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後編

俺は何か勘違いしてたんだと思う。

思い上がりかはたまた、自惚れか・・・。


「咲夜、どした?」


カフェテリアでぼーっとしていると、一緒にテーブルを囲んでいた友人がそう言った。

アイスコーヒーのストローがぺっちゃんこにつぶれているけど、俺は視線を合わせつつも、噛み続けていた。


「ホントだ、どうした、子供みたいにいじけた顔してんじゃん、おもろ。」


無表情の桐谷の隣にいた翔が、学食を食べつつニヤニヤしている。


「っさいなぁ・・・。」


あれからひと月ほどが過ぎた。

変わらず小夜香ちゃんからは、一緒に観た映画の話や、課題について連絡が来たりしていたけど、何となく適当な返信をして会わずにいた。

俺が友人たちをあしらいながら、グラスの底についたストローで全てを飲み干すと、電話がかかってきた。

慌ててスマホの画面を確認する。


「・・・美咲・・?もしもし?・・・まだいるけど・・・うん・・・わかった、今から行くよ。」


俺が電話を切って立ち上がると、翔は言った。


「え、何咲夜、彼女?」


「違うわ、兄貴。俺もうこの後講義ないし、お先に~。おつかれ。」


「お~おつかれ~。」


話があると呼び出された俺は、校門近くの中庭まで足を運んだ。

俺の心境と真逆な空は、心地いい秋晴れで風も気持ちいい。

ベンチに座っている美咲の後ろ姿を見つけて、俺は黙って歩み寄り、隣に座った。


「・・・何?わざわざ。」


美咲はチラリと俺の顔を見て、また真正面に視線を戻して答えた。


「小夜香ちゃんが心配してた。」


いきなりその名前が出てきて面食らった。


「・・・は?」


思わず美咲を見返すと、手元のスマホを眺めながら続けた。


「何かあったのかも、美咲くん知ってる?って。・・・俺は知らない、と答えた。小夜香ちゃんに心配かけるようなことしたのか?」


美咲はまるで詰問するように言って睨んだ。


「・・・あのねぇ・・・さも俺が悪いみたいに・・・。特に何もしてないし言ってません。・・・はぁ。」


どうやら小夜香ちゃんは、文章のやり取りだけでも俺の異変に気付くようになってしまったようだ。

そこまでわかりやすく素っ気なくしたつもりはないし、連絡が来たらその日中には必ず返信している。


「じゃあなんだ、心当たりがないわけじゃないだろう。」


美咲はベンチの背もたれに体を預けて、ふぅと息をついた。


「・・・別に、何でもないよ。ちょっとメンタルの調子が悪いだけ。」


立ち上がってその場を後にしようとすると、案の定美咲はまた声をかけた。


「前も言ったろ、お前がしんどそうにしてると、俺にもそれが移る。」


それは美咲なりの心配している、という合図だった。


「あのねぇ、だからって・・・・!」


美咲を振り返ると、ベンチに座った姿が過去の何かの記憶とリンクした。


「・・・どうした。」


そうだ・・・オープンキャンパスでここを訪れていた時、何故かあれがここにいた。

鮮明に思い出さずとも、俺にはリアルにその姿や声が焼き付いていた。


「ちょっと・・・小夜香と喧嘩しちゃって・・・。顔合わせづらくて・・・。」


「よりによって・・・。」


思い出したくもない、ここで会った記憶。

胸糞悪いってこういうことだな、と思った。

彼はかつての、小夜香ちゃんの好きな人・・・。


「何だよ、どうした。」


イライラする俺の様子を見て、美咲は戸惑っていた。


「何でもない・・・。・・・心配しなくていいから・・・って小夜香ちゃんにも自分で伝えとくよ。それでいいでしょ?」


今度こそ背を向けて、俺はその場を後にした。


歩くスピードをどんどん速めて、俺は帰路に就いた。

自分のもやもやがどうしても他人に伝わってしまう。

俺はそれを振り払うことが出来ないでいた。

心配かけたいわけでもないし、気にしてほしいわけじゃない。

俺は自分で、気のせいだとか、なかったものとして、消えないか待ってたんだ。


途中コンビニに寄って、公園を横切ろうとした時、ずっと聞いていなかったその声がした。


「咲夜くん!」


彼女のその声で、止まれ!と命じられたかのように、足がピタリと止まった。

公園の中を見ると、ベンチから立ち上がった制服姿の小夜香ちゃんが、俺の前に駆け寄ってきた。


「はぁ・・・おかえり!」


乱れた前髪をさっと整えながら、彼女はそう言った。

