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金木犀ジャムとクリソベリルキャッツアイ③

土間まで戻ると途中で放り出された土鍋の粥はまだあたたかいままで、鍋ごと移動してテーブルに。お玉で掬うととろりとした粥がつやつやと輝いた。少し柔らかくなりすぎたけれど問題はない。


「いただきます」


手を合わせ、食べ始める。

甘味の強い米は粥にしてもその美味しさを失わない。中華風にすれば良かったかな、とふと思いながら、漬物をかじるとその考えも霧散した。


(やっぱり朝はこれだなあ……)


静かな食卓。朱がいれば時折会話も挟んでくるのだが、こんな朝食もたまには悪くない。

するとちりんと鈴の音が聞こえ、足元を見ればブランがすり寄っていた。

なにかの要求かと思ったが、何度かそのふわふわとした体を寄せたあと、名残も見せずに白い尾を揺らして縁側に置いてあるクッションへと向かう。

くるん、と華麗なターンをしたかと思えば、そのまま倒れ込んでしまった。

丸くなって……そしていつのまにかそこに鎮座していたのは、真珠と大きな猫目石のブローチだった。ハニーアンドミルクの柔らかな色味と、シャトヤンシーがぱっきりと煌めく。飴玉みたいな柔らかな色であるのに、どことなく高貴さも漂わせている。

その自由さに苦笑しながら、食事を終えた。


「さて、続き、やりますか」


土鍋を水につけて、もう一度金木犀の花が入ったままのザルをテーブルに戻す。

再び竹串を手に、花びらの山に手をかけた時。


「へえ、このジャムってこんな面倒なことしてたんだ」


のんびりとした声。斜め上を見ると、いつの間にか覗き込んでいた朱が意外そうに目を丸くしていた。

……朱の方が、よほど面倒くさいことをしていると思うのだけれど。

春臣は思うが、それを言ったところで朱に自覚がないことも分かっている。


「……別に単純作業なだけだから、時間かければ終わるよ」

「ふぅん」


流れるような動作で椅子に腰掛け、頬杖をついて春臣の手元を凝視する朱。

気にすることなく花びらとがくを選り分けていると、ねぇ、と声をかけられた。


「俺もやっていい?」

「え?もちろん良いけど……珍しいね?」

「まあ、すぐ飽きると思うけど」

「はは、そうかもね」


じゃあ、はい。

竹串を彼に渡し、目の前で一度やってみせる。それとちらりと見た朱は早々に作業へと取り掛かった。伏目がちになって、長い睫毛が白い頬に影を落とす。

不意に訪れる静寂。

気まずさはなく、ただ穏やかに、淡々と、とうとうと流れる時間。

思ったよりも朱の忍耐力は続いていて、次第に花びらの山は減ってゆく。

気付けば、互いに最後の一輪に手をかけていた。


「二人でやると早いなあ」

「でも暫くはいいわ。ちょっと手首痛い」

「朱、綺麗に取ってたもんね」

「気になるんだよね、こういうの」

「知ってる」


さて、難関は終わった。春臣は立ち上がり、大きめの鍋にお湯を沸かし始める。

手を洗った朱はその様子を土間の式台に腰掛けて眺めはじめた。

お湯が沸いたらすぐさま金木犀の花びらを入れ、くぐらせる程度で上げる。あまり煮ると色が落ちてしまうのだ。

そして白いホーロー鍋に砂糖と水を入れて、煮詰めていく。砂糖が溶けて沸騰したら、花びら、レモンの果汁を投入し、花を潰さないようにしてかき混ぜたら火を止める。

そうして煮沸しておいた瓶に移せば完成だ。

出来上がった瓶は五つ。これならばお裾分けをしても十分持ちそうだ。


「……なんか、出来上がるの早くない?」

「一番時間かかるの、掃除するとこだから」


一部始終を眺めていた朱が、非難まじりに言うが、春臣はへらりと笑ってそれを流す。

しかしそうやって唇を尖らせていた男も、美しい色のジャムを見ると気分が変わったらしい。

秋を閉じ込めた瓶が、陽光に煌く。


「綺麗な色。これで何作ろうかなあ」


きらきらと、男の瞳が希望に満ちる。朱はお菓子作りが趣味なのだが、材料となるジャムやシロップを作るのは春臣の担当だ。

出来たばかりで熱い瓶を手袋さえせず、光に透かして秋色を楽しんでいる。


「春は?何が良い?」

「何でも良いよ」


子どもみたいに無邪気な表情で聞いてくるので、苦笑した。

するとなぜか朱がにやりと悪どい笑みを浮かべたので、そんなに変な答えをしただろうかと首を傾げると。

「春は俺のお菓子なら何でも好きだもんね」

そう、どこか誇らしげに笑う男。

今更だ。そうばっさり切り捨ててやろうかと思ったが、どうしたってこの男を喜ばせるだけだ。だって、結局のところ事実なのだから。


「……だめ?」

「ううん」


あからさまに上機嫌になった男は分かりやすい。にこにこと三日月のような笑みを浮かべて、ジャムを眺めて――いたのだけれど。


「――ぐぇ」


潰れた声。

ふと彼の頭に白い塊が乗っていた。器用なものだ。


「さっきまで昼寝してたのに。甘い匂いで起こしちゃったかなあ」

「ブラン、あっち行ってな」


ブランの脇に手を入れると、思ったより長く伸びる。トルコアイスみたいだな、と何とはなしに思っていると、追い払うような朱の仕草にぺしん、ぺしんと白い尾を揺らして遺憾の意を示している。なぜだか朱とブランは仲が良くないのだが、それはおそらく……。


「似てるなあ」

「はあ?俺とブランが?こんな気まぐれさんと一緒にしないでくれないか?」


心外だ!とばかりに朱が憤慨するが、春臣は結局あいまいな笑いで誤魔化すしかなかった。


(だって……)


秋晴れの気持ちの良い天気の中、洗濯や掃除を滞りなく終わらせ、朱手製のパンケーキも食べ終わった頃。

もう一度縁側を通りがかって、春臣はついつい笑ってしまった。

あまり写真を撮らない性質(タチ)ではあるが、さすがにこればかりは無理だろう。静かにピントを合わせ、ボタンに指をかける。


――縁側に、白い猫が、二匹。

気持ち良さそうに眠っていたのだから。

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