に串刺しにされた蛇のような、竜。

奇妙で空恐ろしいあの紋様は、自分達の罪を忘れるな、ということだったのだろうか。


「だが、次第に白い子どもの監視と干渉に気付き、なけなしの責任感は少しずつ歪み始めた。紋の者は余地の無い圧縮された恐怖とともに、我が子に歴史を語る。それを王が止めることは無かった」

「…陛下がそれを知っているのは…」

ヨルシカがそっと確認をする。

「ああ、王が代わる時に行われる、継承の儀だ。…そもそも、幼い頃から私は違和感を覚えていた。ある時を境に父がどこか変わってしまったように感じていたのだよ。そう、丁度父、先代の王の継承の儀を境に」


バクザはそっと自らの胸辺りに手を添えた。


「何と言うか、間違いなく父である筈なのに、その中に別のものが混ざっているような、な。しかし余りに荒唐無稽過ぎるため、ずっと気の所為であろうと自分を納得させていたのだ。サリュウに会うまでは」


こくり、と誰かが唾を飲む音がした。


「サリュウは、魂を感じ取ることが出来た。だが、それが何故なのかは分からずにいたようだ。そしてある年旅一座の唄い手だった彼女は偶然この島を訪れ、私と出会った。王である父と対面した際、サリュウは震えていた。必死に恐怖を押し殺して。そこで私はようやく分かったのだ」


バクザは少し目を細めて続けた。


「気の所為ではなかった。父は、この国は、何かがおかしい、と」


スゥハはまるで背筋を魔女の指先で撫でられたように感じた。

それはどれ程の恐怖だったろう。

どれ程の、絶望だったのだろう。


「継承の儀は遺物を使用する。それに接触することで、歴史が体内に流れ込むのだ。そして侵食される」


侵食。

スゥハが白い子どもの役割に侵食されないよう、サリュウは守ってくれた。ということは―。


「サリュウは魂の輪郭を保つことが出来た。既に混じり合ってしまったものは不可能だが、その前なら。確証は無かったが父が違うものとなってしまったのは継承の儀が原因とすると、私もそうなるだろう。しかし、それに挑まなければ何も解き明かすことが出来ないこともまた明らかだった。賭けではあったが、私の魂をサリュウは守護した。だから、継承の儀を行った後も私は侵食から逃れることが出来たのだ。…そうして私は永い時間の中、初めて自身を喪失することなく歴史を知る王となった」


ヨルシカは幼い頃、バクザから伝えられたことを思い出した。


―過去はひとつの見本として距離を置け。模倣を前提としてはいけない。情報として、咀嚼を心掛けろ。全ての過去は、見つめる時代によって色が変わってしまう。

―お前が選ばなければならない瞬間が来た時、信じられるものは何なのか。お前は自分の選択をしろ。その為には、視野を広く持て。何かが大きく変わる時、お前が先頭に立てるように。


バクザは、立ち向かうことにしたのだ。恐らくサリュウのような能力に目覚める人間はそう居ない。ましてや、その人物と王が出会うことなど、奇跡という表現すら当て嵌まらない確率だろう。それが分かったからこそ、バクザは自身の時代で変革を起こすことにしたのだ。

しかし、何という運命の悪戯か、まさにこの時代に白い子どもであるスゥハが誕生することになった。

一歩間違えれば世界樹として生き続けている白い子どもに排斥されかねない世界で、無言でバクザは戦い続けていたのだ。サリュウも、バクザと共に歪んだ世界を正そうと、命を賭けた。


―なんて人達だ。


自らの両親の偉大さにヨルシカは何故か込み上げるものがあった。そして同時に言いようのない不安も芽生え始める。

ヨルシカの未来を語ったバクザ。

失いたくないこの光は、いつまで目の前を照らしてくれるのか…?


「セイシアのような空に戻れなかった存在を『維持者』と呼んでおり、とある維持者から空の世界のことを聞いた王がいた。その記憶から、私もこの世界の成り立ちを知った。しかしその情報だけでは到底足りない。そしてサリュウとキズィルと共にこの世界について、白い子どもについて、水面下で調べ始めたのだ」

キズィルが剽軽そうにちいさく手を挙げる。

スゥハは疑問を覚えた。バクザとサリュウは王族だ。しかしそうではないキズィルを危険に巻き込むのは、バクザらしくなかった。気心知れた仲であることは明らかではあるものの、その決断に至った決定打でもあったのだろうか。

スゥハの疑問をキズィルは察知したのかもしれない。軽く挙げた手で、頭を掻きながらキズィルはからりと言った。

「俺も他人事じゃなくてな。…あー、ほらあれよ、俺も能力者なんよ」

「…え?」

頭から手を離し、キズィルは親指と人差し指を擦り合わせた。

「俺ね、植物に関する能力者なんですわ」


スゥハとルクスは同時にキズィルの頭に釘付けとなった。

湿っていた髪は乾き始め、もしゃもしゃとした癖っ毛が現れている。



それは非常に見覚えのある癖っ毛だった。



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