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限界接写

 ヴェルミが席に戻ってから数分を待って、俺は勘定を払って店を出る。

 荒くれ者が集まるギルドということで最初は俺のようなよそ者への従業員の警戒も厳しかったが、今ではいつもより早い時間に退店するくらいは不自然には思われない。あとチップを払うみたいなくそ制度がないのはくそ異世界のいいところだと思いました。

 酒場を出てからは足早にギルドのある建物周辺を半周して裏手側から再度、侵入。もちろん例のトイレの向かい側の壁に行くためだ。

 誰に見られているかも分からないので、慎重に人通りが途絶えた瞬間を見計らって横の建物との間の空間に入っていく。日本と違い、建物との間に十分な距離があるので容易い。俺の不審な姿を見ているのは野良猫のみだった。


「にゃー」

「うるさい、鳴くな。……よいしょ、と」


 しっしと猫を追い払ってから、トイレの向かい側のスペースにつながる扉を開ける。

 あの日、俺が死んだトイレと同様の汲み取り便所のため、回収用の部屋が設けられているのは当然チェック済みだ。ろくに施錠もされていない木の扉、まぁ行き止まりでトイレにしかつながっていないのだから当然と言えば当然だが不用心なことだ。表の入り口も酒場ということで開きっぱなしだし、防犯意識が薄いのはこの地域だけなのか、世界全体の時代性かは要検討だな。ま、今回は侵入が容易で結構なことだ。

 事前に持ち込んでおいた木の板(働いている現場から失敬した)を扉に立てかけておき、簡単な警報装置にする。逃げ場のない個室だが、いざとなればガスマスクをかぶって便所の底に逃げるしかない。もちろんそうならないように女神さまに祈っておく。今日はあの女は見ていないだろうが。

 あとは獲物が来るまで息をひそめるだけだ。


「……ふぅ」


 深呼吸で、酒で少し高揚した気分と身体を鎮める。

 設置カメラと違い、失敗は許されない。集中力を高めなくては。

 それからしばらく、どかどかと男の足音が聞こえてくるたびに息を殺して身動きせずに隠れ続けた。男のトイレシーンを撮る趣味はない。事前の予行演習通り、足音は明瞭に聞き分けられた。

 やがて幾分軽い、女の高らかな足音が聞こえる。

 俺はすでに小口径のレンズに付け替えておいたデジカメを構える。最短撮影距離がかなり短い、接写用のフィルター径の小さい専用のものだ。これならかなり近づいても被写体の焦点がよく合う。

 そう、俺は今度は赤毛の傭兵の排泄姿を直接接写しようとしていた。


「ふぅーう、ちょっと飲みすぎたかね……」


 扉の開閉音に合わせて、事前に内側から開けておいた木目に合わせた穴にレンズを当ててピントを合わせる。さきほど設置カメラの動画で見た通り、黒のビキニパンツを下ろすヴェルミの姿を鮮明に捉えることができた。

 カシャ、とサイレントモードのシャッター音が俺の指にだけ伝わる。

 ちょうどまた下の赤毛がこんにちはした内股の情けないポーズを撮ることができた。

 小型の設置カメラは便利ではあるが、定点位置で、画質もそのレンズの小ささ故にいいとは言えない。

 いい画を盗撮しようと思ったら、やはり限界まで俺自身が近づく必要があるのだ。


「ふんっ!」

じょ……じょべべべべべべ!


 膝を曲げてかがみ、股間の付け根から放水が始まる瞬間に連続でシャッターを切る。

 やはり下腹に刻まれた紋章も発光し始めている。笑うな笑うな。撮影中は感情と指を切り離せ。

 設置カメラは下から全身が入るアングルで録画していたが、今回あけた穴はトイレに向かって壁のやや左から正面を向くような位置からだ。ヴェルミの酒で上気した頬の赤みまでがよく見える。


