第29話 随分な自信じゃないの
「むしろ、あんなに近くていいの?」
エデルとしてはあくまで純粋な疑問を口にしたつもりだった。
だがどうやら不遜と受け取られてしまったらしい。
「……へぇ、随分な自信じゃないの、一年生くん?」
ピクピクと片眉を痙攣させながら言うビアンサ。
「うん。よくじいちゃんと遠くにいる魔物を狩る勝負をしてたから。魔物は動くけど、あの的は動かないでしょ?」
「ふん、確かに的は動かないけれどねぇ。じゃあ、未経験者さんに、簡単に射撃競技のルールを説明してあげようじゃないか」
ビアンサが刺のある言い方とともに教えてくれた。
「あのラインより後ろから、向こうの的を狙って魔法を放つ。合計十発打って、何発当たるかで競う。至ってシンプルなルールだね」
だけど、とビアンサは続ける。
「残念ながら発動できる魔法のレベルについては制限があってね。火、水、風、土の基本四属性で、かつ初級に分類されている攻撃魔法しか、使用は許されていないのさ」
そこがこの競技の肝とも言える部分だった。
魔法を大きくしてしまえば、適当に放っても当たってしまう可能性があり、それはこの競技の趣旨に反するため、禁止されているのである。
純粋に魔法のコントロール能力を競うのが、この競技なのだ。
「当然、最低でも的まで魔法を届かせなければ話にならない。初心者の大半がまずそこで躓くのだけれど、距離が届く得意の魔法を使うか、あるいは的を狙いやすい魔法を使うか。まぁ一年生くんの好きなようにすればいいさね」
「えっと、一つ質問してもいい?」
「なんだい?」
「初級に分類されてる攻撃魔法って、なに?」
「……は?」
ビアンサが当たり前のように口にした言葉だったが、エデルにはピンとこなかったのだ。
「はははははっ! 一年生くん、まさか、そんな初歩的なことも知らないのかいっ? 初等学校でも習うことだろうに!」
「初等学校?」
「兄貴、この国の大半の子供が七歳頃から通う学校のことっすよ」
「へえ、英雄学校以外にも学校があるんだね」
初等学校を終えると、平民のほとんどは仕事に就く。
そして一部の平民と貴族は、高等学校と呼ばれる学校に通うのだが、ここ英雄学校は、分類上としては高等学校に属するのだった。
「それで初級の攻撃魔法って?」
「ええと、例えば火魔法ならファイアボールとか、風魔法ならウィンドカッターとかっす」
「ふうん? そんな分類して何か意味があるのかな?」
疑問に思いつつも、エデルはとりあえず定められた位置につく。
「ファイアボールってのもよく分からないけど、多分、球状の火の塊のことかな? じゃあひとまずそれでいくね」
その言葉に、様子を窺っていた射撃部の部員たちが笑い出す。
「マジか、ファイアボールも分からねぇってよ」
「しかも射撃競技において、火魔法は超玄人向きだぞ。なにせ飛距離が全然でないからな」
「魔力操作が上手ければ、放った後の微調整がやり易い属性ではあるんだけどな。ま、どのみち素人には無理な芸当だろ」
しかし次の瞬間、彼らは絶句することとなった。
ゴウッ!!
エデルが何の詠唱もなく作り出したのが、直径二メートルを軽く超える巨大な火球、いや、炎球だったのである。
「はぁっ!? む、無詠唱だと!?」
「ファイアボールって、これでいいんだよね?」
「いやいやどう見てもファイアボールじゃねぇだろ……っ!? そんなデカいファイアボールがあるかよ!」
「え、そう?」
驚愕するビアンサに言われ、エデルは「もうちょっと小さくした方がいいのかな?」と呟きながら炎をそのまま凝縮させていった。
「こんな感じかな」
濃密な炎の塊となったそれは、もはや小さな太陽だ。
射撃部員たちが唖然として言葉を失う中、エデルは的を狙ってそれを射出しようとする。
「ちなみにあの的、壊しちゃっても大丈夫なのかな?」
「何重もの魔法耐性が施された特注だって聞いたことあるっす! たぶん大丈夫っすよ」
「そう? じゃあ大丈夫だね」
「だっ、大丈夫なわけあるかああああああああああああああっ!! やめろおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
慌てて叫んだビアンサだったが、残念ながら僅かに遅かった。
ギュンッ――――――チュドオオオオオオオオオオオオンッ!!
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