第84話 穏やかな用事じゃなさそうだね
「ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」
炎に包まれたキングコボルトの巨体が、断末魔の叫びと共に倒れ伏す。
ズウウウウウウウンッ!
「はぁ、はぁ、はぁ……や、やったわ……っ!」
アリスが放った渾身の魔法で、ついにこのダンジョンのボスを倒したのだ。
それから残ったエルダーコボルトを一掃するのは、そう大変なことではなかった。
「今度こそクリアっすよね!? 今の、中ボスじゃないっすよね!?」
「うん、間違いなくボスだよ。おめでとう」
懇願するように確認してくるガイザーに、戦いの様子を見守っていたエデルが答える。
「正直これがもしまた中ボスだったら、訓練から逃げ出していたところよ」
「右に同じっす……」
ぐったりして頷き合う二人に、エデルは苦笑して、
「あはは、逃げたって無駄だけどね? すぐ捕まえるから」
「「……」」
真っ青な顔になるアリスとガイザーだった。
と、そのときである。
突如として二人の視界が真っ白になったのは。
「「……え?」」
三角錐の形をした謎の部屋に閉じ込められていた。
天井から床まで、すべてが白い壁によって構成されていて、出入口らしきものは一切ない。
「何よ、これは……?」
「もしかして兄貴の仕業っすか? 兄貴? 兄貴っ!」
呼びかけてみても返事はない。
「このっ! ~~~~~~~~~~~~~~っ!?」
軽く白い壁を叩いてみたら、分厚い鋼鉄を殴ったような感触が返ってきた。
「痛ってぇっす……」
「これって……結界?」
「……みたいっすね。しかもかなり強力な」
いきなり出現した結界に、アリスとガイザーの二人が閉じ込められてしまった。
一人その外側に残されたエデルの元へ、四人組が近づいてくる。
「心配は要らない。邪魔な二人を一時的に私の結界に閉じ込めさせてもらっただけだ。時間が経てば、自ずと結界は消える」
そう告げたのは、縁の薄い眼鏡をかけ、神経質そうな顔つきをした細身の青年だ。
どうやら彼がこの結界を展開させたらしい。
「用事があるのはお前だけだ」
「穏やかな用事じゃなさそうだね」
エデルは青年から明らかな殺気を感じ取っていた。
さらに他の三人もまた、こちらへの殺意を隠していない。
その中にはエデルも見覚えのある人物がいた。
「ええと、確か、ガイザーの兄の……ゲリゼス?」
「……僕の名はゲルゼスだ」
不愉快そうに顔を顰めて名乗りながら、ゲルゼスが前に出てくる。
「シリウスさん、まずは僕にやらせてください。先日の屈辱、自分の手で晴らさなければ気が済みません」
「ひゃははっ、この間、このガキにボコられたんじゃなかったのかよ? てめぇ一人じゃ無理だろ」
「……あのときは不覚を取ったが、今度は負けない。なにせ今の僕にはこいつがある」
嘲笑う全身タトゥーの青年に、そう断言するゲルゼスの腰には、先日破壊されたものとは別の剣が提げられていた。
「っ……」
タトゥーの青年が僅かに頬を引き攣らせる。
それを誤魔化すかのように、彼は軽く咳払いしてから、
「つーか、せっかくこの面倒なダンジョンを抜けて、ここまで来たんだぜ? 俺にもヤらせ――」
「いいだろう、ゲルゼス。そこまで言うならやってみるがいい」
「し、シリウスさん!?」
眼鏡の青年が許可を与え、全身タトゥーの青年が思わず叫ぶ。
「ありがとうございます」
「……ちっ、仕方ねぇな」
全身タトゥーの青年が忌々しそうに舌打ちする中、ゲルゼスが剣を抜いた。
血のように赤い刀身を持ち、禍々しい気配を放っている妖しい剣だ。
恐らくは魔剣の類だろうと、エデルは察する。
それを手にしたゲルゼスの空気が一変した。
口端を大きく釣り上げて不気味に笑い出す。
「くくくっ……くははははははっ! 身体中から力が湧き上がってくるよっ! さすがは魔剣だ……っ! ああっ、今すぐ君をこいつで斬り刻みたい……っ!」
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