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前編

短編、「夏の白百合が咲く夜」と「お祭りのその後」を読んだ後に読んでいただけると、より楽しめます。

夏休みが終わって10月に入った頃、相変わらず大学とバイトをこなして忙しく毎日が過ぎていく。

そんな日々の中以前までは、空いた時間にボーっとSNSを眺めてたものだけど、最近では美咲、しょう小夜香さよかちゃんと俺の、四人でのグループトークを見るのが日課になっていた。

決まって小夜香ちゃんが毎日何かしら話題をふるものだから、それに皆が反応する。

何となくだけど、美咲も晶も、小夜香ちゃんを更夜こうやさんの娘としてではなく、一人の友人として関わりを深めていっている気がした。

夏休みにはだいたい小夜香ちゃんの提案で、お祭りに行ったり、美咲と晶のうちでお泊り会をしたりした。

学生が楽しむようなベタな夏休みを満喫していたと思う。

小夜香ちゃんとは自宅が近いこともあって、個人的に遊ぶことも多かった。

まぁ主に夏休みの課題について、俺に質問しに来る感じだったけど。

俺と少し違って、小夜香ちゃんはあらゆることに関して器用な子だと感じた。

人間関係もそうだし、勉強も教えられたらすぐ出来る。家事も出来て気遣いも出来る、女子力高めな女子高生、そんな印象だ。

けれどそれとは裏腹に、子供っぽい一面もあったり、人から向けられる好意には鈍感だったりするようだ。

最初こそ俺は、本当に小さな子供の頃から見知っているし、可愛い妹のような存在だった。

だけど一年弱関わる時間が増えると、話しやすくそこまで気を遣うことなくて、女の子として意識するほどでもないのに、たま~に俺をからかってくる様が、何とも小憎たらしい可愛さがある。

そう思って過ごしていた時、俺はある種の答えにたどり着いた。


「小夜香ちゃんってさ・・・小悪魔だよね。」


俺が頬杖をつきつつ、小夜香ちゃんの横顔を眺めながらそう言うと、彼女はポカンとした表情を返した。


「なあに?急に・・・小悪魔??」


小夜香ちゃんは笑いをこらえるようにニヤついた。


「だって、誰に対してもそうなのかはわからないけど、可愛いを振りまいてるじゃん。」


「何それぇ。そんなことしてないよ。」


小夜香ちゃんは俺をあしらいながら、また問題集に視線を戻した。


「無自覚なのか・・・。」


夏休みの前に、堂々と俺の部屋に遊びに来るのはやめようね、って注意したものだけど、今になると週末に気軽に遊びに来るようになっていた。

何でわざわざ来るのと言っても、嫌なの?と聞き返され、否定するしかなく、来なくても外で遊べばよくない?と聞くと、咲夜くんは人が多いところ好きじゃないんでしょ、とすでに俺が出不精なのを知っていた。

だからと言って毎週のように遊びに来て、一緒に課題をしたりサブスクで映画観たり、まるでお部屋デートしてるカップルみたいな過ごし方をしていて、挙句には疲れると転寝してしまうのはどうかと思う。


