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たかが世界の終わり  作者: 森大洋
番外編:在りし日の瞬き
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3 甘い挑戦

街は活気に溢れていた。

人々の声、音、匂い、熱。

もう街に来るのは数回目だが、まだスゥハは慣れなかった。

「こっち行きましょ!」

隣にいた少年ルクスが、スゥハの手をくいと引く。慌てて脱げてもいないフードをスゥハは押さえた。

この認識阻害の術式が編み込まれているフードを兄ヨルシカから貰って数日が経つ。その性能を、疑うことはもう無かった。

白い髪に薄赤色の目、そして黒子ひとつない白い肌。

この異様な容姿に気付く街の人間は、誰も居なかった。

その御蔭で、最近は下を見ずに街を歩けるようになった。だが正直、まだそれが精一杯。

「今日は店に入ってみません?」

ルクスが聞く。そう、数回街に来てはいるが、歩き回るのみで店に入ったことがなかった。

「店、か…」

長く自分の世界は部屋の中のみだったことの反動からか、閉ざされた空間が苦手になってしまっていた。でも、いつまでもそんなことを言っていては始まらない。

「…分かった」

「俺が隣にいますよ」

ルクスはくしゃりと笑った。こんな自分が恥ずかしく、ルクスの笑顔が眩しくて見れなかった。

何処が良いですかねー、と歩きながらルクスはキョロキョロとした。

きっとあまり混雑しておらず、静かな店が良い筈。そう例えば…。

「あ、あそこスゥハ様好きかも」

ルクスが指差したのは文房具を主とした店だった。

「ペンとか、色々あるかもですよ」

ちらりと見たスゥハの表情に興味の色が加わったことを察知したルクスは、くいと優しく彼の手を引き、店に入った。

「いらっしゃい」

店主であろう男性が静かに声を上げる。しかしこちらに近付いてくることは無かった。それにルクスは安堵し、小声で会話を続けた。

「こんなに種類あるんですね」

「そうだな」

スゥハはまじまじと文房具を見つめていた。本人は隠しているつもりなのだろうが、一緒の時間を重ねるうちにルクスは分かってきていた、スゥハは考えていることが結構顔に出てしまうということを。勿論それは常にではない。誰か他の人がいる時は、硬い表情のままが殆どである。だがルクスとふたりの時はその警戒網が緩むのか、感情が漏れ出るようになってきていた。

