表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

私が書きたかったもの

「……落ち着いた?」

「うん……ありがとう」


 ぎこちない会話が、また幼馴染の部屋の、ベッドの上で再開される。私が其処(そこ)から動かないものだから、彼女も私の隣に、少し距離を取って再び座った。


 私と彼女の、ベッドの上での距離が、そのまま幼馴染の理性を(あらわ)している。彼女は私の(よわ)みに()()みたくないのだ。今の時刻は午後九時過ぎで、人に()っては就寝(しゅうしん)を考え始める時間帯だった。これまでも私が、この部屋に泊まった事はあって、その時には何の問題も躊躇(ためら)いも無く友人同士として私達は一緒に眠ってきた。


 今夜は違う。少なくとも私は、幼馴染を求めている。友人同士という、これまでの関係では手が届かなかった範囲まで、私は彼女に触れてきてほしい。今の私は内面(ないめん)にも、外面(がいめん)にも、幼馴染に寄るケアが必要だった。心の繊細(せんさい)な部分を指で、()でてほしい。こんな事は彼女にしか頼めないし頼まない。私は、彼女がいい。


 私の(おも)いを知ってか知らずか、幼馴染が(くち)を開く。私を傷つけない話題を探す表情で。


「……小説の話をしようか。今も書いてるのよね? どんな感じ?」

「……知っての(とお)りだよ。最近は百合(ゆり)の短編を一か月に一つのペースで投稿してる」


 ネットで小説を発表できるサイトがあって、最近の私は、一万字程度(ていど)の作品を書いては発表していた。一万字というのは短編なのだろうか? もう少し短い方が読まれやすいかも知れない。来年は私も高校三年生だから、受験勉強がある。だからと言って投稿は()めたくないから、(われ)ながら(こま)ったものだった。


「今年、長編を書き上げたよね。十三万字くらいの、猫が主人公の話。次の長編は書かないの?」

「書きたいとは思うけど……テーマが(むずか)しくて。ドストエフスキーを(あつか)いたいんだけど」


 私の幼馴染は、あまり本を読まない。それなのに私が書く小説は、いつも読んでくれて手放(てばな)しで()めてくれる。彼女は私を愛していて、だから私の作品をも愛しているのだと思う。


「ドストエフスキーもトルストイも、夏目漱石も私は知らないけどさ。でも貴女(あなた)が書く小説は好き。今年の四月に書き上げた長編は、夏目漱石を(あつか)ってたね」


 幼馴染が言う通りで、私が書いた、猫が主人公の長編は夏目漱石の作品をテーマにしていた。そもそも私が長編を書こうと思ったのは、飼っていた猫の容態(ようだい)が、今年になってから(おも)わしくなくなったからだった。『私の猫が生きている内に、この長編を完成させたい』。そういう(おも)いを私は持つようになって、今年の一月から資料を(あつ)(はじ)めた。


 その翌月である、二月二十四日、ロシアに寄るウクライナ侵攻が始まって。私が長編の投稿を開始したのは四日後の二月末日だった。この侵攻は、私の長編の内容を決定づける事となる。


 乱暴な表現を使わせてもらえば、私はブチ切れたのだ。こんな事が許されてなるものか。夏目漱石が生きていれば必ず、この事態を非難したはずだ。だから私は猫の話を書いた。何の罪も無い、無名(むめい)の猫が、現代の悪と対峙(たいじ)する物語を。


 ……まあ、そんな場面は、あくまでも終盤だ。それも、ほんの一瞬(いっしゅん)。時間を超越(ちょうえつ)した空間の中での、一秒()らずの猫に寄るスピーチ。それが私に出来(でき)る、独裁者への(ささ)やかな意見表明だった。


「……次の長編を書くとして、ドストエフスキーをテーマにするとね。現代のロシアをどうしても(あつか)う事になるの。そうすると、色々と面倒な事になるかも知れなくて」


 言論の自由というけれど、それは決して命を保証してくれない。安倍元首相が暗殺される時代だ。何が起きても、おかしくはないと私は思う。幼馴染は、心配そうに私を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