第117話 ちょっと無理やり脳を操ってるだけだから
ディルの声ではない。
もっと幼い、子供のような声だった。
「な、何者っ!?」
ベッドから飛び起き、身構えるセネーレ王子。
裸体を隠していたシーツが落ちて股間が露わになった。
「何者って、自分が殺そうとした相手のことも分からないの?」
「っ……お、お前はっ……まさか、エデル!?」
ディルに暗殺を命じた少年の名を口にする。
「そうだよ」
「ば、馬鹿なっ!? ディルはどうした!?」
「どうしたって、僕がその質問に答える義務はないと思うけど」
「……っ!」
俄かには信じがたいが、どうやらディルが暗殺に失敗したらしい。
だがなぜ彼の声が、この影から聞こえてくるのか。
これはイブライア家が開発し、暗殺者たちが利用している影魔法であり、門外不出の魔法のはずだった。
いや、百歩譲って、この少年もまた同じ影魔法を使えるのだとしても、
「な、なぜ私の居場所が……っ?」
彼は普段からあまり王宮にはいない。
特に夜は、イブライア家が王都内に所有している屋敷で過ごすことにしている。
というのも彼自身が暗殺を怖れているからで、寝室も毎日必ず変えているほど。
当然、厳しいセキュリティが施され、彼の居場所を知る者はイブライア家の中でもごく少数だけである。
「デ、殿下……オ、逃ゲ……下サ、イ……」
そのとき突然、影から掠れたような声が聞こえてきた。
少年とは違う別の声。
聞き取り辛いが、間違いなくディルのものだ。
「ディル!? 今のはお前の声なのかっ?」
「ハ、イ……今、私、ハ……」
「あー、ちょっと黙っててねー」
「ガアアアアア!?」
悲鳴が響き渡る。
それからぱったりとディルの声は聞こえなくなってしまった。
「一瞬、制御を外れちゃった」
「せ、制御だと!? 一体何をしている!?」
「大丈夫大丈夫。ちょっと無理やり脳を操ってるだけだから」
「脳を操る!?」
何を言っているのか、セネーレにはまったく理解できない。
しかしこのような真似をされて、王子として黙っているわけにはいかなかった。
「こ、この私を誰だと思っているっ!? この国の第三王子、セネーレ=ロデスだぞ!? 無礼者め! 王族に対する反逆罪は、最低でも死刑だと知らないのか!?」
声を荒らげ叫ぶと、呆れたような声が返ってきた。
「死刑って、暗殺しようとしたくせに今更じゃないかな? それよりさ、自分は安全なところにいながら、誰かを亡き者にしようなんて、その根性が僕は嫌いだなぁ……。じいちゃんが言ってたよ? 自分で手を汚そうとしない人間は、代わりに心が汚れていくって」
祖父の受け売りとはいえ、十二歳の少年が発したものとは思えない辛辣な言葉だった。
しかしセネーレはそのプライドを大いに傷つけられ、激昂する。
「っ……どこまで私を侮辱すれば気が済む……っ!? 覚悟しておくがいい! 王子としての全権力を持って、貴様を排除してやるからな!」
「あれ? もしかして今から来てくれるの? じゃあ待ってるね」
何を勘違いしたのか、どうやらセネーレ自身が直接赴き、引導を渡すと思ったらしい。
「行くわけがないだろう! 私は王子だ! 貴様ごときに私自身が動くと思っているのか!?」
「そうなの。じゃあ、やっぱり僕が行かなくちゃいけないってことね」
「なに?」
「今から向かうから待ってて」
「……は?」
一体何を言っているのか。
影だけならともかく、生身でここまで乗り込もうというのだろうか。
そんなこと不可能だ。
このイブライア家の屋敷は、王宮に匹敵するほど厳しい防衛体制を敷いているのだ。
ましてやセネーレの元まで部外者がやってくるなど、できるはずがない。
「あ、逃げても無駄だからね?」
「~~~~~~~~~~っ!?」
そうと理解しながらも、少年の言葉になぜか全身が震え出すセネーレ。
気づけば裸のまま、部屋から飛び出していた。
「殿下っ!?」
驚く子飼いの兵士に向かって叫ぶ。
「す、すぐに屋敷を厳戒態勢に移行させるんだっ! ネズミ一匹、敷地内に侵入させるんじゃないぞ!」
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