≪知識蓄積≫のスキル
そんなに俺の笑顔が不気味だったのだろうか、未来を見通す女神とやらの完璧な笑みがひきつったように感じた。……まあいい、女性に気持ち悪がられるのは慣れている。悲しいことに。どんな女も断りなしにカメラ越しの視線を送る男は気味が悪いものだろう。
「それでは木目澤真さん、お楽しみの時間ですよ」
気を取り直すためか、ことさら慈愛に満ちた声でアナトミアが手を叩いて告げる。
……あんまり本名フルネームで呼ばないでほしいなぁ、クラスメイト達にきめぇ澤と呼ばれた過去を思い出すから。まぁ学校の女子トイレを盗撮した俺が120%悪いとは思うが。
薄青のひらひらした布をなびかせて、空色の髪の女が聞いてほしそうにしているので投げかけてやる。
「……お楽しみとは?」
「もちろん、転生特典の特殊能力の付与です!」
はいはい、無双するためのチート能力ってやつね。
そんなのいらねぇから、あんたが着ている布をくれって言ったらストリップしてくれるのかね、この女神さまは。いや自分で盗み撮ってこその盗撮なのでそれもいらねぇけど。
しかし戦闘系の能力とか別にいらないのだが。むしろ銭湯に侵入できる能力が欲しい。
理想は超能力バトルとかで知らん異世界を救う片手間に盗撮をすることなので、戦闘がスキップできるレベルの強い能力、もしくは現実ではできない盗撮が可能になるスキルとかだろうか。
おっと、確かに俄然楽しみになってきたぞ。
やっぱ究極的には戦闘と盗撮、どちらもこなせるものがコスパがよくて理想だな。
「透明化か時間停止、透明化か時間停止、透明化か時間停止をお願いします!」
「わぁ欲望に忠実ですね……それでは」
アナトミアがこほんと咳ばらいをひとつすると目を閉じる。
周囲に明滅する光点が周回して、彼女の全身を駆け巡った。
「我≪見通す女神≫アナトミアが献じる、救世を行う魂への言祝を……!」
鈴の鳴る声が呪文を紡ぐと、俺の周辺に光点が集まり目を開けないほどのまぶしさが放たれる。
ドッキリカメラの可能性も捨てきれていなかったのだが、自分の中に何かが流入する感覚まではさすがに茶化すことはできなかった。内臓より奥で気分が高まるのを感じる。
これがチート能力ってやつか。
「……今、あなたの中に新たな希望が生まれました」
「おお! ……で、具体的に何が?」
「……えぇと」
光点の奔流がおさまり、また薄布を落ち着かせたアナトミアが口ごもる。
しまった、今、衣装が巻き上がっていたのなら絶好のシャッターチャンスだったな、失態だ。
「スキル名は≪知識蓄積≫、現代のあなたが見たあらゆる知識を持ち越せる能力……ですね」
「……んん? 具体的には何ができるんだそれ?」
「見たものを忘れず、瞬時に脳内に呼び起こす力……ですね」
もしかして、もしかしなくとも、その能力って相当しょぼいのでは……?
美しい女神の顔が気まずそうに固まるのを見ると、そういった嫌な予感がしてくる。
ていうか、それは見通せなかったのかこいつ。
「……ちなみにスキルランクはCです」
「うわぁ」
しょっぱい。
盗撮動画の編集中に流し見していた異世界転生物のアニメだとむしろFだのZランクとかだと意外な使い道があるものだが、中途半端に使えそうな感じのランクのせいで期待外れ感が半端ではない。
むしろ現代知識なんてのはネットにつながれば検索できるだけの話だから、ランク以上に不要なスキルなのでは。
「あ、でもこれっていわゆる直観像記憶の能力ですから、盗撮が好きな真さんにはピッタリでは!?」
「ああ、はい、そっすね」
直観像記憶。
映像記憶とか、それこそ写真記憶とも呼ばれる。カメラに撮るように、目にした記憶を画像として瞬時に取り出すことができる能力……という記述を『見た』時の本のページが思い浮かんできた。
なるほど、いわゆる天才とかサヴァンとか言われてきた人間が持っているとされた異能の力。
確かにこれは便利だ。
過去に見聞きした盗撮の場面をどれも鮮明に脳内に映写することができる。
「……いやだからさぁ、これネット検索で済む話だろ。むしろネット環境を異世界に持ち越しできるようにしてくれよ」
そりゃ、本を何冊も持ち歩かずに済むのは中世みたいな世界観のアニメでは便利だろう。
でも今はスマホで同じこと、どころか知らなかった知識も検索できるからね?
