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22.紅の覚醒 —メッセージ—-2

 見れば白騎士の軍服をきたものたちだ。

 あのYM-012と一緒に座っていた、ところどころ、汚泥感染の影響を受けているガラの良くない白騎士達。

 ウィステリアの反応が面白かったのか、彼等の反応は下品だった。ニヤニヤしながら、ウィステリアを見る。

「なかなか上玉だなあ」

「ワイムの旦那も趣味が贅沢で困る」

 そう言葉を交わす。

「なんですか! あなた達は」

「気が強いな。卯月の魔女のお嬢様は」

 と、その中の一人がずいと足をすすめた。

 その男は、他の者達より、幾分か騎士らしい。

「魔女のアンタが、俺達の慰問に来てくださったっていうから、もっと話がしたくなってな。俺たちの上官ルーテナント・ワイムもあんたと話したいってね」

「ルーテナント・ワイム?」

「正確にはZES-YM-WK-012。いたろ? 体のでかい男前だ」

(やっぱり、あの人がYM-012)

 ウィステリアは、予想が当たったことを確認しつつ、相手を睨みつけた。

「治療ということなら、協力はするわ。けれど、魔女とはいえ、非礼は許しません」

「気丈だねえ」

 ぐいと白騎士が近づく。

「アンタもっと、くだけた女だときいてたけど、意外と上品なんだな」

 そっと顔に触れようとするその手を、払い除けるようにして後退する。噴水の端に足が当たる。

「なあ、隊長、力づくで連れて行ってしまおうぜ。ワイムの旦那は、分前さえ与えればなんとかなんだろ?」

「おいおい、がっつくなよ。この女は魔女だぜ? 特にお前らには、それなりに"対策"できてる。油断すんな」

 ウィステリアは護身用の武器を思わず手に取る。パーティードレスに短剣くらいは仕込んでいた。しかし、この人数だと捌ききれないし、歌で攻撃するにしろ、目の前の白騎士にはさほどは効かない。

 ロビーは他に人がいない。大声で叫べば人来るかもしれないが。

 どうしたものか。

 と、突然、後ろにいた負傷白騎士が引き倒されて後ろにひっくり返った。どよめく中、ハスキーな声が聞こえる。

「お前ラ、何してル!」

「ユーさん!」

 肩にひよこをのせたユーネは、既に攻撃体勢だった。掴みかかってきた白騎士を、蹴り倒して返り討ちにする。

「お前ラ、なんかマザってる! 白騎士チガウだろ!」

「おっと、ルーテナント・フォーゼス? かな?」

 いまにも飛びかかりそうな部下の負傷白騎士達を身振りでなだめつつ、リーダーの白騎士がウィステリアからユーネの方に向き直る。

「そういきりたつなよ。ちょっと挨拶してただけだろ? それに、お前、話せないんじゃなかったっけ?」

 彼はそう言って、唇を歪める。

「なんか辿々しい話し方だな? お前本当にフォーゼスか?」

 にやっと彼は笑い、ユーネに歩み寄った。

「お前さんも事情のありそうなやつだよな」

 そう言って右肩に触れる白騎士。ふと、ユーネが顔をしかめた。右肩は義肢をつけている。何かしら痛みでもあるのか。

「別にいいだろ。お前だって、この女好きにしてたんじゃないのかよ? コイツらみたいな獄卒、つまりはちょっと黒物質持ったヤツらだって、魔女の歌も声もよく効くんだからさ。ワイムやアンタ、おれみたいな、黒騎士崩れには、余程イイんだろうなあ」

 ひく、とユーネがほおを引き攣らせる。

「どうせなら、もっとイイ声聞いて見たいと思わないか? なあ、遊ぼうぜ?」

 と、ユーネの周囲の温度が、急激に下がったような気配がした。

「ふ」

 と、ユーネが笑う。その笑みは、今までの彼のものと違う。冷たい嘲笑だ。

「なるほどナ」

 相変わらず、ほんの少し、声は歪む。しかし、ユーネの口調には明らかな変化があった。

「なんか変だと思ったんだよな。まさか、ちゃんトした白騎士デすらないとは?」

「何?」

 ユーネが挑発的に顎を上げる。

「どうせ、黒物質を適当に投与されたクズどもなんだロ? あー、ふふっ、お前だけは、ちょっとチガうか? お前、アイツの気配がスル。アイツと同じだ。同じ黒騎士ブラック・ナイト持ってるナ?」