「小夜香ちゃんさぁ・・・俺に手を出されても文句言えないくらい寛ぐし、居座ってるよね。」


俺がしれっとそう言うと、小夜香ちゃんは興味なさげにチラリと一瞬見るだけだった。


「そんなことしないくせに~。」


前々から思っていたけど、俺は完全に嘗められてるみたいだ。いや、信用と安心なのかな・・・。

と言っても小夜香ちゃんの距離感の近さは、美咲に対しても同じようなものだと言える。

晶に対してもそうなので、基本的に小夜香ちゃんの中で、俺たち三人を特別視してるんだろうと思う。

すると課題を終了した小夜香ちゃんは、満足気な顔をして息をつき、思い出したように俺に言った。


「あ!あのさ、咲夜くん、月末にさ、美咲くんたちのうちでハロウィンパーティーしようと思うんだけど、どう?」


「出た・・・日本人にほぼ無関係なイベント・・・。」


俺が皮肉を言うと、小夜香ちゃんはふふっと笑う。


「そうだね、でも私も晶ちゃんも、美味しいカボチャ料理いっぱい作ろうと思って計画してるの。食べたくない?」


「行きます。」


俺が即答すると小夜香ちゃんは更にニコニコした。


「それに~私は純日本人じゃないよ、8分の1、フランス人だよ?」


「え、そうなの?初耳なんだけど。」


「美咲くんは知ってると思うなぁ。曾おじいちゃんがフランス人なの。でも早くに亡くなったから私は会ったことないけど・・・。」


本家の歴史や関係者に詳しくない俺には、どういった人か全くわからなかった。

何となく聞いたことあるなぁ、くらいの情報だったら覚えてたりはするけど。


「そういやさ・・・」


島咲家について思い出したことを、小夜香ちゃんに聞いてみることにした。


「島咲家の当主になる男性って、皆一途で愛妻家、っていう話を聞いたことあるんだけど、そうなのかな。」


すると小夜香ちゃんは少し微笑みながら、小首をかしげる。


「ふふ、そうなのかなぁ?でもまぁ・・・私が知る限り、お父さんもだしおじいちゃんも・・・たぶん曾おじいちゃんもそうだったんじゃないかなっていうデレデレエピソードは聞くよね。曾おじいちゃんのアランさんに関しては、婿養子だから当主は曾おばあちゃんだったけど。」


「そうなんだ、まぁそうか。」


高津家の後続の子供には、身内の話をするのはご法度と教えられる。当然俺もそう教えられてきた。

だから小さい頃、晶や小夜香ちゃんと会うことがあっても、自分のこと以外、特に親のことを話すことはなかった。

例え御三家の人間であっても、思わぬやり取りや、情報から謀反が起こることを恐れたのだという。

高津家はそういう、御三家の長としての教えが、一番多く残っていたように感じた。


「ハロウィンパーティーねぇ・・・。何、仮装でもするの?」


「そうだね、私と晶ちゃんは衣装買って仮装しようと思ってるよ。」


「そもそもハロウィンで仮装するのは小さい子供だけのはずだけどねぇ・・・。日本人ってホント・・・」


「も~ぐちぐち言わない。可愛いくてセクシーな晶ちゃんの仮装と言う名のコスプレ見れるんだよ?素直に喜んどこ?」


ニヤニヤする小夜香ちゃんに苦笑いを返した。


「ふん・・・そんなんどうせドンキとかで買うクオリティ低いものでしょ?」


「コスはコスじゃん、嬉しくないの?可愛い仮装した晶ちゃん。」


少しむくれてそう言う小夜香ちゃんは、いったい俺にどんな反応を期待してるんだろうか。


「別に特に楽しみでもないね・・・。しっかり俺は振られてるわけだし、目の保養だなぁ、くらいだよ。第一人のものだし。美咲の彼女にいつまでも色目使わないよ・・・。」


ローテーブルに置いたコーヒーに口をつけて、また頬杖をついた。


「ふぅん、じゃあ吹っ切れたんだね咲夜さくやくん。」


そう尋ねて真面目な顔をする小夜香ちゃんを見ると、振られた後に公園で会話したことを思い出した。


「まぁ、あれだけ仲睦まじくて同棲してる家に呼ばれてたらね・・・。っていうか吹っ切れてなかったら一緒にお祭り行ってないよ・・・。家族だからいつまでも気まずくても嫌だし、でも小夜香ちゃんに言われた通り、言いたいことはハッキリ言ってるよ。」


