アクアマリンとタルトタタン⑤
「はい、残りのタルトタタン」
ことりと置かれた皿には大きめのピースのタルトタタンが鎮座している。
朱を喜ばせるのがなんだか癪で、あまり嬉しそうにしたくはなかったのだけれど、バターとキャラメルの香りにはどうしても勝てない。
せめてとばかりにゆっくりとした動作で食べ始める春臣を、朱は三日月のように目を細めて見ている。
「朱は?食べなくて良いの?」
「それじゃあもう一口だけ貰おうかな」
口を雛鳥のように開けた真っ赤な口に、ケーキを放り込む。咀嚼し終わった青年は「もう少し砂糖減らしても良かったかも」と呟くのを横目に、春臣はケーキを堪能し始めた。
春臣としてはこのくらいの甘さの方が好みだけれど、確かにたくさん食べるにはいささか甘いかもしれない。少しぬるくなったほうじ茶を啜り、ほう、とひとつ息を吐いた。
「良かった。あの子、引き取ることにならなくて」
「引き取った方が幸せになれたかもしれないのに?」
「……なんでそう意地悪なこと言うかなあ」
む、と唇を尖らせて彼を咎めると、朱は困ったように笑う。
「だって、人間の心なんてすぐに移り変わるだろう?」
「彼はそんな人に見えなかったよ」
「なら良いが」
「あの子も嬉しそうだったし」
帰り際に、玄関先で彼がもう一度指輪をかざした時に、クラックが虹色の輝きに満ちていた。
きっと彼はあの子を大事にしてくれる。少なくとも、春臣はそう信じている。
「お人よしだねぇ」
そう意地悪そうに言う朱の声もまた、どこか嬉しそうであった。
金木犀の香りが、暁に滲む日のこと。