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アクアマリンとタルトタタン②

外からは見えなかったが、この家は屋敷と称しても問題ない広さがあった。

長い板張りの廊下を青年が静かに歩き、男も自然と背筋を正してそれに続く。縁側には美しい庭が見え、いかにも和風なのだが、内装はほとんど海外のアンティークを取り入れている。

和洋折衷の品の良い空間が、どこか異国に来たような気分にさせた。

ステンドグラスの窓のひとつから、やわらかな光がきらきらと七色の影を落とす。

やがて応接間に通され、ソファにかけるように促される。

ここも元は和室なのだろうが、敷かれた絨毯や調度品は西洋のものばかりだ。男が座ったのを見て、青年も腰を下ろす。


「ここ、分かりにくかったでしょう?」

「いや場所は分かったんですけど、ほんとにこのお宅であってるのかな、とは思いました。都内にこんな場所があるって、なんだか不思議で……」

「あはは、皆さんそう仰られます。あ、申し遅れました、私は玖治(くじ)春臣(はるおみ)と申します」


やがて一呼吸おいて、ゆっくりと青年が瞬きをして、松島を見る。どこか、不思議な色の瞳だった。漆黒のなかに何かを内包しているような。


「それで、今日のご依頼ですが……指輪の鑑定、でしたでしょうか」

「あ、ああ、そうなんです……これ、を」


慌てて鞄の中から小さなジュエリーケースを取り出す。かちりと音が響き、箱の中に鎮座していたのは。


「……アクアマリン、ですね」


玖治が呟く。金の台座にエメラルドカットが施されたシンプルな指輪だ。ゆらゆらと不思議な輝きを放つブルーの石は、美しい春の海に似ている。

ふと玖治を見ると……さきほどまでの幼く頼りない印象とは一転し、怜悧な眼差しに。纏う空気さえ真摯なものへと変わった。まるで別人だ。

白い手袋をはめてルーペを取り出し、そっとジュエリーケースから優美な仕草で指輪を抜く。指輪を様々な角度から眺め、小さく何かを呟いている。


「色と照り、大きさは申し分無し……ん?これ、は」


何かに気付いたのか一度ルーペを下げ、光にかざす。松島はじっと見守っていたが、とうとう耐え切れずに、口を開いた。


「あの」

「はい?」

「こちらは、その……不思議なことが起こる宝石を、鑑定してくださるんですよね?」

「……ええ」


松島の不安げな表情に気付いたのか、玖治はゆるやかに笑む。

そう、【玖治琥珀堂】はジュエリーの買取を行っているとサイトではうたっているのだが、奇妙な但し書きがあった。……先ほど松島が言ったとおり、不思議なことの起こる宝石を、鑑定、買取してくれるというものだ。

松島自身、この店のサイトを見つけた時は、普段であれば絶対信用しないであろうという確証がある。それほどに、ありえない。

けれど今は、信じざるを得ない――何しろ。


「たぶん、そろそろ起きると思います」

「そうですか」


身を強張らせて死刑宣告のように告げた男に対し、青年はひどく落ち着いた様子で指輪を手にしたままだ。それに少しだけ安堵した、次の瞬間。


「……あ」


小さな驚嘆の声が、あがる。

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