「そうなんだ、良かった。ちょっとやけになっちゃってるのかな、って心配した。」


「なってません・・・。」


小夜香ちゃんは口元に手をあててクスクス笑ってる。

何かなぁ・・・年下なのにたまに弄ばれてる感じがするんだよなぁ。

そんな風に今日も、腑に落ちない気持ちを抱えながら一緒に過ごしていた。

すると小夜香ちゃんは急に、あ!と大きな声で言った。


「そういえばね!?あのね!聞いて!!」


「なに・・・聞いてるよ。」


小夜香ちゃんは両手で俺の服を引っ張りながら子供のようにはしゃぐ。


「お父さんにね!彼女が出来たの!!」


一瞬拍子抜けして小夜香ちゃんの顔を見つめ返した。


「え・・・おお・・・そうなんだ・・・。」


すると小夜香ちゃんは不満そうな顔でじとっと俺を見た。


「何、その反応・・・。びっくりしないの?」


「いや・・・むしろ今までいらっしゃらなかったの・・・・?」


「いないよ?お父さんお母さんとしか関わりなかったって。」


「マジか・・・。あんな美形で医者なのに・・・?」


すると彼女は苦笑いしながら、俺のパーカーの紐をきゅーっと引っ張る。


「お父さんステータスを見て寄ってくる人なんてあしらっちゃうんだよきっと。打算的な人を見分けるくらい出来るだろうし・・・。」


「まぁそりゃそうか・・・。じゃあお付き合いすることになった人はいい人なんだろうね。」


「そうなの、本当にいい人!お父さんにはもったいないくらい!」


小夜香ちゃんは自分のこと以上に嬉しそうに語る。


「ていうか・・・それ勝手に俺に教えてよかったことなの?」


「ん?別にいいと思うけど。お父さんそんなことで怒らないよ。」


結局のところ、更夜さんもだけど、こういうさっぱりした付き合い方が出来る子だから、俺もなんだかんだつるんでるんだろうなぁと思った。


「小夜香ちゃんは好きな人・・・あれ、いるんだっけ?いないんだっけ?」


「いないよ?」


俺は夏祭りの時、小夜香ちゃんと色々話したことを思い返していた。


「あれ、でも好きなタイプを聞いた時、誰か思い当たる人を想像しながら話してたし、その人が好きな人かも、って言ってたじゃん。」


「よく覚えてるねぇそんなこと。」


引っ張られたパーカーの紐を元に戻しながら答えた。


「・・・俺は記憶力いいの・・・。ほら・・・聞いたことあるでしょ、高津家当主の後継者は、皆特殊能力みたいなものがあって・・・。美咲は正確な予知夢を見るのに対して、俺は過去に体験した記憶を、頭の中で正確に再生出来るんだよ。まぁ今は普通に覚えてたから思い出したけどね。」


