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ニコの述懐 学級崩壊編

 私以外の人間の頭の悪さが不愉快です。


 生まれて自己というものを認識した時から、周囲の思考力、記憶力、発想力、その他もろもろの頭を使う作業すべてにおいて他者の能力の低さにずっとイライラしていたです。それは両親とて例外ではなく、むしろ遺伝的形質というものを学んでからは私に近いはずの親ですらはっきりと知能に差があることに絶望したものです。私の次に産まれた妹ですら、周囲の凡愚と同程度の学習能力しかないことを確認して、ようやく自分がこの世界で孤独であることを確信したです。

 その確信は私、ニコ・N・フラーウゥスの人生でいまだ続いています。


 特に同年代の少年少女、と形容するのもおぞましい小型の魔獣並みの知能しか持たない叫び声をあげる、すぐに泣く動物が私と同じ貴族出身であることはイライラをさせられましたです。自分の感情すら言語化できない6歳児と会話が成立するはずもなく、私はもっぱら父の書斎で本を読みふけっていました。

 王国北部、かつて大乱があったとされる雪に閉ざされた山脈近くの一帯はドラゴンが住んでいるとされていましたですが、その千年単位で生きる竜となら知的な会話ができるのではないかと夢想していたのも懐かしいです。結局、魔族と争って数を減らしたとされる竜の一族と会うことは叶いませんでしたが。

 そんな諦観と読書の日々を過ごしていた私に変化が訪れたのは、たまたま外出中に妹が鷲のような鳥型の魔獣に襲われているのを見た時でした。見捨ててもよかったのですが、数日前にたまたま読んだ白魔導の構成術式を試してみると、指先から電撃が放たれて魔鳥の羽を焦がし追い払うことができましたです。妹は泣いて何を言っているのか分からないくらい動揺していましたが、私の手を引いて両親のもとへ向かうと大げさな身振り手振りで命を救った姉を褒めたたえ続けていました。私は「ああ、恩を感じるくらいの知能はあるんですね」とぼんやり考えていたのを覚えているです。


 それからは父、教会の神父、首都から来た枢機卿と、請われるままに魔術の構成を見せているとあっという間に私は神童扱いをされて、すぐに中央の神学校に転入が決定しましたです。あの程度の護身術にしかならない簡単な魔術も扱えずに、よくドラゴンが潜む山脈で暮らしていたものです、と逆に感心していたのです。

 泣いてすがる妹を引きはがし、神学校に向かう馬車の中で多少は話の成立する同級生がいるであろう場所に少し緊張をしていたのが懐かしいです。いらぬ心配でしたが。

 母が心底ほっとした顔で送り出していたのを覚えています。学術どころか世界情勢の話すらなにひとつ知らないで、私の質問を黙って聞くだけだった、それも答えられる知能も知識もないと私が判断して以来ろくに会話もなかった母親の、心からの笑顔でした。

 それを見て、ああ、私の居場所はここではなかったのだととても納得したのです。


 そして、中央の神学校ですら私の居場所はなかったです。

 同じ歳の、そこの地域ではとても頭がいいと評価されていた6~7歳のガキどもは、ただ教科書の内容を黒板に写しているだけの無能教師の話を聞くだけの木偶でしたし、上級生ですら三次方程式を解くのに数分もかける程度の知能で、リアルタイムに大気中の魔力の含有量に合わせた粒子の構成式を編むのに数年かけて体で覚えないといけないといった体たらくでした。

 そんなもの、私にとっては図書室で2時間、過去の天才とされた魔導士の本を読めば理解して行使できるものでした。あの図書室の蔵書だけは価値があったと言えるのです。

 そこで人間の内在魔力で実現できる上限とされる≪灼光≫を覚えてしまえば、途端にあとは細かな応用を記してあるだけの場所と化したのですが。無理やり連れていかれた校外学習という名の遠足で、熊をさらに巨大にしたような大型の魔獣を穴だらけにした時に、周囲が驚いているのを見て「ああ、人間ってその程度なんですね」とうんざりしたものです。


 さっさと卒業をしてしまいたかったのですが、13歳になってようやく最上級生となりそこで年下に嫉妬するしかない頭の悪い情けない女の集団に囲まれてイライラしながらあと一年過ごすことに厭な気分になっていましたです。授業中、私と話の合う、新しい魔術の構成の話ができるドラゴンと会う空想をすることだけが慰みなのです。

 早くこんな類人猿の檻を卒業して竜や魔族に出会う旅に出ることだけが望みで、それすら神学校で学んで教会に押し込められそうな未来を想定できていた私にとっては望み薄と分かっていたのでなにもかもに飽きていましたです。


 つまらない人生、頭の悪い人類、腐った未来しかない世界。そう思っていたのです。

 あの男と出会うまでは。


「……はあ、はあ、はあ……」


 私は木の机につっぷして、息も荒く耐えていました。

 今は授業中、教室では教諭のチョークが黒板を叩く音と、鉛筆で皮紙を埋めていく音、そしてくすくすとこちらを見て笑う声しか聞こえませんです。私の情けない姿を見て、周囲のバカどもが嘲笑していやがりました。屈辱に唇を強く噛みしめてしまうです。


「ニコちゃ~ん、ちゃんと授業聞いてなきゃダメですよ~。撮影してるんですから~ミテマスヨ~」

「うぅ……ころすっ、殺してやるのです……」


 女性だけしか立ち入りの許されない神聖な学び舎の中に、堂々と黒ずくめのひょろ長い男が教室の後ろからのんきに声をかけてます。キメザワマコトという名の、妙に分厚いチョッキを着た男は「授業参観な! 俺、おまえの保護者として普段の様子をじっくり見るから!」と意味不明なことを言って、ずかずかと入ってきましたのです。担任も生徒も、というかこの学校の誰もがそれを咎めることはできません。神学校はすでにマコトに支配されているからです。


「どうしたのかな~、お腹が痛いのかな~? 授業の前にトイレに行っとかなきゃ~」

「く、うぐぅうぅ……」


 ニタニタといやらしい笑みを浮かべる、なにを考えているのか分からない男の声に私はこたえることもできません。本当にお腹が痛くて限界だったからです。朝からずっとマコトに命令されて我慢をさせられていたのです、なにを言ってるんだ殺すとしか考えられません。

 それに今、私は裸におむつ一枚の姿でした、お腹が冷えるのも当然です。


「と、と、とと。トイレ……ああっ!」

しゅ──────っ


 授業中にトイレに行くなど、膀胱のコントロールもできない猿の魔獣のすることだと見下していた私が。意を決して手をあげてトイレに行こうとした瞬間、尿道口から力が抜けてしまい、おむつの中に思いっきり放尿をしてしまったのです。ものすごい勢いで放たれた水のビームは、おむつの外に思いっきり漏れ聞こえてしまい、周囲の同級生たちに私のお漏らしを如実に知らせてしまうのです。

 股間がぬるま湯で包み込まれる感覚に、私は言いようのない恥ずかしさに襲われましたです。


「あーりゃりゃ、いくら飛び級の天才でも、赤ちゃんにはおしっこ我慢するのはむずかしかったでちゅかねぇ? まあこれも成長の記録だからちゃんと撮ってやるよ、げひゃひゃ!」

(とるなