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≪大嵐斧≫ヴェルミ

「うわぁ、えぐい……」


 完全に脳漿だかなんだか赤黒い液体をまき散らした魔獣は、完全に絶命していた。

 資料で見た外国の狼などより胴体長は大きく見えたので、人間大の野犬を瞬殺したことになる。異常すぎる戦闘能力だ。黒犬の返り血で真っ赤に染まる女傭兵は絵になるのでまた一枚パシャリと撮影した。

 動物のグロ画像などネットで見慣れてはいたが、実際にレンズ越しに目にする凄惨な光景を撮っていくのは戦場カメラマンになったようで、すこしだけ楽しかった。


「さすがヴェルミの姐御だ!」

「頼りになるぜ!」

「よっ≪大嵐斧≫!」

「うるせぇよ、オッサンどもに姉御呼ばわりされるほど年とってねぇわ」


 噛まれていた鎧の男や周囲の傭兵が喝采をあげる。

 だいらんぷ? と呼ばれているの赤髪の女の名はヴェルミというらしい。大きいランプとか淫乱婦とかいう意味でないなら、大きい嵐を起こす斧とでも当て字しているのか。翻訳システムどうなってるんだ。

 褒められているヴェルミのほうはせいぜい二十歳前後といった年齢に見えるので、ひと回り以上は年上の屈強な男からアネゴ呼ばわりされることに言葉では悪態で返すものの、満更ではない口調だった。

 姫プってやつですね、わかります。

 専門学校時代にも、ああやって男を侍らしているゴスロリサブカル女がいたわ。


「オラオラ、しゃべってねぇで、どんどんヤるぞ!」

「おう!」


 姐御プレイの女傭兵が号令をかけると、隊列を組んで立て直し周囲の魔獣の掃討に向かう。

 どうも彼女を中心にして囲まれないように円陣になり、動きの速い犬をさらに素早くヴェルミの斧で蹴散らし叩き潰し、傭兵たちが仕留めていくスタイルが確立されているようだ。遠くから撮影していると、その圧倒的な効率がよくわかる。

 姫プレイで貢がせているというよりは傭兵サークルの姫といった感じで、ギルドの中心でまとめている立場らしい。

 ビキニアーマーの赤髪が斧を振るたびに風を切る音が唸り、こちらまで風圧が届く。大嵐斧とやらの俗称は伊達ではないようだ。


「しかし、女にしては体格はいいが、なんであんな強いんだ」

『ふふ、この≪見通す女神≫アナトミアが教えてさしあげますよ』

「あ、いたの」

『彼女のお腹に紋様が浮かんでいるのが見えますか?」


 女神に言われたように、ズーム機能でヴェルミの腹を見ると確かに朱色の刺青で先鋭的な文字のようなものが刻まれていた。それは魔獣の返り血の上からでも発光をしているようにぽうと淡く浮き上がっているかのようだ。


「なにあのおしゃれタトゥー。淫紋か? エロゲコスなのか?」

『あの紋章は周囲の大気に漂うマナと呼ばれる魔力から魔素を抽出し、自らの魔力に変換するものですね。その魔力を筋肉の繊維一本一本に挟み込むように流し、超人的な力と速さを実現しているのです』


 肌の大部分を女傭兵が晒しているのも、鋼などで吸収を阻害しないように効率よくするためだとか。アナトミアが紋章を見通して解説したところによると、そんな感じらしい。

 理屈と湿布はどんなところにでもつく、と言うらしいが、まぁそれっぽい理屈をエロビキニにできるもんだな。

 しかし周囲に比してケタ外れヴェルミの膂力や速度もそれなら説明がつく。俺は動きの止まった時を見計らい、薄くぜい肉ののった腹筋の上の紋様に汗と血が流れる写真を撮っていく。う~ん我ながらセクシーなショットだ。


「しかし、それなら周りの男もイレズミ入れて半裸で闘えばいいんじゃねぇの?」

『ああいったマナに干渉して採り入れるのには才能が必要ですからね。彼女ほど効率よく運用できる人間はそう多くはないでしょう』

「ふ~ん、まぁ男の淫紋半裸なんてニッチすぎるからな」

『だから淫紋じゃありませんて……』


 BL好きな腐女子とかなら喜ぶのだろうか、女体の盗撮専門の俺にはあまり詳しくない文化だ。

 ていうか、この女神淫紋が分かるのか……。

 そんな無駄話をしているうちに、大多数の魔獣の死体……というより胴や頭を潰された残骸が転がっていき、気配も少なくなっていく。こうやって要塞とともに都市を守護するのが彼女たちの主な役目というわけだ。