「へぇ・・・すごいね。便利だね!」


「便利・・・まぁ使いようによってはね。で、その好きな人は、小夜香ちゃんの彼氏候補として対象外なの?」


俺がコーヒーを飲みつつそう聞くと、小夜香ちゃんは小さくため息をついた。


癒多ゆたのことを言ってたの。もう亡くなったんだから彼氏も何もないでしょ・・・。それに家族みたいな存在だったし・・・好きだったかどうかなんて曖昧だよ。」


まずい・・・。


「あ~・・・なるほど・・・。ごめん。」


「謝らなくていいよ。引きずってるとかそういうわけじゃないし。ちゃんとお別れが出来たから。」


そう言いながら、小夜香ちゃんは冷めた紅茶に口を付けた。

俺は自分が本家を出る前のことを色々思い出しながら、テーブルに突っ伏した。

作られた彼らが苦手だった。でも彼らの失敗作も含め、本家にはそこら中に気配がしていた。

彼らの存在に敏感だったから、嫌悪感と恐怖感が強くなって、それで俺は本家にいられなくなった。

全部父さんのせいだ、と思って恨んでいたこともあった。

でも後々になって、美咲から父さんの話を聞くと完全に嫌いにもなれなくて、結局まともに関わらないまま、死に目にも会うことはなかった。

目を閉じて思い出を再生しようとしても、ろくなシーンがなかった。


「どうしたの?大丈夫?」


伏せた俺を心配して、小夜香ちゃんは一緒に机に顔を付けてのぞき込んだ。


「・・・ふふ、大丈夫。」


すると小夜香ちゃんはニッコリ笑みを返しながら尋ねた。


「咲夜くんってさ、元々勉強も運動も色々出来る人だったの?」


「ん~?そんなにだよ、人並みだった。でも・・・やっぱ幼少期はどうしても美咲と比べられちゃうからさ、同じくらい出来ていたい、って気持ちで必死にやってたかな。」


「兄弟がいると、比べられちゃう・・・。」


呟きながら考え込む小夜香ちゃんを見て、俺はスマホをいじりながら付け足した。


「別に一概にそうってわけじゃないだろうけどね。比較してきたのは、本家の家族でも何でもないよくわからない人たちだよ。両親や美咲は比べるようなこと口にしなかったし。まぁ父さんに関しては顔を合わせる機会がなかったから、どう思われてたかなんて知らないけどね。」


