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検索:異世界転生する方法


 

 異世界転生がしたい。


 人間社会に疲れたやつはきっと、俺と同じようにそんな妄想をしてるはず。


「これでいいんだよな……?」


 ぶどうジュースをコップに注ぎ、俺は机の前で正座した。


 この世界は仮初だ。

 高校なんてくだらない。

 俺のいるべき場所はここじゃない。


 剣と魔法の世界。

 俺は選ばれし勇者で、救うべき国を背負う。

 美女達を救い、囲まれながら戦場を駆ける。

 

 そんな世界に行ってみたい。

 そんな運命が待っていてほしい。

 そう願ってからどれほどの月日が流れただろうか。



〝転生を司る天使の召喚方法〟



 それはつい先日の出来事だ。

 某掲示板に書き込まれていた機密情報に、俺の目は釘付けとなった。

 なんでも、異世界転生を手伝う天使を召喚し、書き込み主は実際に転生を果たしたのだという。


①天使を呼び出すには、綿を抜いて羽毛を詰めた純白のぬいぐるみを用意する必要がある。


 ダウンとフェザーで迷ったが、天使の媒体ならフェザーだろう。通販で羽毛を買い、ぬいぐるみは学校帰りにゲーセンで取ってきたシロクマを使い、綿をフェザーに替えて縫い合わせてある。


②深い愛をもって三日三晩抱いて寝ると、ぬいぐるみの頭に羽根が生える。


 その日から俺は毎晩シロクマを抱いて寝た。

 恋人のように深い愛情を持って抱いて寝た。

 そして、今日がその三日目なわけだが。


「本当に生えてる……!」


 シロクマの頭から羽根が生えていた。

 可愛らしくぴょこんと二つも生えている。

 儀式はうまくいっている――そう確信した。


③それをカップに落として葡萄水を注ぎ、淵を指でなぞりながら以下の呪文を唱えよ。


 ゆっくりと深呼吸。

 カップに羽根を落とし、淵を指でなぞる。

 そのまま俺は声高らかに呪文を唱えた。


「『ディーバ、ディーバ。銀の翼を持つ者よ。その輝きで闇夜の世界を照らし給え。ディーバディーバ、我の願いを聞き入れ給え』」


 ガタン! どこかで物音がする。

 来た? 来たのか? 異世界からの使者か?


 シン……と、静まり返る部屋。

 それから1時間、2時間待っても変化なし。


「失敗した……?」


 というか騙された?

 ふと脳裏に嫌な考えが浮かぶ。


 でも羽根は本当に生えてきたんだ、間違ってるはずはない。問題はその後の方法か呪文だ。ちなみに書き込みは過去スレを発掘したもので、もう誰も答えてはくれないだろう。仮に呪文が一つでも間違っていたら、答えを誰も知らない。


「……」


 俺はそのままシロクマを抱いてベッドに潜る。

 朝このシロクマが天使に変わってるかもしれない――そんな一縷の望みにかけながら。






 

 翌朝、隣に天使が眠っていた。


「ええええええ?!」


 恐怖すると声も出ないと聞いたことがある。

 そんなのは間違いだった。

 人の言うことは嘘ばっかりだと証明できた。


 なぜか部屋は羽毛だらけで、シロクマがいたはずの場所に可愛い女の子が横たわっていた。


 心臓が激しく脈動する。

 

 オーキッド色のロングヘアに、白ワンピースという出たち――髪色からして明らかに日本人ではない。間違いない、これは天使だ。


 くぅくぅと寝息を立てて爆睡中の天使。


 俺が騒いだおかげで部屋中に羽毛が舞い散り、朝日に照らされた彼女はとても神秘的に見えた。


「あの……天使様?」


 ぱちり、と目を開ける天使。

 灰色の瞳が俺を捉えた。


 天使なだけあって人間離れした顔立ちだ。ぱっちり二重に、小さな唇。背中に翼はなく、天使の輪もないけど、人間界だと目立つから隠しているのかもしれない。


 いや、そんなことよりもだ――


「俺を異世界に連れて行ってください!!」


 ついに、ついに!

 ついについについについについについに!

 このくだらない世界から解放される!

 異世界でチート能力を得て無双できる!!


 

「わるい」



 天使はふるふると首を振った。

 

「わるい?」


「わるい」


「異世界に憧れるのは悪いことじゃありませんよね?」


「いい」


 今度はこくりと頷く天使。

YESいい〟と〝NOわるい〟しか言えないのか?


「僕には勇者になる資格がないってことですか?」


「わるい」


「じゃあなんで……」


 なぜ俺を連れていけないんだ?

