中編
四人のグループトークはしばらく、ハロウィンパーティーの予定について持ちきりだった。
小夜香ちゃんが色んな仮装用の画像を上げては、候補を絞り込めず悩んでいる様子が伝わってきた。
話の流れで危うく俺と美咲も、ヴァンパイアや狼男の仮装をさせられそうになったけど、何とか拒否して回避した。
晶は小夜香ちゃんのやりたいことに何でも付き合ってあげたい姿勢のようだけど、俺と美咲はそれを傍から微笑ましく思いながら見守っていたい派だった。
そしてハロウィン当日、俺はとりあえずスーパーに寄って飲み物をいくつか購入して、隣町の二人の家に足を運んだ。
美咲と晶の二人が同棲する家は、高津家の土地に建てられた別宅の一つだ。
元々何用の一戸建てなのか謎だけど、一族の者が住んでいない間は、ずっと使用人が管理していたらしい。
広すぎず狭すぎず、高級住宅街に紛れた二階建てだ。
辺りも大きな戸建てばかりで、閑静なところだった。
俺が家の前でインターホンを押すと、自分とよく似た声で返事が返ってきた。
「今開ける。」
俺はドアを開けた美咲に、買ってきた飲み物の袋を掲げて手渡した。
「お邪魔しま~す。」
玄関で靴を脱ぐと、広いリビングの奥で晶の後ろ姿が見えた。
「咲夜くん、いらっしゃい。」
いつものように穏やかな笑顔で迎える彼女に、俺は同じく笑顔を返した。
「久しぶり、晶。・・・あれ、小夜香ちゃん俺より早く行くって言ってたけど・・・。」
エプロン姿でキッチンに立つ晶の側にも、飲み物の準備をする美咲の近くにも見当たらず、それらしい荷物もなかった。
すると晶が電子レンジに手を伸ばしながら答えた。
「小夜香ちゃんは仮装中よ。メイクに手間取ってるのかも・・・。」
ああ、と声を出そうとした時、左側の廊下の奥の部屋がガチャリと開いた。
「晶ちゃ~ん、後ろのチャックしめ・・・。あ!咲夜くんいらっしゃい!!」
いかにもなハロウィンメイクをして、露出度高めな服と、猫耳をつけた小夜香ちゃんが、小走りに駆け寄ってきた。
思わず胸元に目がいってしまったが、視界の後ろに見えた美咲も口を開けて唖然としていた。
胸元が隠れる程度の布と、ショートパンツをはいてるだけ・・・てかなんでヒョウ柄・・・・?
「咲夜くん、チャック閉めて。」
そう言って小夜香ちゃんはくるっと背中を見せた。
あらゆるところが露出してるのに、今更チャック閉める必要あるのか・・・?と思いながら、俺は黙ってチャックを上げた。
「トリックオアトリート~♪」
小夜香ちゃんは改めて俺を振り返って、可愛くポーズをとって見せた。
ツッコミどころが多すぎて、何と返したらいいかわからなかった。
後ろにいる美咲がじとっと俺を見ている。
「・・・・ごめん、俺お菓子は持ってないかな。」
顔だけ痛ましいメイクをした小夜香ちゃんに苦笑いして言うと、小夜香ちゃんは猫ポーズをやめてポカンと俺を見た。
「え~!ハロウィンなのに!?」
すると美咲が後ろから口を挟んだ。
「小夜香ちゃん・・・いくら何でも10月にその恰好だと風邪ひくから・・・。」
「じゃあ咲夜くんにはいたずらね!!」
ハイテンションでご機嫌の小夜香ちゃんにスルーされた美咲は、俺にも注意するように目で訴えかけて来た。
「あ~・・あの小夜香ちゃん・・・その前にさ・・・」
目のやり場に困るなぁ・・・・。と思いながら言い淀んでると、小夜香ちゃんは俺の腕を取って、二人がいるテーブルから離れ、テレビの前にある大きなソファの元へ連れて来た。
「ちょっと何・・・。」
半ば強引に腕を引く小夜香ちゃんに、押し倒されるような形でソファに座り込んだ。
「何って・・・お菓子持ってこない咲夜くんが悪いんでしょ?」
妙な恰好で迫ってくる小夜香ちゃんに、どう言い返そうものか考えた。
「そりゃ・・・悪いかもしんないけど!何?何するの!」
すると小夜香ちゃんは素早く俺に顔を近づけて、首元にかみついた。
噛みついたと言っても、甘噛み程度で別に痛くもない。
後々考えたら化け猫風な恰好してるからだろうな、とは思ったけど、その瞬間は小夜香ちゃんからかすかに香る甘い匂いと、さらさらの髪の毛と、自分の肌に触れる唇の柔らかさまで一気に押し寄せてきて、頭が真っ白になった。
「いたずらかんりょ~~♪」
そう言いながら俺の肩に両手を置いて、満面の笑みでかつ得意気だった。
俺が呆気に取られていると、立ち上がってさっさと戻っていく。
「美咲く~~ん!」
「いやいやいやいやいや、美咲にもするつもり!?」
自分の中で何かが許せなくて俺は慌てて小夜香ちゃんを追った。
美咲は迫りくる露出度高い猫を、視線を泳がせることなく平然と捉えている。
「小夜香ちゃん・・・お願いだからもう少し服を着てくれ。お腹冷やすよ。」
