赤髪の女傭兵
「邪魔だ、どけよオッサン」
「どわお」
意を決して扉を開けた瞬間、中から勢いよく屈強な人々が飛び出してきた。
とっさに俺はロボット漫画の擬音みたいな驚きの声をあげて飛びのいてしまう。鎧をガチャガチャ、靴音もどかどかとけたたましく駆けていく一団。上背は180センチの俺とさほど変わらないが、その筋肉量による厚みは比べ物にならない。盾や装備の隙間から見える肌は生傷を覗かせており、血なまぐさい歴史を感じさせた。
あれが傭兵ってやつか。いかにも体育会系といった感じで苦手な人種だ。
その先陣を切って走る赤い髪の女に俺は目を奪われた。
フルプレートの重厚な鎧の中で、明らかな女性のシルエットを浮かべているのが分かる。革の胸当てや下着のような股間のビキニパンツなど最低限の衣類しか付けていなかったのだから当然だ。
いわゆるビキニアーマーってやつか、あんなのコスプレイベントでも露出狂しかしない格好だ。しかもふつうは肌色のタイツを着てるからなあれ、寒いし。
スポーツ選手を想起させる中性的で精悍な顔立ちで、唇を噛みしめ女はこちらを気にもせず走り去っていく。見れば頬に大きな傷、全身にも薄くピンクの治ったばかりと思しき傷跡が目立っている。俺が撮影してきたレイヤーとは違う死闘を経た人生を全身ににじませていた。
さすがに俺よりは背は小さいと見えるが、それでも筋骨たくましく隆起した腹筋は非常になまめかしい。女性としても栄養状態の悪いこのクソ中世世界において非常に整った存在だった。170はあるだろうしモデル体型とでもいう感じか。
「おっと、写真写真」
『そんな場合ですか? 早く追いかけましょうよ』
アナトミアが俺に傭兵たちを追うよう耳元でけしかけてくる。
今なら人が出払ってトイレ下見には最適なのだが……と少し逡巡したものの、確かに興味をひかれていた俺は素直に女神の声に従った。
後ろ姿を撮影した後、すぐに追いかけるもののさすがは肉体職の一団、まったく距離が縮まらない。奴らは何十キロもあろう装備をしているのだから驚くべき速度である。俺の脚が遅いわけではない、警察から逃げられるようランニングはかかしていないからだ。
スタイルに気を取られて気がつかなかったが、赤髪の女は背に二メートルは越える長大な斧を背負っていた。片刃の戦斧は使い込まれて先が潰れていて物を切れるのか疑問であったが傭兵らの中でもひときわ重そうな得物を抱えて、彼女は先導するように疾駆を続ける。いくら筋肉があるとはいえ、女性ならありえないことだ。
「はぁ、はぁ、ま、町の外か、もう俺はついてけないぞ……」
『でも着いたようですよ』
気がつくと十分は走っていたろうか、都市の壁の外、ここ二日俺が働いている場所を通り過ぎようとしていた。さすがにカメラをさげて首が痛いまま走り続けるのは遠慮したかったので、女神の指摘通り傭兵どもが止まってくれたのは正直助かった。
しかし、なじみの薄い職場は今は様子が違った。
もうすぐ日も暮れようかという逢魔が時、周囲には獣臭に不気味なうなり声が満ちている。
『どうやら、この都市の要塞はあの魔獣を防ぐために建てられていたようですね』
「ああ、そう……」
要は野犬退治に自警団が駆り出されたというわけだ。
一気に興味を失った俺は、気を取り直してさきほどの赤髪の女を撮影することに目的を切り替える。せっかくなので自分が積んだ防壁の中で荷物から一眼レフを取り出してデジカメに装着する。さて、ここなら魔獣とやらに噛まれないといいのだが……。狂犬病とか怖いからね。
俺の撮影準備を待っていたわけではないだろうが、壁の上からレンズを除いた瞬間、鎧姿の男に四つ足の犬のような黒い生物が覆いかぶさろうとしていた。
「う、うわぁ!」
獣はフルプレートの分厚い鋼の上から歯を通そうとしている。ズームで撮影すると鎧に牙がめり込んでいた、信じがたい咬合力だ。しかし動きを止めたのが致命的だった。
「オラァ!」
裂迫の気合とともに、例の戦斧が下から振り上げられた。
赤髪の女が振るった膂力によって、潰れた先端が魔犬の腹に食い込みあばらを粉砕する音とともに浮き上がる。鎧から離れた牙は、痛みによるよだれを振りまき宙を舞う。そして大上段からの渾身の一撃が頭部に振り下ろされるところを俺は捉えていた。