 ばしっと乱暴に左手で肩の手を振り払い、ユーネは見下すような目をして、冷酷に嘲笑った。

「誰に口きいてる? 一人前にもなれない劣化コピーの下衆が! 黙ってろよ! 空気が汚れル!」

 その言葉は、今までの彼とは明らかに違う。

「テメェみたいなクズがおれの人魚に口キくとか、百年早いんダよ! 消えろ!」

 ユーネは、白騎士を押して間に入ると、ウィステリアに笑みを向けた。

「ウィス、帰ろ」

 小声で言って手を差し伸べるユーネは、それでもいつもの彼のあどけなさを取り戻している。優しく微笑みつつ、彼は続けた。

「こんなとコ、長いするノだめだ。島に帰ろ、ウィス」

「貴様!」

 侮辱された白騎士達が、怒りの形相で彼の背後に立つ。

「ユーさん!」

 慌ててウィステリアは、即効性のある短い歌を早口で歌う。それは隊長の白騎士以外には効いて、負傷白騎士達の動きが鈍る。

 ユーネは、難なく彼等を倒しつつ、飛びかかってくる隊長の白騎士の攻撃を避けた。

「ははッ!」

 ユーネの唇が残虐に歪む。

 勢い余って噴水の中に突っ込んだ白騎士の頭を、ユーネはそのまま踏みつけた。

「ホラ、泳げよ!」

 ユーネは明らかに面白がっている声だ。

「人魚ト話したかったんだロ? あははッ、そうしてりゃ、お前だってちょっとハちゃんトなるかもナー。顔洗ったら目がサメルかもだろ?」

 暴れる白騎士を圧倒的暴力で制圧するユーネの瞳は、暴力的な歓喜に輝いている。

 そんな彼の瞳は、あの時の奈落のネザアスに似ていた。泥の獣を力で征服する、その時の暴力の悦楽に酔う彼に。

「やめてユーさん!」

 咄嗟にウィステリアは、ユーネを止める。

「もう勝負はついてるから! お願いやめて!」

「ウィス?」

 左手を引っ張られ、ユーネは我にかえったようにぎょっとした。その瞬間、ユーネが不安そうな顔になる。

 足の力を緩めると、白騎士がそこから逃れ、仲間たちに助け出される。

 ゲホゲホ咳き込む白騎士を介抱する彼等は、すでにユーネに怯えている。ここでかかってくるものはいない。

「ウィス? お、おレ」

 ユーネが、しゅんとする。そんなユーネの手を、ウィステリアは引く。

「島に帰りましょう。ユーさん」

 ウィステリアの手は、すこしふるえている。

「あなたのいう通りよ。こんなところに、いちゃだめだわ」



 会場のホテルを逃げるように後にする。

 いつの間にか、夜はかなり更けており、島までの交通機関は朝までない。

「歩けるところまで歩きましょう?」

 今日は、本当は泊まっていく予定だったけれど、今はそんな気持ちにもなれない。

 はやく島に帰りたい。

 ユーネは、ホテルからずっと無言に落ちている。夜道をとぼとぼとついてくる。

 人気のない夜の見知らぬ都市の道。夏だというのに風が冷たく感じられる。

「ウィス」

 どれだけ歩いてからだったか、ふとユーネの声が聞こえた。

「ごめん」

「え?」

 ウィステリアが振り返る。

「ごめんなさい」

 ユーネがそう謝る。

「おレ、アイツらがウィスのこと、あんな風にいうノ、やだった。デモ、やりすぎた。ウィス、あんなおれ、嫌い、だろ?」

 ユーネは、所在なさげに視線を彷徨わせていた。

「おレ、その、おれは」

「ううん。あたしを守ってくれたんでしょう?」

 ウィステリアは、足を止めて向き直る。

「ごめんね、ユーさん。……あたしが、あれをさせちゃったんだ。あたし、イノアやフォーゼスさんの言う通り、隙だらけで」

「ウィスは悪くナイ」

 ユーネは言う。

「ウィスは、おれの、大切な人魚ダカラ。おれ、あいつらに触れさせたくナイ。だから」

「ユーさん」

 ウィステリアは、そっとユーネの手を取った。そして、意を決して言った。

「ごめんね。あたしは、……人魚じゃないんだ」

 ユーネが顔を上げる。

「あなたが最初に好きになったのは、あたしじゃない。前にいた魔女なの。弥生の魔女、マルチア。人魚姫みたいに儚くて綺麗で可愛い子だった。あたしじゃないの」

 ユーネは黙っている。

「ごめんなさい。誤解させて」

「ウィス、そレ」

 ユーネの声がすこしふるえている。

「ウィス、それ、チガウ。ウィスは、本当ニおれの人魚だったカラ、その」

「違うの。あなたを勘違いさせてた。好きになって欲しかったから、わかってたのに言い出せなくてごめんなさい」

 ウィステリアの目から、ほろりと涙が伝う。

「だから、ユーさん。もしね、あたしのためにあなたが変わってしまうの、それがあなたの意志じゃないならここで止めて」

 ユーネが左目をはっと見開く。

「もう手遅れかもしれないけど。もし、あたしのせいで、ネザアスさんの影響を受け入れてくれているのなら、もうここまででいいから」

 しばらく、沈黙が流れる。

 一拍おいて、ユーネがため息をつくのがわかった。

「ウィス」

 その声は少しかすれて優しい。

