要塞都市の傭兵ギルド
「それでは、あなたの先行きに祝福を祈ります──」
≪見通す女神≫アナトミアが手を振ると、俺の体が再び光で明滅し宙に浮く感覚を覚える。
最後に見た彼女の顔が安堵しているように見えたのは、俺の視線からようやく逃れられるからだろうか。まぁ異世界とやらに送ってしまえば、そうそう簡単にこちらから会えるものでもないかだろうらな。
(そうやって見下してろ、いつかはお前も盗撮してやるからな)
美しい女神の姿とともに、決意を脳内に焼き付ける。
そして視界が反転した。
*****
で、三日ほどが経過した。
盗撮に関係ないこととか心底どうでもよかったので、かいつまんでまとめると。
カメラやノーパソを持ってひいひい言いながら着いた街で、言葉が通じるのを確認した後は「旅人だ」で押し切って住み込みで働けるところを世話してもらって働いている、という感じだ。
元の現代では盗撮映像を売って暮らしていたので、就職したのは初めてでは? おめでとう俺。
まぁ就職というよりは日雇い工夫という感じで、ひたすら壁を補修しているだけだったのだが。
賃金の相場もよく分からないが、その日の終わりに日当みたいに銀貨一枚渡されて喜べるほどファンタジーな世界に憧れがあったわけでもなし。帰ってすぐに宿屋で寝てしまった。
初日は全身に仕込んだカメラの重みに、二日目は久々の肉体労働で精魂尽き果てていたので実際に街をじっくり散策したのは昨日からであった。
おれが夜明けすぐから積んで運んでを繰り返した岩の壁、それに囲まれた都市。
要塞都市なんたらというのが、俺が初めて異世界で訪れたこの町というわけだ。
ああ、要塞都市パリエスだと。≪知識蓄積≫の能力で覚えた地図に書いてある町の名前を思い出せた。
「このスキル、マジで使えねぇよな……」
俺はため息をついた。
会話も文字も日本語として見聞きできるのは恵まれているのかもしれんが、異能力の恩恵が全く感じられない。図書館もない都市のしょぼさと相まって、情報収集すらままならない。世界地図もないとかなめてんのか。
人とカメラを通さないで会話するのも苦手で、この町がどこかの王国に所属している国境の端っこの郊外であることしか周囲の会話を盗み聞きしてもわからなかった。
「埃っぽいし、食事は塩味か塩のない味しかないし、なぜか昨日俺が積んだ場所の壁は崩れてるし、くそだな、くそ中世だなこの世界」
『そんなことを言わないでください、あなたが救う世界ですよ』
耳元でささやき声がして、びくっと反応して横の家の壁に音を立ててぶつかってしまう。
どうも透視の女神アナトミアが定期的にこちらを観察しているようで、一日の終わりごろに話しかけてくる。腹立つわ、嫌な上司かよ。
「急に話しかけてくんな、黙って俺のトイレシーン見て自慰でもしてろ盗み見女神が」
『あなたと違って、そのような変態趣味はありません。……そういえば盗撮はまだなさらないのですか』
「できたらとっくにしてるわ」
この町の一番くそみたいな中世の部分がそれだ。
どうも、このパリエスでは壺に大小便をして溜めて、それを町の周囲の田畑に持っていき肥料として使うために発酵をさせているようだ。つまり現代と同じように家の中の個室トイレと変わらない。
これでは前準備なしに盗撮するのはかなり難しい。
ガラス窓もろくにないくそ中世なので家の中を覗き見るのも難しく、そもそもこの世界で家屋侵入が不法なのか、警察がいるのかすらもわかっていない。リスクが高すぎた。
「で、宿屋のばばあにもっと別の汲み取り式のトイレがないか聞いて、そこに向かっているわけだ」
『そんな質問をされておばあさんも困惑されたでしょうね。……それがこの傭兵ギルドですか』
虚空の女神にむかってひとりごとのように会話をしながら向かった先の、この町では珍しい二階建ての建物。その看板の意味不明な文字に浮かぶ日本語は確かに傭兵ギルドとそう書いてあった。
酒場も兼ねているようで、外からでも中の喧騒が漏れ聞こえてくる。
『ええ、ええ、冒険といえば仲間! きっと素敵な旅の仲間が見つかるでしょう!』
「って未来が見えるなら結果が分かってるんじゃないのかよ」
『ふふ、ネタバレはつまらないでしょうし、未来は少しの選択で変わりますから』
むかつく。
大体仲間ってなんの仲間だよ。なにをしたら世界を救うってことになるかもわかってないのに。魔王がいて、それを退治する仲間でも探せってか? 興味ないからそこらへん全部ネタバレしてくれねぇかな。
現代にいた頃から、俺の盗撮趣味を理解するやつは高校の写真部(光画部とかいう名前だった)にも写真の専門学校にもいなかった。そもそも友達なんてのがネットのむこうの盗撮ファンくらいしかいない。
そんな俺が冒険の仲間になってくださいとでも言えと? 不可能だ。
今日はあくまでもギルドにあるというしっかりした造りのトイレの下見だ。
「できれば小型カメラの設置までやりたいな……」
『……あまり一般の方の盗撮をするのはよくないですよ』
「俺が自由にやってれば世界を救う未来につながるって『視えてる』んだろ。黙ってろ見てろ」
人の多い場所に行くのにビビっていたが、アナトミアの注意にイラっとして意を決してギルドの扉に手をかける。
そこで俺は赤髪の傭兵に出会った。