吐き捨てるようにそう言うと、小夜香ちゃんは俺の横顔をじっと見つめた。

横目で見ると、彼女はニンマリ口元を上げた。


「そっか。咲夜くんは白夜様に見てほしくて頑張ってたとこもあるの?ちょっと構ってほしくて寂しがり屋なのは弟だから?」


馬鹿にしてるのかと思って視線を返したけど、小夜香ちゃんの表情は優しかった。


「・・・そうだね。そうだと思うよ。」


「うふふ、そっかぁ。」


相変わらず可愛い笑顔を向ける小夜香ちゃんに、何とも返す言葉に困った。

そうやって何気ない会話の中で、俺の本質を見ては図星をついてくるのが日常だった。

その度に嬉しそうにしているので、小夜香ちゃん的には、また知らない一面を知ったと収穫を得てるんだろう。

意外と細かい所作を見ていたり、言動から好みや嫌いなことを把握していて、観察能力に長けてる子だと思った。

実際、美咲や晶への誕生日プレゼントの話を聞いた時、本人の好みやほしいものをきっちり抑えて贈っていて、二人は特にお願いしたわけではない、とびっくりしていた。

あらゆる面での器用さや、観察能力の高さは更夜さんに似ているし、人懐っこい笑顔や人当たりの良さは、小百合様を彷彿とさせる。

小夜香ちゃんは両親の良いところをしっかり備えた子だ。

自分だけ懐を探られては言い当てられているので、少しはやり返そうとも思うけど、天真爛漫な言動を見てると飽きないので、何となく調子を合わせている。

その日もそんな風に雑談しては勉強を見たり、自分のレポートを書いたり、ゆるゆると時間は過ぎていった。


それから数日経って、ハロウィンパーティーの詳細は特に知らされないまま月末に入った。

そのうち外を眺めると、少しずつ紅葉も色づいて秋めいてきた。


「はぁ・・・あと1時間が長い・・・。」


カフェのキッチンのバイトは、空いた時間に入る程度の気軽さだったけど、まぁまぁお客さんが多いと疲労は溜まる。

皿洗いをしながらオーダーを確認して、次に作るものを考える。

イレギュラーなことが起きない限り、平穏ではある。


「先輩、あの人また来てますよ・・・。」


ホールを務めていた女子高生のバイトの子が、キッチンに顔をのぞかせて言った。


「さっきオーダー取ったら、高津さんは今日いますか、ですって・・・。ストーカーですよ完全に。」


ため息しか出ない。


「いいよ・・別に後をつけられたり、しつこく連絡先聞かれてるわけでもないから・・・。」


男女問わず、そういうお客がつくことは誰にでもあり得る。

美咲も大学でストーカーまがいなことに遭っていたし、晶もそんな話をしていたことがあった。

まぁ、どちらともうちの警護人がけん制することで事なきを得たけど。


「前はホールしてましたよね、って私に聞いてくるんですよ。軽く流しときましたけど・・・。」


「悪いね、迷惑かけて。」


俺がわざとらしく苦笑いを返すと、その子はキリっと表情を作って踵を返した。


「店長に報告しときますから!気にせず働いてくださいね!」


従業員の背中を見送って思った。


「そろそろ辞め時かなぁ・・・。」


学費を払って、生活費を得るために、カフェと塾講のバイトをしていた。

ちなみに高津家の土地であるマンションに住んでいるから、家賃はかからない。

それだとしても結構カツカツな生活ではあった。

微々たるもんだけど貯金もしつつ、食費も切り詰めていると、なかなかまともな物を食べなくなっていった。

そんなある日、美咲が俺のうちにやってきて、色々差し入れを持ってきて言った。


「食べ物は全部持ってきたぞ、生もので賞味期限が早いものを・・・。そうでないものは後で郵送するからな。」


「ん?うん、ありがと。」


俺はその日も課題のためにパソコンに向かっていた。


「・・・冷蔵庫の中、何もないな・・・。時間がないなら買ってくるけど、ほしいものあるか?」


「ん~・・・・。そんなお母さんみたいなことしなくていいってぇ・・・。」


俺が適当に言い放つと、黙って隣にやってきて、静かに側に立ちすくんだ兄にビックリして顔を上げた。


「・・・なに・・・。」


美咲は俺の側に座り込むと、よく似た顔を少し傾けて言った。


「お前が調子悪いと、俺にそれが移ってくる。それくらいわかるだろ・・・。」


仕方なさそうにそう言う美咲に、俺は何も言い返せなかった。

双子だとよくあることなのかわからないけど、体調不良や、ストレスが相手側になんとなく移ることがある。

移ると言っても、一瞬頭痛や腹痛を伴ったり、何となく調子悪いなぁというのを感じ取るくらい。


「大したことではないけどな。でも無理してることくらいはわかる。いいか、お前のために親から残されてる財産もある。学費も払ってるようだけど、お前のための金で支払うことにする。だからバイトのどちらかは・・・・辞めてもいいんじゃないか?」


ノートパソコンから手を離して、ため息をついた。


「咲夜が今やってるどれもが、選べないほどやりたいことで溢れてるなら何も言わない。けどな、無理してそうしなきゃ生活が苦しいとなるなら、一番優先すべきものをやるべきだと思う。人間頑張らないといけない瞬間は多々あるだろうけど、学生のうちは学業が本分だし、バイトは制限して親の金に頼ってもいいと俺は思うぞ。それに・・・今は若くて体力があるから何とかなってるかもしれんが、そんな無理なやり方が板について、いざ年老いた時はどうなる。一生懸命身を粉にして生活を犠牲にして働いた後、病気になったら得た金を治療費として使うのか?・・・本末転倒だろ・・・。」


「やめてよ・・・妙にリアルな説教・・・。」


今度は二人して同じタイミングでため息をつくと、ちょっと笑えた。


「今のは・・・更夜さんの受け売りだよ・・・。」


「え?・・・あの人、人のこと言える?」


「やめろそんな風に言うの・・・。まぁだからつまり・・・金はあるんだから、学生らしく今を楽しみつつ、余裕ある暮らしをしてろ。お前がそんな風に切羽詰まった生き方をしていたら、母さんも浮かばれない・・・。」