 俺も巨大な片刃斧を振るって四足獣の胴体を両断する美女のショットを満足する出来のものが一枚撮れたので充足感を覚えていた。久しぶりに撮影を堪能できたな。


『……っ、あ、あぶない!』


 と、デジカメのデータを背面の液晶で見返しているとアナトミアの悲鳴。

 同時に俺の体が揺れ、轟音と衝撃が同時に内臓に響く。

 顔とカメラを載せていた壁が崩れ、仰向けになって薄暗い天を見る。どうもあの女傭兵が斬り飛ばした死骸が砲弾のように俺に向かって直撃したらしい。戦場カメラマンに流れ弾が飛んでこないとは限らない。この二日、苦労して積んだ石壁がぼろぼろと崩れていく。


「あっ、誰かいたのか、大丈夫か?」

(……大丈夫かじゃねぇ、ざけんな)


 のんきな声で心配してくるヴェルミの態度に急激に腹が立つ。

 ふざけんなよ、カメラは予備があるが一眼レフはこれしかねぇんだよ壊れたらどうするつもりだこんなガラスもろくにないクソ中世で、大体なんで壁を何度も積むのかと思ったら魔獣じゃなくてお前が壊して仕事増やしてたのかよボケカス死ね、どういう筋力してたら5メートルは離れたここまで犬の死体が飛んでくるんだよゴリラ女が!

 様々な文句が胸中で嵐のように渦を巻いたが、背中をしたたかに打った俺は声も出せずに悶絶していた。ヴェルミはさほど深刻でもない様子で大雑把に大股で壁を崩しながらこちらにやってくる。

 だから壊すな俺が積んだ壁を。


「わりぃわりぃ、油断してつい本気で払いのけちまった」

(ちゃんと謝れくそ女が……!)

「ひ弱だなぁ、ちょっと倒れたくらいで……ん? なんだ変な恰好してるなこいつ」

「姐御、そいつ外国からやってきたっていうよそものですよ」


 黒いジーパンにカメラマンベストという現代的な俺の盗撮用の服装に文句をつけてくるヴェルミ。

 男社会で生活しているからなのか、ガサツな言動のいちいちが無性に腹立たしい。ちょっとボーイッシュな美人だからって調子にのるなよ半裸の淫紋露出狂が。


「ほら、大丈夫か」

「うおっ」

「背丈はアタシくらいあるくせに、ひょろひょろじゃねぇか。もっと鍛えろ」


 ひょい、と片手で無理やり起こされる。あの長大な斧に比べたら俺など軽いものなのだろう。

 掃討が終わったのか、傭兵の男たちもへらへら笑ってぱしぱし肩を叩かれる俺を笑って見ていた。いてぇよ。

 もう本当嫌いだわ、体育会系のこういうノリ。背が高いからって運動部に入らそうとした体育の教師と同じこと言ってるし。


「……あっす、あざっす……」

「ああ? ちゃんと喋れよ、ったくだらしねぇな」


 そんな嫌な思い出を思い出してしまい、つい陰キャだった学生時代のように小声でお礼を言って逃げようとしたらまた呆れたような顔で赤髪の傭兵はバカにしてくる。


 決めた。


 ここで盗撮が罪になるかまだ分からないから、手始めにこの女のトイレシーンでも盗撮して少しずつこの世界について調べていこうと思ったが関係ない。

 この女のすべてを盗撮して、あらゆる恥ずかしい姿を町にバラまいてやる。

 こけにされた恨みとか、痛みとか壁を崩されたとか体育教師への復讐とかすべてまとめてヴェルミとかいう女にぶつけてやる。逆恨みとか関係ない、必ずやる、絶対にやる。


「よかったらギルドに来いよな、アタシが鍛えてやるよ!」

「ぎゃはは、そりゃむりっすよ、あんな根暗そうなやつ」

「俺らが壊した壁でも積んでいるのがお似合いですよ」

「やめろお前ら、ほら帰るぞ」


 背中や尻を丸出しにした格好の半裸女が都市に足を向ける。

 俺はその背を忘れないようににらみつけ、射殺すような視線をレンズ越しに送る。

 盗撮のターゲットの写真は必ず手に入れてきた、まずはヴェルミお前からだよ。


パシャリ


 決意とともに、俺は夕闇に消える赤髪の女をファインダーに収めた。

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