「ウィス、もうちょっと歩いたラ、駅アル。多分、無人駅。そこデ朝まで休もう。今日、ウィス、疲れてる」

 ユーネは、そう言って左手でウィステリアの手を取る。

「もう泣かないデ。疲れてるから泣いてル。休もう。元気になる」

 慰めるようにユーネは言った。

 ユーネは手を引いてゆっくり歩き出す。

 ごめんな。とぽつんとユーネの声が闇の中に聞こえた気がした。



 目の前にもやがかかっている。

は今夜はたくさんのことがあって疲れたせいだろうか。変な夢を見るものだ。

 いつのまにか、彼女は淡い色の空間の中に立っていた。

 彼女の姿は、まだ幼い少女だ。

 フジコ09。まだ魔女としての、名前も与えられなかった頃の彼女だった。

「あれ、ここ。どこだっけ?」

 フジコはきょとんと首を傾げた。

「あたしは、ユーさんと歩いてて、無人駅で休んでて、寝ちゃったのかな」

 と、不意に小鳥の羽ばたく音がした。はっとフジコが顔を上げる。

「ウィス」

 もやの中から、ゆっくりと着物を着た男が姿をあらわす。

 赤い髪は後ろだけが長い。右目は眼帯で隠し、左目は夕陽のような色をしている。長身痩躯でふわっとしていて、なんだか存在が掴めなさそうでいつも不安だった。

 肩には機械仕掛けの小鳥がとまっている。

 フジコは目を見開いた。

「ネザアスさん!」

 思わず涙が溢れそうになる。

 そこに立っているのは、奈落のネザアスその人だった。昔、彼女と旅をした彼と何ら変わらない。

お嬢(レディ)、久しぶりだな」

「ネザアスさん」

 奈落のネザアスと夢で会うのは、これが二度目だ。

 一度目は、初めてあの島の地下の彼の部屋に入った時。彼の残滓と繋がって、彼の最期を垣間見た。

 あれからは、こんなふうに"会う"のは初めてだ。夢で過去の記憶をみることはあっても、会うことはなかった。

「もういってしまったんだと、思ってた」

「ふふっ」

 ネザアスは苦笑した。

「おれとお嬢(レディ)は、相性がいいからな。些細なことで意識的に繋がりやすいのさ。これはいつでもだ。昔も、今も、これからも」

 ネザアスは、機械仕掛けの小鳥をかわいがる。

 しばらく、たわいもない会話を楽しむ。近況やくだらない話をしても、ネザアスは笑顔で聞いてくれる。彼のそばにいるのが、フジコには幸せだった。

 そして、一通り話した後で、ネザアスは口を開いた。少しためらいながら尋ねる。

「なあ、ウィステリア」

 いきなり声をかけられて、フジコはきょとんとする。

「ウィス、お前は」

「うん」

「アイツがおれになっちまうのが、嫌か?」

 何の話をされているのかわかって、フジコが絶句してしまう。

 その反応が予想された為か、奈落のネザアスは苦しげに笑った。

「おれはな、……ただ単に、お前には幸せになってほしいだけなんだ。でも、おれにもできないことも多くて」

 ネザアスは眉根を寄せる。

「おれはな、お前が、せめて少しでも幸せになる解釈こたえが欲しいんだよ。教えてくれ」

 ネザアスは言った。

「おれにはどっちかしかできない。おれがアイツになるか、アイツがおれになるか。それしかないんだ」

「それは、どういうことなの? ネザアスさん」

 尋ねるフジコに、ネザアスは曖昧に笑う。

「ねえ。どういうことなの? ユーさんのことなんでしょう!」

 フジコの目に一気に涙が溢れる。

「ウィス。おれのレディ・ウィステリア」

 はらはら涙を流すフジコの頭を撫でやりながら、ネザアスは言った。

「ごめんな、お嬢(レディ)。おれは、お前を泣かせたいわけじゃねえんだ。ただ……、おれは、その、わるいやつだから」

 ネザアスはため息をついた。

「どうやっても、お前を泣かせてしまう。ごめんな、ウィステリア」



 無人駅のホームには朝靄が立ち込めている。

 まだ電車の来る時間は遠いが、夏の夜はもうあけようとしていた。

 ユーネは、ただ一人起きている。

 いつぞや、ルーテナント・フォーゼスにもらった吸引式サプリメントを懐に忍ばせていた彼は、ウィステリアが寝入ってからそれをふかしていた。

 煙が静かに風に流れる。

「ネザアス、さん……」

 眠ってしまったウィステリアに上着をかけてやって、背中を貸している。ウィステリアは、寝言で誰かの名前を呼んでいた。

「ごめんな」

 煙を吐きながら、ユーネはぽつりとつぶやいた。

「おれ、ウィスが幸せになってホシイだけなのに」

 ユーネはうつむいた。

「おレ、本当は……全部わかってル。本当は、おれも島で入江で幸せな夢を見ていたイ。でもな。もう時間がない。ユーネでいられるのハ、あと少し」

 ユーネは、悲しげにつぶやいた。

「おれは、ずっと夢を見ていられないんだ」

 朝焼けの空に、彼の瞳は赤い。

 ウルトラマリンの赤い色が、徐々に強くなっていた。

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