「・・・いざとなったら母さんのこと言うのやめてほしいな~。も~・・・・はぁ・・・わかったよ・・・。バイトは片方辞める。」


俺が折れると、美咲はようやくいつもの笑みを浮かべた。


「俺だってあんまり干渉したくはないけどな。双子だと実害が出る。」


そう言いながら立ち上がる兄に、再び手元をパソコンに預けてあしらった。


「そりゃあすいませんでした。」


キッチンに戻りながら美咲は、そういえば・・・と思い出したように言った。


「小夜香ちゃんからハロウィンの話は聞いてるか?」


「ん?あ~パーティーするって言ってたやつね、31日にやるの?」


美咲は棚やら冷蔵庫やらを開け閉めして、食品をしまいながら言った。


「ああ、そうらしい・・・。夕飯を一緒に食べたいとのことだから、夕方頃に来てくれ。」


「オッケー、何か飲み物適当に買ってくわ。」


「・・・酒は買ってくるなよ?」


美咲は何かを察したような低い声でくぎを刺してきた。


「買わないよ。第一年確されるから買えないしね。」


俺と美咲の誕生日は一月半ほど先の12月15日、二十歳になるのは来年だ。

本家に居た子供の頃は、毎年一族総出で祝ってくれていた。

子供の頃はあらゆるプレゼントをもらっていたけど、幼い頃から厳重に警護されて育っていたし、貰い物は入念に確認されてからしか手元にやってこなかった。

プレゼントが危険なものだったり、毒入りの食品だといけないからだそうだ。

それほど高津家は大昔から敵が多く、狙われることが多かった。

その大きな理由としては、何百年も前から、当主の後続者が異能を持つためだ。

その血が濃ければ濃い程、多大な力を持つ人がいたらしい。


俺の中にある一番幼い頃の記憶で、まだ母さんに抱っこされて大人目線で庭を眺めていた時、たまたま父が部屋を訪れたことがあった。

父は母に、変わりないか、咲夜に体調の変化などないか、と確認するようなことを口にしていた。

今思えば、俺も美咲も異能を持ち合わせていたため、その力を無意識に使ってはいないかと考え、本人に異常がないか調べていたのかもしれない。

その後何やら父の後をつけてきたらしき人物が庭に入ってきて、どうでもいいようなことをしつこく尋ねていた。

父さんは厳しい顔つきであしらっていたけど、そいつが背に隠れた抱っこされている俺を見つけると、能力について興味津々に聞いてきた。

すると父はそれが気に食わなかったのか、着物の袖から小刀を取り出し、そいつの喉元につきつけた。


「人間が喉元を掻き切られると、どんな声をあげるか知っているか?」


無機質で冷徹な声で父は言った。

そうするとうるさく尋ねていた男は黙った。そして母は、俺を抱いたまま足早に部屋に戻った。

そんな記憶が残っている。

もちろんその記憶も、思い出して自分で正確に再生したものだ。

けれど能力を使うとその分反動で疲労が大きくて、長時間の記憶の再生は出来ない。

本家の当主専門の医師からすると、脳に多大なストレスと負荷がかかっているので、余程重要なことでもない限り、使わずに生活したほうがいいと言われた。

歴代の当主は、その能力によって皆短命だった。


俺の父である白夜は、目を合わせれば人の心が読める力を持っていたらしい。

仕草や話し方、挙動などで推測するいわゆるメンタリストなどの読心術ではなく、父には相手が心の内で思う声が聞こえたのだという。

人の心の声なんて、俺からしたら聞きたくないことも多いだろう、と思うけど・・・

力はやはり使いようで、父は本家の者も外部の関係者も思い通りに扱って、事業の利益を拡大させていった。

異能によるリスクは、制御の問題と負荷の問題がある。

コントロール出来なければ負荷を抑えることは出来ず、能力によってはそのままゆるゆると死んでいく。

父はその点において、歴史上の当主の中でも群を抜いて優れていたらしい。

もちろん力を使い過ぎれば反動はあるけど、更夜さんを始め一族専門の医師がいたので、そこそこ長く当主を勤められたのだと思う。

といっても、父の最期は詳細不明で遺体も残らなかった。

残ったものと言えば、着ていた着物と頭髪くらいで、まともなものは帰ってこなかった。

父の死を疑った美咲は、一般の警察を介入させることが出来ないため、自ら本家の中を探索し、父が死亡したと思われる地下の研究施設で、遺品やその他残ったものを回収したらしい。

