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アクアマリンとタルトタタン④

「……で、依頼の品ってのは、この子かい?」


食べ終わるのを待って、朱が口を開く。

とん、と蓋を閉めたジュエリーケースに真紅のつめ先が触れた。気のせいだろうか、その爪がきらきらと万華鏡のように移り変わっているように見えた。


「開けても?」


視線だけで問われ、頷く。彼は手袋をつけることはなかったが、恭しい仕草は堂に入っており、傾けられた指輪が煌く。

再び、石から水が滴り落ちた。普段とは違う指輪の様子に松島は驚く。いつもは水滴を零すのは決まって一日一度きりだったのだ。

刹那。


ざぶん、と――水に落ちる音に包まれた。

(ッ?!)


ごぼごぼと、目の前に大きな水泡が浮かんでは、消える。けれど息苦しさは感じず、次第に泡沫と消え、美しい蒼が、広がっていた。


(海……?)


ゆらゆらと、とうとうと、きらきらと、悲しいまでに美しい、蒼海。

確かに、今、己は深い水底に沈んでいる。

首を巡らせると誰もいない。一人きりだ。それが泣きたいほどにさびしいような、けれども落ち着くような。

陽光が美しい波紋を描いては移ろいゆく。息を呑むほど美しい光景は、一瞬にも、永遠にも思えた。

……気付けば自分は相変わらず椅子に座ったままだった。


「玖治さん、?あの、俺、今……」

「大丈夫、落ち着いてください。夢に近いものなので」

「ゆめ……?」

「綺麗な海でしたね」

「玖治さんも、見たんですか」

「はい」


にこりと落ち着かせるように玖治が笑う。恐ろしいものでないとは思うが、ひどく不思議な気分だ。


「アクアマリンは海水を意味する宝石なんですけど、マリンブルーの美しい石ほど良いとされています。まさにその色の海でした」


そうして玖治はいまだ指輪を眺めたままの朱へと移る。指輪の光彩が揺らめく彼の瞳は、爪と同じ不思議な色を帯びていた。


「ああ、可哀想に……悲しいことがあったんだねぇ」


やがてじんわりと滲むような声で、そう呟く。


「え?」

「だってクラックてのは傷だよ。この子達だって悲しいことくらいあるさ」


そう優しく言い聞かせるように、彼が指輪を撫でる。するとぴたりと水は止まってしまった。


「悲しいこと……松島さん、この指輪って、誰かから譲り受けたものですか?」

「あ、ああ、そうです……祖母のものだったんですが、亡くなる前に、自分が死んだらこれを受け取ってほしいと。俺と同じ名前の石だからって」


今思えば、祖母は相当な石好きだったのだろう。生前の祖母の家に遊びに行くと、いつも違う指輪をしていたのを思い出す。宝石箱いっぱいに敷き詰められた大きな石のリングは幼心ながらにわくわくしたものだ。


「ああ、じゃあそれだなぁ」


のんびりと朱が言い、指輪をケースへと戻した。


「そっか、お祖母さんが亡くなって悲しかったんだね」


玖治の方も納得のいった様子で、ぱちんとケースを閉める。けれど松島は置いていかれたままだ。


「えっと、その、それで、俺はどうしたら……」

「どうもしなくて良いよ。この子はまだ喪に服しているのさ。気が済んだなら、君が身に付けてやると良い。ただこの子は日の光があまり好きじゃないから、夜の散歩が良いかな」


軽やかな口調で、なんでもないことのように朱が提案するが、本当にそれでこの奇妙な出来事が止まるのだろうかと半信半疑だ。


「ええ……?ほんとですか……?」

「もしお嫌でしたら、こちらで引き取ることも出来ますけど」

「いやいや、そんなことしたらこの子はもっと泣くだけだよ?」


玖治の申し出に、朱がとんでもない!と大仰な仕草で止める。


「ちょっと朱は黙ってて」


ぴしゃりと今までになく強めに玖治が言うと、肩をすくめた朱が渋々引き下がる。

そうして玖治はこちらへと向き直り、柔らかく告げた。


「どちらでも大丈夫です。こういう子たちを引き取るのも、私たちの仕事なので」


玖治の瞳も、やはりどこか不思議な色をしていた。こちらを見透かしてくるような、けれど決して不快ではなく、静かな優しさで満ちている。

手の中に戻ってきたケースを眺める。もう一度開くと、涼やかな青い石が寂しそうに見えた。それも、自分の気のせいなのかもしれないけれど。


「俺、は……」

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