美咲の心配をよそに、彼女は尚もノリノリでそのフレーズを繰り返した。
「トリックオアトリート!!」
今度は何故か「犯人はお前だ!」と言わんばかりに美咲に指をさしている。
俺はもう何だか、日本人が適当にとらえて若者に流行らせたハロウィン文化が憎らしく感じてきた。
美咲は苦々しい表情をしたまま、少し目を伏せ・・・手元に菓子がないことに気付いたのか、諦めた顔で答えた。
「ごめんね、お菓子はないよ。」
そもそも俺も美咲も、二人が作る手料理やお菓子を食べに来ている側だ、持ってるわけない。
仮装すると豪語していた彼女に用意していなかった俺たちも悪いが・・・。
俺は自分のグラスにジュースを注ぎながら、二人を横目で見ていた。
「そっかぁ・・・。じゃあ美咲くんにもいたずらね!」
さすがに止めよう・・・と思いながら二人に近づくと、小夜香ちゃんは美咲に寄り添って言った。
「美咲くん、ちょっと屈んで?」
美咲が不思議そうに身長を合わせるように屈むと、彼女は素早く頬にキスをした。
「いたずらかんりょ~!」
「いや!俺の時と違う!!!」
思わずツッコミをいれてしまったが、美咲は苦笑いを返し、徐に来ていたセーターを脱いだ。
「小夜香ちゃん、冷えるといけないからこれ着て。」
「え、いいの?なんか彼シャツならぬ彼セーターだね!」
もう突っ込むことも諦めようと思い、自分の彼氏のこの扱われようをどう思ってるだろう、と晶を振り返った。
「小夜香ちゃんすっごく似合ってるね!!可愛いね!!」
「ダメだ・・・。」
俺は思わずそう声が漏れた。
美咲のぶかぶかのセーターを上から着た小夜香ちゃんは、パタパタとキッチンに立つ晶にも駆け寄った。
「晶ちゃ~ん、トリックオアトリート♡」
まるで母親に甘える子供のようにねだる小夜香ちゃんを、晶は優しい手つきで撫でた。
「もちろん用意してるよ、はい、どうぞ。」
「わ!オバケのクッキー!可愛い~~!!」
あれが正しい対処法か、とばかりに俺と美咲は二人を眺めた。
美咲のセーターを着た小夜香ちゃんは、ショートパンツが隠れて、下に何も履いていないような恰好になってしまっている。
パタパタとキッチンを移動しながら、グラスを持って再度俺たちの前にやってきた。
「咲夜くん何飲んでるの~?」
「え・・・あぁ、ジュース。買ってきたやつ適当に飲みな。」
「ありがと~。」
メイク落とさないのかな・・・。と思いながらも、思わず小夜香ちゃんの細くて白い足に目が行く。
すると食器を並べていた美咲が、すかさず俺の側にやってきて、俺の頭を軽くはたいた。
俺が「いた」、と声を漏らすと
「じろじろ見るな・・・。」
「いや・・・目が行くじゃんか・・・。」
小夜香ちゃんは飲み物を一口飲むと、また晶を手伝いに戻る。
その後何だか俺だけが違和感を持ちながら、四人で食事をした。
二人がこしらえた、パンプキンパイや、カボチャグラタン、俺も美咲も肉が好きなので、メインはローストビーフ。
デザートにはカボチャプリンと、カボチャケーキだった。
「どれほど大きいカボチャで作ったの・・・?こんな量作れるもんなんだね・・・。」
俺がデザートのケーキにフォークを刺しながらそう呟くと、食器を片付けていた小夜香ちゃんはしれっと答えた。
「普通のスーパーにはいわゆるハロウィンで使うカボチャは置いてないからさ、ネットで注文したんだ。ちょっと待ってね・・・。」
美咲のセーター姿の小夜香ちゃんは、そう言って別室から何かを持ってきた。
「じゃ~ん!ジャックオランタン!」
抱えるように持ってこられたそれは、テレビでしか見たことがないような大きさの、黄色いカボチャだった。
しかも丁寧に中身を使ったあと、オーナメント用に目や口を切り抜かれて、中にランプまで仕込んである。
「・・・ここまで本格的にやると思わなかったよ。すごいね。」
俺は思わず感心して、カボチャを抱える彼女を見ると、おどろおどろしいメイクのままドヤ顔をしていた。
「中身切り抜くの大変だったんだぁ。特殊な調理器具使ってさ・・・ほとんど力技だったから美咲くんにお願いしちゃったけど・・・。」
「そうなんだ。美咲俺くらいひょろひょろだけど、役に立ったの?」
俺が爽やかに悪口を言うと、彼女が口を開く前に、美咲の声が後ろから飛んできた。
「悪かったな、ひょろひょろで。お前ほどひ弱ではないつもりだけど。食べ終わったなら洗い物くらい手伝え。」
俺は生返事をして、残っていたケーキを口に運んだ。
小夜香ちゃんはリビングをきょろきょろしながら、ジャックオランタンをどこに飾ろうか悩んでいるようだった。
悩んだ末えに彼女はテレビの前のローテーブルに置いて、ソファに座った。
重くて持ち歩くの疲れたな?