時刻は16時前だった。小夜香ちゃんは部活をしていないから、もっと早く学校は終わっていたはずだ。


「・・・もしかして、ずっと俺のこと待ってた?」


俺が冗談交じりに尋ねると、彼女は少し懐かしい笑顔を浮かべた。


「うん!待ち伏せしてた!ちょっと話したかったから・・・って連絡したら来てくれなさそうだな、と思って。」


尻すぼみしていく声と比例して、小夜香ちゃんは目を伏せた。

そしてまた俺の顔を見上げて、「あっちに座ろう。」と公園のベンチの方へ手を引いた。

大人しくされるがままに隣に座ると、小夜香ちゃんは俺と同じくコンビニの袋から、三色団子を取り出して見せた。


「じゃ~ん、食べたくなっちゃって・・・。咲夜くんにも一本あげる!」


「・・・ふ・・・奇遇だね、俺はみたらし団子にしたけど。」


俺が団子を受け取りながら袋を見せると、彼女はのぞき込んでホントだ!と笑った。

その可愛い笑顔に、俺はついつられて笑みを返した。


「ふふ・・・良かった。咲夜くん元気ないのかな、って思ってた。」


何気ないけど、その一言が用件だとわかっていた。


「・・・体調は至って問題ないよ。」


団子にかぶりついてそう言うと、小夜香ちゃんは俺の横顔をじっと見た。


「じゃあ心には問題あるんだね。」


さらっと図星をつく彼女の必殺技が、俺にクリーンヒットした。

俺は団子をもぐもぐしつつも、何も返事をしないでいた。


「俺も一本あげるよ。」


食べかけの団子のくしを口で咥えながら、袋から取り出した容器の蓋をぱかっと開けて、くっついたタレを上手く剥がして、小夜香ちゃんに差し出した。


「ありがとう。」


彼女は嬉しそうに受け取って、あむっと一つ目の丸い団子を口の中へ入れた。


「んふ、おいし。」


もぐもぐするたびに動く可愛いそのほっぺも、美味しいが顔に出る無邪気さも、詮索しない優しさも、その全部は、出会った時からずっと変わってない。

口元についたみたらしのタレを、小夜香ちゃんはぺろっと舌でなめとった。

その横顔をただ見ていた。

そのうち太陽がだんだんと落ちていくのを感じた。

小夜香ちゃんの少し茶色い髪の毛が、赤くなっていったのに気付いたから。

すると彼女は、もぐもぐしながら俺に顔を向けて、不思議そうにした。


「どうしたの?」


その時俺は、どんな顔をしてたんだろうね。


「何でもないよ。」


最後の団子をパクっと食べて、もぐもぐしてさっさと飲み込んだ。

そしてまだ二つ目をもぐもぐしている小夜香ちゃんに、そっと手を伸ばした。


「可愛いねぇ。」


そう言って彼女の頭を撫でた。

さらさらした髪の毛の手触りが、丸い頭の感触が心地よかった。


「・・・なあに~急に・・・」


ちょっとムッとした表情で、小夜香ちゃんは俺をじとっと見つめ返した。

きっと子ども扱いしていると思ってるんだろうけど、今の俺にはそれが精一杯だった。


それ以上は何も言えない。

俺がその後も普通に何気ない会話に応じていると、小夜香ちゃんは何も聞いてこなかった。

そういう子だ。

小夜香ちゃんとただ一緒に過ごしていた時間は、いつも楽しかった。

何気なくて、いつも通りで、気も遣わずに、居心地がよかった。

でも彼女の存在を、家族みたいだ、とか、妹みたいだとか、本当は心底思っていたわけじゃない。

小夜香ちゃんがそう言うから、合わせていたことだった。

そう望むならそうしてあげようかな、って思ってた。


でも、ハッキリと気づいた以上、何となく仲良くしている関係ではなくなった。

それは俺の中ではの話。

一緒に居続けたら、俺の気持ちはきっと、醜くリアルなものに変わっていくだろう。

だから距離を置いてた。

目を逸らして、感じなかったフリをして。

自分だけが小夜香ちゃんと違う感情になってしまった今、トキメキを味わうような日々を送れることはない。

俺はそれを、自分への快感に変えられる人間じゃない。

ドロドロした情欲にまみれていくんだ。

俺はそれを知っていたし、そしてそれを、決して小夜香ちゃんに知られたくなかった。

けれどいつも通りを続ければ、いずれ化けの皮ははがれる。

なら距離を取るしかない、と思ってた。


「ねぇ・・・小夜香ちゃん。」


何気ない雑談が途切れた時、俺は何となく聞いてみることにした。


「なに?」


「あのさ・・・赤ずきんって童話あるじゃん。あれでさ・・・本当は狼が赤ずきんのこと好きで、でも赤ずきんは怖いとしか思ってなくて、そんな状態だとしたらさ、狼はどうしたら幸せなエンドにたどり着くと思う?」


