プロローグ
先月、安倍元首相が暗殺された日に、飼っていた猫が亡くなりました。そんな事から生まれた話。
先月、安倍元首相が暗殺された。そして全くの偶然ながら、同じ日に、私が飼っていた猫も亡くなった。私は高校二年生で、飼っていた猫は、ほぼ私と同じ年齢を生きていた。今年の猛暑を乗り切る前に、私の猫は力尽きたのだった。
十五年以上を生きたのだから、普通に寿命を迎えたという事だろう。そう考えようとしても、私の胸には穴が開いたような感覚が残った。身近に居た、家族のような存在が、もう帰ってこない。その事実が、どうしても受け入れられなかった。
一か月以上が過ぎても、私の精神状態は回復しなかった。むしろ悪化したと言うべきで、夏休みで学校を休めたのが不幸中の幸いであった。そんな私は今、幼馴染である同学年の女子が住む、マンションの一室で彼女と二人きりだ。
「カルピス持ってきたよ。はい、飲んで」
「うん……」
私達は、彼女の寝室で、ベッドの上に並んで腰かけている。時間は夜で、氷が入っていて良く冷えた飲み物を私は頂いた。私の両親も、彼女の両親も現在は帰省中である。お盆なのだ。
「ごめんね……本当は貴女も帰省するはずだったのに、引き留めちゃって」
そう私が謝る。「同じ事ばっかり言ってる」と彼女が笑う。私は俗に言うペットロスが酷くて、外出する事さえ難しい状態になっていた。だからと言って家の中に居れば、そこに居た猫の事を思い出して涙が出る。私の家は、幼馴染の家と、家族で付き合いがあって。私と彼女の両親が話し合って、私を幼馴染が住むマンションに、しばらく泊めるという事になっていた。
「猫の話をしていい? 私はマンションに住んでるから、ペットが飼えなくてさ。だから、貴女の家で猫を見るのが楽しかった。私が家に通い詰めて、お陰で、私達も仲良くなれたよね……」
「うん……」
私は簡単な返事しか出来ない。少し前までは、こうやって彼女の部屋のベッドで腰かけて会話をする事に、特に性的な感覚など持たなかった。今は違う。私達は互いに好意を寄せていて、このベッドの上で素肌に触れ合いたがっている。言葉にしなくても、幼馴染もそう思っている事が、私には分かっていた。
今の私は、押し倒されれば何の抵抗も無く、この優しい幼馴染を受け入れる状態だ。そうしたいと彼女も願っていて、それなのに実行しないのは、彼女が私を気遣っているから。もどかしかった。もう私の意思なんか無視して、征服してくれていいのに。
「ごめん……ちょっと泣きたいの。少しだけ、私を一人にして」
そう私が告げる。猫の話をしたのが不味かったと思ったようで、後悔を滲ませる表情で幼馴染が立ち上がる。そうだけど、そうじゃない。私は自分の思い通りにならない、心の状態が悲しかったのだ。それを説明する事も出来なくて、私は部屋から去る彼女の背中を見送った。
独りになる。世を去った小さな命を私は思い起こす。何の罪も無い、あの可愛らしい生き物が、もう歩く事も啼く事も無い。その事実が胸に迫って、声を上げて私は泣いた。