頭髪をわざわざ遺伝子調査にかけて、はっきり父のものだとわかったと言っていた。


「咲夜、そろそろ帰るな。」


持ってきたものを片付けて休憩していた美咲は、そう言ってゆっくり腰を上げた。


「ん・・・夕飯食べてかないの?」


俺がパソコンの画面から振り返りと、兄は苦笑いを返した。


「お前こそお母さんみたいなこと言うんだな・・・。何もない冷蔵庫なのによく言う・・・俺に作らせたいのか?晶に渡して来たらすぐ帰る、と言ったから今日は帰るよ。」


何だか返答がつまらなくて、俺はちょっと意地悪を返すことにした。


「へぇ・・・美咲って結婚したら晶の尻に敷かれるタイプなんだろうね。」


「・・・どうだろうな・・・。俺はぼんやりしてるところもあるから、晶がしっかりしてくれているのは助かるけどな。」


「冗談なのに・・・真面目かよ。」


今度は俺が苦笑いを返すと、美咲は眉をひそめて言った。


「・・・結婚とか言うから・・・狼狽えたんだよ・・・。」


「はぁ?照れるとこなのそれ・・・。」


俺はそう言いながら腰を上げた。


「帰るなら近くのコンビニまで一緒に行くよ。ご飯買いたいし。」


「ったく・・・たまにはちゃんと自炊しろよ?」


そんな美咲の親目線のような苦言をあしらいながら、一緒に部屋を出た。

本当は、美咲と晶が当主だったころ、俺には関係ない、と思いながらもどこかいつも、二人のことが心配だった。

危険なことに巻き込まれてないのか、嫌な大人から面倒なことを言われていないか、大変な目に遭ってつらい思いをしていないか・・・

俺には当主になる、ということが何たるかわからないが故に、二人の負担も結局理解はできない。

何か大変な事があったとしても、きっと二人ともそのすべてを話さないし、そもそもわざわざ本家から遠ざけた俺に、事情を愚痴ることもなかった。

だからきっと本家にいる間、二人は支え合って親密になったんだと思う。

晶への気持ちを自分で断ち切ったと言っても、そなへんの詳細はさすがに平気で聞けるほどのメンタルはなかった。

中学生のころから家を出て、今のマンションに住んでいる俺は、正月や母の見舞い、そして母の最期の時くらいしか、本家に戻ることはなかった。

中高生の頃、週に一度は俺を心配して家にやってきていた美咲も、当主になってからは、もっぱらメッセージや電話のやり取りになった。

美咲はとにかく責任感が強い。たぶんだけど、俺の想像を絶する仕事量と、学業を両立させながら重圧に耐えていたと思う。

それでも俺に連絡を入れる美咲は、決して弱音を吐いたりしなかった。


その後財閥が解体して、本家が無くなることになり、そこで起きた最後の事の顛末を話してくれた。

それを聞いて、美咲も晶も危うく死にかけていたことを知り、血の気が引いたし怖かった。

けど俺はその場にいなくて本当に良かった、と思ってしまったし、弟に生まれてよかったとさえ思ってしまった。

その話をしていた美咲は、青ざめる俺の肩に手を置いて「もう終わったんだ、大丈夫だ。」と言った。

その時、双子なのに自分とはかけ離れた人格を持つ美咲に、複雑な気持ちになった。


「俺が役に立てることってあったのかな・・・」


美咲と別れたコンビニの前で、俺はぼーっとそう呟いていた。

俺が能力の制御を覚えて使いこなせていたら・・・とか、いや美咲の予知の方がよっぽど役に立つか。

終わったことだけ知らされてしまえば、ああ、これでよかったんだな、なんて楽観的に思う。

ただ俺はどこか自分の劣等感と、たった一人の家族の役に立てなかった不甲斐なさが、いつまでも付きまとってるだけなんだ。

それこそ危険な目に遭っていた二人のどちらか、または両方が命を落としていたら、こんな気持ちじゃ到底済まなかっただろう。

もしくは二人を護るために、代わりに更夜さんが死んでしまったりしていたら、俺は一生小夜香ちゃんに会う勇気はなかったと思う。