 そう思った時に、ふと、あるラノベ(文献)にあった記述を思い出す。


「もしかして……恩義ポイント不足?」


 基本的に、異世界はトラックに轢かれることで行けるようになるが〝徳の高い・非業の死を遂げた人物〟であることも重要とされている。天使もしくは女神がその無念さを汲んで、特典(チート)と一緒に別世界へと飛ばしてくれるのだ。


 たとえば90歳で亡くなった善人とか。

 子供を庇って死んだおっさんとか。

 通り魔に刺されたとか。


 俺はまだ15歳、誰かを助けて死んだわけでもない。つまり徳が低いのだ。この天使様にご奉仕しないと異世界転生&チート能力の権利が得られないということになる。


 それはまずい。

 せっかくのチャンスを無駄にはできん。


「天使様! お買い物に行きましょう!」

 






 当然だが天使は異様に目立った。

 なにせ裸足に白ワンピースの美少女だ。


「まずは靴屋さんだな……」


 徳を高めるために天使に奉仕する――思い付いたのは衣服を買ってあげることだ。なにせ衣類は見窄らしいワンピースのみ。俺の欲望のために利用するのは忍びないが、天使もこの世界の衣類が手に入るし、悪くない取引だと思う。


「普通はスニーカーだよな? いや、白ワンピにスニーカーは合わないか……とりあえずネットで色々調べてから……」


 店内でアレコレ考えている俺を他所に、天使はトトトとどこかへ消え、二足を持って戻ってくる。


「どっちがいいかって?」


「いい」


 コクコクと頷く天使。

 ブラックとブラウンのムートンブーツ。


 勇者の色である黒を選ぼうとして手が止まる。

 もしかして恩義が試されてる?

 ハズレを引くと転生できないかもしれない。


 彼女の視線が一瞬だけブラウンに向いたのを見逃さなかった。俺がブラウンを指差すと、天使は嬉しそうに頷いた。


「22,000円になります」


「えっ」


 値段に軽く絶望していると、天使がポケットから財布を取り出した。


「えっ」


「ありがとうございました〜!」


 天使みずから支払いを?


「えっなんでお金持ってるんですか?」


「わるい」


「わるいじゃなく、ええと……」


 2択でしか答えられないの不便すぎる!


 天使はちゃっかり買ってた靴下とムートンブーツを履くと、満足そうに手を繋いできた。


 ドキン! と心臓が飛び出しそうになる。


 そもそも俺は女性と付き合ったことがない。

 そんな俺が女性と手を繋いで歩いている。

 考えてみればこれはどう見たってデートだ。


 俺の望みは異世界転生して無双すること。

 美少女達に囲まれて冒険することだ。

 でも、こんな美少女とデートできる世界なら――



「おっ」



 買い物バックを下げた美女が立ち止まる。

 視線はなぜか俺たちの方を向いている。


「莉々、今日は帰んの? 晩飯は?」


 りり? 何を言ってるんだこの人は。


「んー食べない」


 え? 天使さま?


「ペスカトーレなのに?」


「食べる」


「じゃ早めに帰ってこいよー」


 再び歩き出す美女。

 何事もなかったのように歩き出す天使。


「え? 今の誰?」


「あれはお母さん」


「え、天使のお母さん? てことは女神? ジャージの女神? てか普通に喋ってるけど、え?」


「ごめん夜また説明する。ちょっちペスカトーレ食べてくる!」


 トトトと走り去っていく天使が曲がり角で見えなくなった。




「へ?」




 全身に鳥肌が立った。


 あれは、あれは天使じゃない。

 生身の人間、普通の人間の女の子だ。


 だとしたらなんで俺の部屋で一緒に寝ていた? いつから? どうやって?


 思い返せば違和感はあった。見覚えのない食べ物のゴミとか、開けっ放しのトイレの扉とか、風呂の長い毛とか、モゾモゾ音とか、カチカチ音とか。


「か、かえろ……」


 俺は放心状態で帰宅した。







「おまたせー」


 夕方ごろ、天使は普通に帰ってきた。


「鍵かけてたんですけど……」


「合鍵あるけど?」


「……」


 こわすぎる。恐怖で声が出ない。

 

 洗面所で手を洗い、戻ってきた天使。服装が変わっていて、よく見るとうちの高校の制服を着ている。バッヂを見る限りどうやら同級生のようだ。


 天使はいそいそとブレザーを脱いでクローゼットを開ける――そして俺は見た。クローゼットの中に置かれた座布団・ゲーム機・充電器・お菓子・ジュースなどなど。


「……いつから家にいたんだ?」


「んー四日前くらいから」


 四日も……? こわい……。

 俺はそれ以上のことが聞けなくなった。


 天使は俺の前にストンと座ると、土下座をするような形でゆっくりと頭を下げた。


「ふつつか者ですが、私と仲良くしてくれませんか」


「無理に決まってるだろ……」


 相手は同じ高校の美女で、朝チュンもデートも済ませてある。まるで夢のようなシチュエーションだが、夢ならば覚めてほしい。今すぐ。


「潜伏してたのに、なんで今朝は横で寝てたんだ?」


 笑みを浮かべながら、彼女が顔を上げる。


「ずっとぬいぐるみ抱いて寝てるし、女からのプレゼントなのかなって殺意芽生えて衝動的にビリビリにしちゃったけど、そのまま天使のフリしたらバレなくね? 天使召喚予定日って今日じゃね? みたいな?」


