盗撮ムービー上映ショー
さて、撮れ高は十分。
あとはどのようにして町に成果を配布するかだ。
ネット環境のない異世界ではトイレ盗撮シーンの写真を印刷してバラまくのが常套手段なのだろう。アナトミアに頼めば自室のレーザープリンターも持ってきてもらえるらしいが、それではあまりに芸がない。動画も撮ったことだし、せっかくの異世界初の盗撮の披露はなるべく派手にいきたい。
というわけで本日開催、A級傭兵ヴェルミさんの放尿シネマ上映というわけだ。
『楽しそうですね……』
「盗撮に関することなら苦労は惜しまない男ですよ俺は」
≪見通す女神≫アナトミアはげんなりした声を俺の耳朶に伝える。
ここ最近は俺は盗撮映像を見ているか編集しているか現像しているか、上映の準備の建設をしているかなので俺の様子を見るたびにそんなところが映ってもつまらないのだろう。俺はすげー楽しいけど。
さぁ今日も魔獣退治に赴いていた傭兵どもがギルドの帰路に就く。ズーム機能で要塞の外から門に向かってくる赤い髪の女の姿をカメラで確認し、俺はムービーのスイッチを入れた。すぐに止められたらつまらないからな。ここが上映時間開始のタイミングだ。
ちゃーちゃららーちゃらちゃっちゃらー♪
版権フリーのBGM(異世界で版権も何もないだろうが)がパリエスの町に高らかに響く。
ノートパソコンのスピーカーからなので安っぽい譜面が安っぽい音で流れるが、音楽再生機器もろくにないくそ中世では効果てきめん、何事かと仕事を終え家に帰っていた人々が木戸を開けて顔を出す。
監督編集俺、木目澤真の美人傭兵排泄シネマのはじまりはじまり。
『ん、ふぅ……』
大画面で要塞都市の有名人ヴェルミがビキニパンツを脱ぎだす。
観客たちの息を呑む音が聞こえた気がした。
最初は白い布に映写するホームシアター形式を想定していたのだが、さすが文明レベルの低い異世界の辺境、真っ白なシーツも珍しく縫い合わせなければ満足いく大きさにならなかった。
それではと俺が映写画面に選んだのは家の壁そのものだった。
都市の住宅壁面を真っ白に塗りたくると、木の板は大迫力のスクリーンに変貌を遂げた。
「んん~、いい映り具合だ!」
『うわぁ無修正なんですね……』
夕闇の中、デジカメの映像は鮮やかなカラーで赤髪女の小便を照らし出す。
いわゆるピンホールカメラの原理だ。
デジタルカメラでは解像度や発色に限界があり、レンズを通しても画像を拡大するには限界がある。もっとも原初のカメラである、小さな穴ピンホールから像を逆に結ばせるカメラ・オブスキュラの構造を転用して、木の箱の中から映像を壁面に転写しているというわけだ。もちろん実験実証済み。
映画などでたまに見る古い手持ちカメラ、あれをちょうど逆にしたわけだ
このへんの波動光学における光の回折によるエアリーディスクの原理は専門学校時代にちょろっと歴史で触れた程度でもちろん忘れていたが、俺には女神の与えてくれたくそ使えない異能≪知識蓄積≫のスキルがある。一度見た記憶を瞬時に呼び出せるこの力で、オブスキュラの構造や焦点距離を求める方程式を資料で見た時の映像を参考にして作ったのだ。
現代だと検索すれば済む話だが、自称女神のくそスキルが初めて役に立ったと言える。
学校の数学の勉強が役に立ったのも人生初のことだな。
じょぼぼぼぼぼぼ……
ヴェルミが股間の奥から黄金水を噴射する段になると、男たちのおおっという喜びの声や女たちのきゃーという悲鳴が聞こえてきて実に心地いい。
ディレクター冥利に尽きるというものだ。
『当然ながら無修正なんですね……』
「当り前だ、モザイクは悪い文化!」
赤毛女の赤い毛や、その奥の秘密の部分まで克明に記録している。
わざわざ編集でぼかすなど、この俺のプライドが許さない。完全無修正で町中の人間に見てもらわなければ。
『しかしよく白く塗っていいと言ってもらえましたね』