ルクスは不思議と胸の奥が擽ったくなった。

ふとスゥハを見たルクスは彼が何かを言いたそうにしているのに気付き、その視線でルクスは理解する。

「気になるもの、手に取って大丈夫ですよ。横の紙に試し書きも出来ます」

「そうなのか」

そっと手を伸ばし、スゥハは一本のペンを取った。軽く握り、振り、紙に文字を書く。

「…思ったより重い」

ぽつりとスゥハは呟く。

「ああ、色は綺麗ですけど結構太めですもんね。こっちの方はどうです?」

「ああ、いいな」

「わ、この形すごー」

暫し少年達は探索に夢中になった。しかし他の客への対応を終えた店主が、ルクスに目を向けたことにスゥハは気付き、そっと声をかける。

「ルクス」

ルクスはスゥハの意図を悟り、自然に店主に話しかけた。

「ありがとうございます、今度は親とまた来ます」

「ああ、待ってるよ」

やや足早に店から出たスゥハを追い、ルクスも外に出る。

「ふふ。ちょっと楽しかったですね」

「少し疲れた…」

「えー。軟弱なんだから」

「慣れてないだけだ」

顔を顰めてスゥハが言う。

美しいこの表情を、街の誰も気が付かない。ましてやこの愛らしさなど。

ルクスは己の頬を掻いた。

ゆっくりとふたり、街を歩く。つ、とスゥハが鼻を上げた。

甘い香りが気になったのだろう。どこの店からか、ルクスはくるりと目を周囲に広げた。

少し先の店から賑やかな話し声とともに、菓子の甘い香りが届く。

成程、あそこか。

ルクスはスゥハを覗き込んだ。

「中、入ってみます?」

その店は沢山の客が会話と、食事を楽しんでいた。幸せそうなその風景に、フードを被った自分は非常に不釣合に感じる。

一瞬の思考の後結論を出したスゥハは首を振った。

「いや、やめておこう」


そうですか、とルクスは答えた。




*********




その夜。

孤児院に戻っていたルクスは厨房にいた職員に話しかけた。

「ねえねえ、お菓子作ってみたい」

「は?なによいきなり」

「何事も挑戦ってね」

「ふーん?…まあ良いけど。どんなの作りたいの?手始めにクッキーとかかしら」

んー、とルクスは首を捻る。

何が難しいか、初心者には分からない。確かにクッキーなら持ち運びも楽だし、どこでも口に出来る。

だが。

スゥハは店に入ることを嫌がる。賑やかだったり華やかだったり、そんな空間に自分が入ることが間違いである、と考えているのかもしれない。だったら、そんな場所でないと食べられないもののほうがいいかもしれない。

「ケーキとかのほうがいい」

「ケーキ?ちょっと難しいわよ、大丈夫?」

「うん、やる」

「…え、今から?」

「ん」

仕事が一段落したと思ってた職員は「ぐぅ」と諦めの音を漏らした後「頑張れ大人」と自らを鼓舞した。

「んー、よし!やるかあ!」

「さんきゅー!」

「まずはちゃんと手を洗って」

はーい、と腕捲くりをしながらルクスは返事をした。



「スゥハ様」

「ん?」

数日後、スゥハの部屋を訪れたルクスはにんまりと笑った。

「お土産がございますよ」

「…何だ?怖いな」

ずい、とルクスは小箱を差し出した。

「お菓子作ってみました」

「は?お前が?」

「はい。食べましょ食べましょ」

何処で食べましょか、あ、折角なら!

そう言ったルクスはバルコニーに続く窓を開け、足だけバルコニーに出して座った。そして隣の床をぽんぽんと叩く。

「スゥハ様、ここ」

「ええー…」

部屋の中で、謎に足だけバルコニーに投げ出しふたりは並んで座った。困惑気味のスゥハに頓着せず、ルクスはうきうきと箱を開ける。

クリームで覆われたケーキは持ち運ぶには不向きである。そんな点から、ルクスが練習したのはアップルパイだった。

何度か試作し、自分的にはうまくいったのではないかと思う。謎に食卓にアップルパイが並ぶ日々に、ダルクは首を傾げていた。

「フォークとか、皿は…?」

「あ、忘れましたね。でも大丈夫!かぶりつきましょう」

はい、とスゥハに一切れを差し出す。

ふわり、と甘く柔らかく、とても優しい香りがスゥハに届いた。

そっと受け取り、はむ、と一口噛む。

「……美味しい」

パイ生地はサクサクで、林檎はシャキシャキ。中のクリームはとろりとしていて…。それは甘くて、柔らかくて、優しい味だった。

「美味しい」

もう一度、スゥハはルクスを見て言った。

「ほんと?やったー」

ルクスはくしゃりと笑い、大きな口で自分も頬張った。頑張ったんですよー、と誇らしげに言う。

「本当に、美味しい」

スゥハが目をキラキラさせながら、ルクスに続けとばかりにあむ、と齧り付いた。

「…ありがとう、ルクス」

「とんでもないです」

ふふ、とルクスは笑った。

「また何か作りますね。今度は何がいいかな、タルトとかどうです?」

「いいな、待ってる。…あ、ほらお前クリーム垂れてる」

「あやべ」

「やっぱり皿無しは厳しかったんじゃないか?」

笑いながらスゥハが言う。

「じゃあ今度は、フォークと皿も用意します。んで、布とか敷いて外で食べましょうよ」

「ふふ、なんだそれ」

「だって、ここもいいけど景色がイマイチじゃないです?」

「確かに、空しか見えない」

「そう、空しか見えない」

ああ、またクリーム落ちる!とふたりは笑いこけた。手も口周りもべちょべちょになったが、それすらも堪らなく可笑しかった。




その後。

何でも器用にこなしてしまうルクスが「マジで店出せるレベル」と評される程料理の腕をあげてしまうことは、そう遠くない話である。



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