 だから部屋が羽毛だらけだったのか……。


 ということは書き込みを読んでいた――つまり、俺のパソコンまで操作している。ちゃんとパスワード設定してるのに。こわい。


 ああ、バレてなかったよ。

 バレてはなかったけどイカれてる。


「ご飯とかトイレとかどうしてたんだよ」


「昼間に出前とるかコンビニ行って買い溜めして、トイレはペットボ――」

 

「いやもういい! 聞かない! もうこわい!!」


『美少女と同棲していた』となると聞こえはいいが『知らぬ間に誰かが家に住んでいた』となれば誰だって恐怖するに決まってる。


「君をもっと知りたくて」


 彼女は真顔でそう呟いた。

 俺は思わず彼女の方を見る。


「電車で痴漢されてた私を君が助けてくれたんだ」


 そういえば――痴漢の顔面をカメラで連写してSNSに拡散したことがあったような。無我夢中だったから、結局おっさんには逃げられ、大してバズらず終わったものだと思ってた。


 天使は無邪気な子供のような笑みを浮かべる。

 

「忘れもしない、あれは10月21日のこと……痴漢を捕まえて駅員さんに突き出した後も、助けてくれた君のことが忘れられなくてSNSを辿ってきちゃったんだ。三日くらいかかったかなー。あ、隣の部屋空室なの知ってた? 不動産屋さんに内見申し込んで下見して、ついでに間取り図を貰って部屋の構造完璧に覚えたの。それから毎日行動パターンをメモしてさ、君って朝のゴミ出しの時だけ鍵しないでしょ? ゴミ収集車がだいたい9時くらいに来てたから月水金の朝張り込んで――」


 あ、だめだコイツ本当にヤバい。

 痴漢も犯罪だけどコイツもかなりヤバい。

 はやく警察に通報しないと。


「あの時、あの電車で、見るからに不健康で、力もなくて、怯えた君が勇気を出した〝あの姿〟に、私は強く惹かれたんだと思う――好きなの、君が」


 彼女は真っ直ぐな瞳でこちらを見ていた。

 心臓が激しく脈打つのを感じる。

 落ち着け、相手は不法侵入の不審者だ。


「私なら君を殺してあげられる」


「……」


「異世界転生の条件、でしょ?」


 確かにヤバい女に刺されて死んだら〝非業の死を遂げた〟という条件に当て嵌まる。


「でも談合になるし」


「え、そんなとこまで見られてるの?」


「分からんけど転生できなかったら死に損じゃん」


 殺される依頼をした時点で〝非業の死〟とは言い難いし、相手に殺人をさせてるから罪深い。まぁ転生できなくてもこの地獄(世界)から解放されるなら、それはそれでアリかもな。


「学校行きたくないんでしょ?」


 チクリと、胸に痛みが走る。

 刺されたわけじゃない。

 

「……行きたいわけないだろ」


「虐められてるから?」


「……」


 ああその通りだよ。何もしてないのに運悪くクラスの陽キャに目をつけられた。親に迷惑をかけられないから休まず行っているけど、正直もう限界だ。


「親に心配させたくないなーと思いつつ、死んで転生したいなんて考えてるなんて、それこそ親不孝だよな」


 ああ、言ってしまった。

 弱音を吐きたくなかったのに。


「君は悪くない。今度は私が守る番」


 天使は無言で俺を抱き寄せた。

 優しく、優しく撫でてくれた。


「毎朝君と登校するし、毎日君とお昼を食べる。いじめる奴は全員殺すから」


 本気でやりそうだからこわい。

 それだけに、不思議と妙に心強い。


「そんな奴らに気を揉む時間があったら、私のことだけ考えてほしい。私は君の味方だし、君の言うことなら何でも聞くよ」


 だからね――と、向き直った彼女の顔は、夕陽に照らされ神秘的に見えた。


「このまま同棲しよ?」


「無理に決まってるだろ」







 それから10日くらいが経った。

 あの日を境に、俺の生活は激変した。


 まずいじめが収まった。


 いじめっ子の机の上に『お前が死ぬまであと4日』などと彫られていたり、眉唾だが、校舎裏で女の子にボコボコにされてたのを見かけたという話も出ていた。


 最初は俺を疑ったいじめっ子は、次第に勢いがなくなっていき、最終的に不登校となった。近々引っ越すという話も聞いた。


 俺を気の毒に思っていたクラスメイト達とも和解し、異世界ラノベについて語れる友達もできた。正直今、学校に通うのが楽しい。


 そしてもう一つ――


「学食いこ」


 莉々と仲良くなった。


 彼女は口にしなかったが、いじめがなくなったのも彼女のお陰だと思ってる。出会いこそ衝撃的だったが、俺を救ってくれたのは間違いなく彼女なんだ。


「それにしても、お前なんで工藤さんと仲良いんだ?」


 学校に絶望していた俺は知らなかったが、工藤莉々は学校のアイドルらしい。学校での彼女は文武両道の完璧超人だが、重度のメンヘラであることは俺しか知らない。


 言ったら殺されるらしい。

 今はもう死にたくない。

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[一言] ええ子や…(良くない) でも救ってくれたのは事実だから天使なのは確かw
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