小夜香ちゃんはちょっとキョトンとした後、ん~っと空を見上げて考え込んだ。


「ん~とね、気を引くために少しずつ話してみたり、何かプレゼントしてみたり、とか?怖いと思われてるなら警戒心を解いてから、仲良くなるしかないよね。」


「・・・じゃあ仲良くなった後は?」


「え・・・ん~・・・普通に告白したら一緒に居られてハッピーエンドじゃないの?」


「赤ずきんに他に好きな人がいるとわかったら?」


「え~~?何?咲夜くん劇の脚本でも頼まれてるの?」


「まさか・・・。」


「じゃあ何の話なの?」


「・・・帰ろっか」


俺がそう言って立ち上がると、小夜香ちゃんは歩き出す俺を慌てて追った。


「わかった!!咲夜くん好きな人いるんでしょ!好きな人に怖がられてるの?」


「・・・あぁもういいから。気にしないで。変な話してごめんね。」


「え~~?」


その後もまたいつものように何気ない会話に戻りながら、俺たちは帰り道を歩いて行った。

小夜香ちゃんは俺の元気が戻ったと思ったようで、いつものようにニコニコしながら隣にいてくれた。

彼女のそれは、きっと誰かのためにそういようと頑張って変わった姿なんだろう。

どれほど歩いた頃か、俺はふと、いつもの彼女のように質問攻めにしてみようと思った。


「小夜香ちゃんさ、元々明るい性格だったの?」


俺が唐突に投げかけた言葉に、彼女は一瞬目を丸くした。


「ん~別にそんなことないかなぁ・・・。どちらかといえば、大人しい子だったってお父さんも言ってたし。」


「そうなんだ、まぁ・・・俺の記憶にある小さい頃の小夜香ちゃんも、お転婆な子の印象ないしな。」


「ふふ、そうでしょ?」


「じゃあ・・・俺のうちにいるときに、たまにボーっとしてたり、我儘言ったり、甘えたこと言うのは素の小夜香ちゃんなの?」


もうすぐ彼女のうちに着いてしまう。まるで別れを惜しむように質問を続けた。


「・・・ふふ、そうだね。咲夜くんの前では私ずっと素で話してるよ?前もなんか言ってたけど、可愛いを振りまいてる、とか・・・。別にそんなことしてるつもり全然ないし、普通にしてるよ?」


二人の足がついに彼女の家の前にたどり着いて、けれど小夜香ちゃんは、俺に向き直って立ち止り、そのまま俺の返答を待っていてくれた。


「そっか・・・。じゃあやっぱり無意識なんだね・・・。」


彼女の素の言動や素振りを、ずっと可愛いと思って受け取っていたなら、俺は最初から友達としては見ていなかったんだな。

俺が次の言葉を失くして目を逸らせていると、小夜香ちゃんは俺の左手をそっと両手で取った。


「咲夜くんが何に苦しんで悩んでるか私に話せなくてもいいけど、嫌なこととかどうしようもないことがあったらさ、も~!ムカつく~!!って私に八つ当たりしてもいいんだよ?」


そう言って微笑む小夜香ちゃんは、まるで弟を慰めるような目をしてた。


「ふ・・・ありがとう。」


絶対報われない気持ちを抱えて、これから先地獄を見るんだ、なんて言えない。

晶に思いを寄せていた時もそうだった。

俺はまた繰り返すんだ。

彼女のこの手の温もりは、俺のものにはならないんだ。

一瞬でそう理解すると、胸が詰まるような苦しさを覚えた。

小夜香ちゃんと目を合わせることすら出来なかった。


「・・・帰るね。また。」


「咲夜く・・・」


するりと手をほどいて、彼女の顔も見ずに立ち去った。

背中に少し視線を感じながら、それが届かないところまで早足で歩いた。


もう会わないでおこう。

また連絡が来る頃までに、そう伝えるための言い訳や言い回しを考えておくんだ。

大丈夫だ、上手くやれる。

きっと小夜香ちゃんは納得してくれる。


けど・・・そんなことを伝えて、寂しいと言われたらどうしよう・・・。

ずっと仲良くしていたい、と言われたらどうしよう

四人で遊ぶならまだしも、二人っきりになるのはもう色々無理な気がした。

いっそ酷いことを言って嫌われたらいいのかな。美咲にぶん殴られそうだけど。

それで、時間が経ったらきっと・・・忘れてくれるはず。

だって最後に本家の正月であった三年前から最近まで、全然会ってなかったんだし。

いっそ小夜香ちゃんが大人になるまで会わなければ、いつの間にか結婚しちゃったりしてるんじゃないかな。

そしたらさすがに諦めがつく。

それで可愛い子供を抱えて、幸せそうに旦那さんの隣で笑ってるんだ。


「綺麗になってるんだろうなぁ・・・大人になった小夜香ちゃん・・・。」


きっと小百合様にそっくりになるんだろうな・・・。


そんなことを考えながら歩き続けて、やがて自分のマンションに着いた。

つまらないしけた顔で、部屋番号を押して鍵を開けて、エレベーターに乗って、ドアの鍵を開けて・・・バタン、と閉めた。

靴を抜いで、荷物を放りだして、寝室の扉を開けて、ベッドに倒れ込んだ。


「小夜香ちゃん・・・好きだよ・・・。大好き・・。」


手を握って俺に優しく微笑んだ彼女を、もう一度だけ思い返した。


本当は、抱きしめたかった。


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