俺はコップに入ったジュースを煽るように口の中に流し込んで、小夜香ちゃんの後ろにそっと近づいた。
「・・・中に入ってるランプ本物?」
頭の後ろで俺が声をかけると、小夜香ちゃんは驚きもせず振り返った。
「ランプは電池で光るやつを入れてるだけだよ、火は使ってないの、危ないし。」
「そうなんだ。なかなか可愛いけど、クリスマスツリーみたいに何日か飾っておくものでもないもんねぇ、明日以降もおいとくの?」
ソファの背もたれに腕を預けながら尋ねると、小夜香ちゃんはニンマリ笑顔を作って目を細めた。
「いいの。晶ちゃんと美味しいカボチャ料理作ったことも、美咲くんと準備したことも思い出として残るなら、ずっとここになくてもいいの。」
そう言って小夜香ちゃんは、ソファに後ろ向きに座って、俺に向き直った。
「もちろん咲夜くんにも覚えててほしいから、過去を再生する能力を使わなくても思い出せるように、大げさな悪戯した方がいいかな、って思ったの。さっきはごめんね?」
「・・・・はぁ・・・・。何それ・・・策士だねぇ。」
お祭りの時もそうだったけど、やっぱりこの子はどこか食えない子だ。
「そんな変な気を遣わなくても、忘れたりしないよ。」
俺が立ち上がって背を向けると、小夜香ちゃんも立ち上がりながら続けた。
「カボチャケーキ美味しかった?」
「ん?うん、ケーキだけじゃなくて、全部美味しかったよ?」
俺が食べ終わったケーキの皿を流しに運びながら答えると、小夜香ちゃんは小声でつぶやいた。
「そっか・・・。まだ残ってるし、お裾分けしちゃおっかな・・・。」
お風呂の準備をしにいなくなった晶の代わりに、俺はスポンジと洗剤を手に取った。
「あ~、更夜さんにあげるの?」
美咲もリビングに見当たらないので、客間の布団を出してくれているのかもしれない。
「・・・ううん、ちょっと・・・他にあげたい人がいて・・・。お父さんには家でしょっちゅう作ったお菓子食べてもらってるよ。」
俺が手元を動かしながらチラリと小夜香ちゃんの顔を伺うと、ニコニコしながら余ったケーキを箱に入れていた。
「・・・なに~?好きな男子にでもあげようってこと?」
何気なくそう尋ねた。
「・・・好きな男子というか・・・気になってる人・・・。」
どこに消えて行くのかわからない彼女のつぶやきが、嫌に耳についた。
けれど小夜香ちゃんはそれ以上特に何も言わなかった。
「・・・・へぇ・・・。」
我ながらいつもの軽口が叩けずいて、不思議な感覚だった。
「よし。咲夜くん洗い物任せていい?私お風呂の準備手伝ってきちゃう。」
「あ、うん・・・。」
小夜香ちゃんはそう言いながら、ケーキを大事に冷蔵庫にしまった。
そして美咲のセーターを着たままそそくさと奥の方に姿を消した。
わけわからん。へぇ?・・・へぇってなんだよ俺、自分で聞いといて。
「はぁ・・・。」
いやいや、何でため息・・・。
何を残念に思ってんの俺。
「え~?はぁ~~~?気になる人おおおお?・・・・意味わからん・・・。え、いやわからんことはないか・・・。」
皿を洗い終えると、奥にいた美咲が廊下から現れた。
「・・・何をぶつぶつ言ってんだ・・・。」
「・・・・うっさいな・・・。なんかわかんないけどイライラしてんの!」
濡れた手を拭いて、俺はまたソファにドカっと腰を下ろした。
自分でも訳が分からないイライラが、すぐに形を変えるようになる。