第2話 めちゃくちゃ元気じゃん
「グルアアアアアアアッ!!」
「よっと」
豪快に振り回される四本腕を、少年は赤子の手を捻るかのようにちょちょいといなしていく。
すると四本の腕は、簡単には解くことができないくらいに絡み合ってしまった。
「グルアッ!?」
何でこんなことになってるんだ、という顔で悲鳴を上げるのは、アームグリズリーと呼ばれる熊の魔物だ。
この世界ではそこそこメジャーな個体で、肉が旨いためジビエとしての人気が高い。
「ほいっと」
「~~~~~~~~ッ!?」
少年はアームグリズリーの下顎に軽く掌底を当てる。
それで完全にノックアウトし、巨体がズドンと音を立てて倒れ込んだ。
大脳だけを的確に破壊したのだ。
まだ自発呼吸はでき、自律神経も機能している状態なので、これなら肉が硬くなることなく持ち帰ることができるのである。
「今日の晩飯ゲット」
自分より何倍も大きな身体を抱えると、少年はほくほく顔で帰路に就く。
かつて同種の熊の魔物に襲われかけた赤子。
それが少年――エデルだった。
彼はすでに十二歳になっていた。
「じいちゃんに栄養たっぷりの熊鍋を作ってあげるんだ」
そう意気込むエデルは、あのとき助けてくれた老人によって育てられた。
命を救ってくれたばかりか、この危険に溢れた世界で生き抜くだけの力を与えてくれたじいちゃんのことを、彼は心から慕っている。
……じいちゃんが付けてくれる修行はめちゃくちゃ厳しくて、何度も逃げ出したくなったけれど。
そのじいちゃんだが、最近は体調が悪くてよく寝込んでいた。
いつも元気そのものだったじいちゃんにしては珍しいことだが、もう百を超えるような高齢であることを考えると無理もない話だろう。
「じいちゃんには今までずっと世話になってきたから、今度は僕がその面倒を見てあげないとね。ええと……こっちだっけ」
この辺りの森はすぐ動く。
そのため広域探査魔法を展開しながらでなければ、あっという間に迷子になってしまうのだ。
時には地形ごと変わるときもあった。
ほんの一時間前までなかったはずの川や山が突然できたりするのである。
そんなわけで、彼の家は魔法で空間座標を固定させてあった。
これなら地面がスライドしたり陥没したりしても、家ごと持っていかれる心配がない。
「ただいまー」
エデルは無事に家へと戻ってきた。
「じいちゃん、すぐに夕飯を作るよ。今日はアームグリズリーを仕留めたから熊鍋だよ」
ベッドで寝ているじいちゃんに声をかける。
「……」
「じいちゃん?」
「ああ、エデルか……お帰り。……少しいいかの?」
「え?」
じいちゃんがよろよろと身体を起こす。
「お前に一つ、話しておきたいことがあるのじゃ……」
「どうしたんだよ、じいちゃん? 急に改まって」
神妙な顔で切り出すじいちゃんに、エデルは嫌な予感を覚えて身構える。
「儂は……もう長くない。恐らくもって数日といったところじゃろう」
「ちょっ、そんなこと言うなよ、じいちゃん! じいちゃんらしくないよ! じいちゃんならあと十年は大丈夫だって!」
「……自分の身体のことだからな、何となく分かるのじゃ」
「なに言ってんだよ! そんな弱気になっちゃダメだ! 気合だよ、気合! 気合があればもっと長く生きれるって!」
「ほっほ、生憎とその気合がもうないのじゃよ……」
「熊鍋だ! 熊鍋を食えばきっと精力が出る! じいちゃんの大好物だし!」
「すでに人生に満足しておるしの……。それに、お前も立派になってくれた……」
「すぐに熊鍋を作ってやるから、待ってて! きっと今までで一番旨いのを――」
「うるさああああああああああああいっ!!」
「~~~~~~っ!?」
いきなりじいちゃんが大声で叫んだので、エデルは面食らった。
「さっきからうるさいんじゃよ、このバカたれが! 死ぬタイミングくらい儂の好きにさせろ!」
「で、でも、じいちゃん……」
「でももへちまもあるか! じじいが死ぬと言ったら死ぬのじゃ! 長生きの強要なんぞ、真っ平ごめんじゃい!」
「……いや、じいちゃん、めちゃくちゃ元気じゃん」