ぷぅっ、ぶぴっ


 このアングルからではよく見えないが、彼女が放屁をしたようだ。

 当然ながら、おならの音までは写真では残せない。これはまた設置カメラで再度チェックだな。

 断続的な放屁音に合わせて、じょび、じょびと小便も途切れるのが実に芸術的であった。

 空気が漏れるのみで実体が出てこない様子なのは残念であったが。


「……ん?」


 嫌な予感がした。

 ゆるみきっていたヴェルミの表情が瞬時に切り替わり、魔獣と戦闘中のそれに変化したのだ。

 顔をあげた女傭兵の視線はちょうど俺のレンズに注がれている……ように見えた。気のせいだと思いたい。


「おーい、誰かいんのかー?」


 その声に俺の心臓の動悸が高まり、背中に汗がじくじくと浮き上がる。

 ここ最近盗撮をしていないから腕が鈍ったのかとか、学生時代女子トイレにこもってカメラの設置中にクラスメイトが入ってきたこととか、撮影データの入ったUSBを落としたときとか、事前の下見では穴からカメラの光は見えなかったはずだとか、ぐるぐると思考が高速で巡る。

 だが、これこそが盗撮の醍醐味であるとも頭のどこかで考えていた。

 幸い、ヴェルミが声をかけたのは自分の後方、トイレの外だった。


「……気のせいか、誰かいるような気がしたんだが」

じょろろろ……


 切れ長の赤い瞳がゆるむと、尿道も緩んだのか排尿を再開した。

 俺はその音に合わせて、止めていた息を少しずつ少しずつゆっくり吐きだしていく。

 歴戦の傭兵の勘、とでもいうべきか、ヴェルミは恐ろしい察知能力で人間の気配のようなものを捉えていたらしい。

 見つかったかとこんなにビビったのは、学生時代に盗撮していたことがバレて以来だな。まぁアレだって仲間だと思っていたやつにチクられただけだから実際には見つかったわけではないが。だが付近の住人や警察に捕まりそうなことは多々あった、そのたびに何度か逃げてきたわけだが。

 隠し撮りの相手が、素手で俺のことを撲殺できそうな筋肉の化け物とあってはまた別種の恐怖も感じていた。


(いやー、このスリルがたまんねぇわ……)


 しばらくは指が緊張で震えてシャッターを押すこともできなかったが、レンズの光やシャッター音が気づかれたわけではないと分かると、また落ち着いてヴェルミのおしっこを撮ることができた。

 ケツ丸出しでシリアスな顔になった瞬間も撮っておけばよかったな。

 一抹の後悔とともに、俺はやはり異世界の肉体労働やまずい酒などでは満たされなかった充実感を確かに感じていた。

 やはり俺の人生は、何度生まれ変わろうとこれしかないのだ。


「ふーっ、ううっ」


 ぶるぶるっと体内から温かな水が失われたからか体を震わせるヴェルミ。

 そのおまぬけ姿ももちろんカメラのデータに収めていく。何十キロもある斧を片手で振り回そうと、腹筋バキバキだろうと、異世界の女だろうと関係ない。排泄器官と隔絶されたトイレという空間があれば、恥じらいがあり、隠したい姿というものがある。それを切り取ることこそが俺の悦びだ。

 鍛えた尻の肉をきゅっと尻えくぼを作るほど力を入れて、ぴゅるるっ、と残尿を切って傭兵の排尿は終わった。ひき締まった太腿と、その奥の柔らかそうな尻の内側の大殿筋とのコントラストは彼女独特の素晴らしいもので、いつまでも眺めていたかったが仕方ない。

 名残惜しいが、女傭兵が再び葉で股間を拭い、ビキニをあげる姿を撮って撮影を終える。

 上体を倒すと、割と大きな胸が前後に揺れたが、サイズに比して揺れが小さいのは胸を押さえる革鎧の性能がいいからだろうか、と考えた。まぁ胸の揺れは設置カメラの動画で見直すか。


「ふーっ……」


 ヴェルミが扉を開けて出て行ったのを確認してから、俺は大きく息を吐いてへたりこむ。

 全身から多量の汗が浮いてきて、どれだけ緊張を強いられていたかが分かる。さすがに近づきすぎたろうか、酒で酔っているというのにあの勘の鋭さは思い返しても恐ろしい。だが、その価値は十二分にあった。


(さて、この撮影データをどう公開してやるか……)


 家に無事帰るまでが盗撮だ。

 けれど俺は木の板を外して、トイレの向かいから出ていくときには次の計画で頭がいっぱいだった。

 あの女のションベンシーンをこの都市中に拡めて、とことんまで辱めるにはどうすべきか。

 我慢していた分だけ、にやにやと笑い顔になるのを止められなかった。


「くくく……」

「にゃー」


 野良猫が俺の背に鳴いていた。異世界初の盗撮を祝うかのように。

ここら辺のシーンは女性器の名称とかノクターンで詳細な追加版を書くかも。

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