「そんなことになってたら・・・今頃小夜香ちゃんの奴隷同然で接してたのかなぁ。」


我ながら馬鹿らしいたらればに苦笑した。

トボトボと歩き出しながらいると、不意に背後から声がかかった。


「私が・・・何?」


反射的に振り向くと、不審な顔をして俺を見上げる小夜香ちゃんが立っていた。


「小夜香ちゃん・・・」


「驚かそうと思ってそ~っと近づいたら、咲夜くんなんか変な独り言言うんだもん・・・。何?奴隷って・・・。」


変な所だけ聞かれちゃったなぁ・・・

俺はばつが悪くなってどう言おうか迷った。


「いや別に・・・。何?学校帰り?」


久しぶりに見た小夜香ちゃんの制服姿が新鮮でそう問いかけた。


「うん、咲夜くんは?」


「俺はご飯買うためにコンビニ。」


小夜香ちゃんは、ふぅん、と俺が持つビニール袋を眺めながら、いつものようにニッコリ微笑んだ。

俺も小夜香ちゃんも家の方向は一緒なので、そのまま二人で並んで歩きだした。


「今度遊びに行った時は、夕飯作ってあげるね。いつも勉強見てもらってるし。」


隣に立つ俺を見上げる小夜香ちゃんが、制服効果かいつもより可愛く見えた。


「別にいいよ、そこまで大したこと教えてないし・・・。」


「ダメだよ、咲夜くん普段は塾講でバイトしてる先生なんでしょ?私だけタダで教えてもらうのっておかしいし、お父さんにも言われたの。」


そう言われて俺は少しドキリとした。


「え・・・更夜さんが俺になんか言ってるの?」


「なんかっていうか、咲夜くんのとこにいつもお邪魔して、何かお礼ちゃんとしてるのか?って怒られたの。」


「はは、そういうことね。別に友達のうちに遊びに行ってるだけでお礼ってのもね・・・。」


俺がそう言うと、小夜香ちゃんは同じく笑みを返しながら答えた。


「まぁね・・・。でも勉強教えてもらってるのは事実だし、お返ししなきゃなぁと思ってたよ。」


小夜香ちゃんはそう言って、自然に俺の左手を取って繋ぐと、引っ張るように歩き出した。


「咲夜くん的には、どんなお礼がいい?」


「どんなって・・・」


そう聞かれて思わず下心が出そうになったので、顔に出ないように平静を装った。


「・・・小夜香ちゃん料理得意なんでしょ?手料理作ってくれるっていうなら、お言葉に甘えようかな。」


「・・・そう?」


ちょっと小首をかしげながら、上目遣いで見つめる小夜香ちゃんに曖昧な笑みを返す。

すると彼女は俺の手を離して、最近さぁと世間話を始めるように言葉を続けた。


「咲夜くんちで過ごしてる時間多いじゃんか、だから何となく、微細な反応の違いが分かるようになってきたんだよね。」


いつもと変わらない笑顔でそう言われて、俺は思わず顔をひきつらせた。

小夜香ちゃんのこういうところが時々怖い・・・。


「はぁ・・・何さ、違いって・・・。」


半ば諦めたように聞くと、小夜香ちゃんはちょっと決め顔を作りながら言った。


「手料理以外のお礼がいい、って思ったでしょ!?」


まるで推理アニメの主人公にでもなったように、言い放った。


「・・・思ってないよ。以外って例えば何さ。」


俺がしらばっくれてそのまま歩き続けると、小夜香ちゃんは早歩きで俺の後を追う。


「それはわかんないんだけど~・・・。何か別に・・・な反応だったな、っていうのは感じたの。」


いや、検討ついてないんかい・・・。

俺は心の中でツッコミを入れながら、軽くため息をついた。


「最近はあんまり料理してないから、作ってくれるとありがたいよ。」


改めてそうお願いして、不満そうな小夜香ちゃんをあしらいながら帰路に就いた。


こちらは三部作になります。

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