「金も出して俺が自分で塗ったんだから当然よ」
『そこまでして……』
心底呆れたような声でアナトミアがぼやく。
基本的な塗料なんかはいつも日雇いで働いている現場の監督しているおっさんに分けてもらった。だが、なかなか満足する白い塗料ができなかったので材料から集めて自分でより純白に近い色材を製作し、この漆喰は売れますよと上映に丁度いい位置の家に宣伝して無料で塗らせてもらったというわけだ。
いつの世も、主婦は無料モニターという言葉に弱いのだ。
『その情熱を盗撮以外に向ければいいでしょうに……』
「盗撮の披露のために仕方なく作っただけだ、逆だ逆」
『ちなみにもっと白い材料とは、なにを使ったのですか? ……うわぁ』
俺が教える前に見通す力で過去を見たのだろう。女神はドン引きしていた。
「そう、俺が使ったのは魔獣の骨だ」
ヴェルミたち傭兵に屠られ、うち捨てられていた四足獣らの死骸。
肥料になるだけだったそれらから骨の部分だけを分けてもらい。砕いて砕いて砂になるまで粉砕して完成したのが、異世界特性の純白の顔料、名付けてコープスホワイト(死体の白)だ。うーんダサい。
絵の具やペンキなどに使われる色材、すなわち上から塗る顔料は鉱石や酸化物といったコバルトや黄鉛などを粉末にして作られる。現代でも象牙を砕いて焼いた黒をアイボリーブラック、虫から抽出した赤色をカーマインとして天然の顔料として使用しているのでそう珍しいものではない。
で、俺の目的である白色の漆喰は、亜鉛やチタンなどから作られているがそこから砕いて作るのはさすがに骨が折れそうだった。と、骨で思い出したのが消石灰、つまり水酸化カルシウムで漆喰はできているということだ。つまり動物の骨を白いまま顔料に使えば、壁の塗り材として相性がいいのでは……そこから魔獣の骨にいきつくとあとは早かった。
これもまた≪知識蓄積≫のスキル……だから恥ずかしいな、直観像記憶で図鑑などの知識を映像で思い出して参考にしたものだ。実際に試さないと塗りの色合いは分からないけどな。
獣たちの骨は魔力で強化されているのかかなりカルシウムの含有量が高かったようで、非常に鮮やかな白として都市の壁によく馴染んだ。
『ば、罰当たりですねぇ、女神の私が言うのもなんですが』
「魔獣だって、俺と一緒にヴェルミに復讐できて喜んでるだろうよ」
筋肉を強化して、尿道括約筋から小水を噴射するスクリーンとなった戦友たちに哀悼の意を示す。
グッジョブだ魔物たち、エンドクレジットに入れてやる。
「うわぁ、あれ傭兵のヴェルミさんでしょ……、あんな姿、どういう魔法で……うわぁ」
「ひゅーっ! あの≪大嵐斧≫のアソコが丸見えじゃねぇかよ!」
「ションベンがwww すごい勢いでwww 紋章がwww 光ってwww」
「やだぁ、私があんなところを誰かに見られたら生きていけないわ、いやらしい」
「あ、姐御ーっ! 大変なことになってますよアネゴ―っ!」
いかなる魔法だと思っているのか、この都市のギルド支部で唯一のA級傭兵という有名人で美女でもあるヴェルミ・P・エンドアックスのはしたないトイレシーンであることが段々と理解できてくると周囲は一層騒がしくなる。町の英雄が醜態をさらしているのだから当然だ。
その感情の高まりに合わせて俺も映像を編集してある。
ぶぶっ、ぷすーっ
下品極まりない放屁の音が街に轟くと、さらに一層大きな悲鳴があがる。
尻の穴のしわの数まで都市中の人間に知られた彼女の威信がガラガラと崩れ落ちていく。
ああ、満足だ……! 最高の反応だくそ中世の下民ども……!
「て、て、てめぇら、なに見てやがる! なんだコレは!?」
そこに全力疾走でやってきたのだろう、珍しく息を切らせて赤髪のビキニアーマーが現れた。
ついに主演女優が生でご登場だ。さて、ここからがクライマックスだ。