大体いつでも思い返せたらいいって、それじゃ盗撮する意味がなくなるだろーが。
チート能力ってこんなもん?
「はーつっかえ。ガチャ引き直しさせてくれ」
「……この祝福は当人の特性に合ったものを女神の私が人類の延長線の能力として特別に付与したもので、変えることはできません」
「ちょっとほんとにもう、お話にならないので上の人を呼んでもらえます?」
アナトミアの目が細くなっていく。なにキレてんの? キレたいのはこっちだよ。
なろう小説とかよく知らねぇけど、こんな使えないやつばっかりなのか女神って。
「……いいですか、確かにこういった能力を生まれながらに持っている人間は確かに他にもいます。ですが私が≪見通す女神≫として、異世界を救う姿を視たのはあなたです。この力であなたは、必ず世界を救う救世主となるでしょう」
「喋れば喋るほど詐欺師っぽくなるんだよなぁ」
「……」
ひくひく、女神の美しい口元がひきつるのを確かに見た。
≪知識蓄積≫(笑)のスキルで確かに何度も繰り返す映像が思い浮かぶので間違いはなかった。大層に名前を付けるほどのスキルかよ、直観像記憶でいいだろ。
「どうせあんた女神って言っても中間管理職的な、最悪下っ端だろ。上司にきちんと苦情を報告しとけよ」
「……考えておきます」
「わぁお役人の定型句」
ちなみに企業の定型句は「貴重なご意見ありがとうございます、今後の参考にさせていただきます」(しない)な。盗撮雑誌に苦情を送ってもこんな対応でした。
「不満なのはわかりますが、そういった能力付与の体系は変わりません。そういうものですから」
「で? この能力でカメラを異世界で一から作れってか? ごめんだね、また自殺して転生ガチャ回したほうがマシだ」
澄ました顔の美女をおちょくるのも悪くはないが、目下の問題をぶつける。
石器時代からデジカメを作るまでを知識ありとはいえ自分ひとりでやれというのでは、赤ん坊から盗撮を我慢するのと変わらない。むしろそれよりひどいともいえる。
いざ盗撮できない世界に放り込まれたとなったら自殺すっからな。
本気だからな?
「もちろん、私も女神として最大限協力は致します。亡くなった際に持っていたカメラなどの撮影機材、それに充電機器や写真編集用のソフトウェアの入ったノートパソコンも一緒に異世界に転移できるようにします」
「おお、急に現代的で便利になったな」
「ほかに何か要りようのものはありますか?」
「じゃあ最新式の小型盗撮カメラ1000機と、ついでに人工衛星と、それが撮影したデータを受け取れるソフトの入ったスパコンもくれ」
「……あなたの持ち物でないものはダメです」
割と融通が利く女神様だったので思いつくままわがまま言ってみたが、さすがにそこまでは無理だった。
ていうか俺は結局、転生なのか転移なのか。ジャンル分けに困るな。
「ま、ぶっちゃけスキルなんぞより、よほど助かるわ。素直に感謝しておく」
「それはどうも。……他になにか
カシャッ
十分会話で引き延ばし、股間を下から撮影できる位置に移動し、俺が苦情からお礼の言葉に変えて安心した最高のタイミング、その瞬間にカメラのシャッターを切る。
アナトミアはばっと股間の布を上から手で隠した。みるみる顔が真っ赤になっていく。
「へぇ、恥じらう顔もできるのか、良い表情じゃん」カシャ
「……そういう心理戦は現地でやってください」
すーっ、と宙をスライドして平静を装う女神が距離を取る。
ちなみに今撮った写真には大事なところは布で遮られて写っていなかった。残念。
女神を撮影するなんて機会はめったにないだろうに。ま、準備不足だったし仕方ない。
照れ顔はなかなかいいものが収められていた。
「……他になにか、必要なものがあれば私に祈りを捧げて連絡を取ってください。私は常にあなたを見守っています、可能であれば最大限の協力をお約束いたします」
「へぇ、女神さまは俺を常に盗撮しているってわけか。それじゃ俺たちお似合いの似たものカップルの運命共同体ってわけだ」
「……」
俺の言葉にアナトミアの恥じらっていた顔が瞬時に青ざめ、嫌悪感に染まっていく。
おい、そんなに嫌か。言っとくけど≪見通す女神≫とかほざいてた時点で盗撮の神様かな? と思ってたからな。
ま、大体やることは分かった。
「他になにか、異世界に送る前に聞いておきたいことはありますか?」
「……ああ、ひとつ確認しておくことがあった」
「なんでしょう?」
大事なことだ、とてもとても大事なことだ。
「その世界には、ちゃんとトイレはあるんだろうな」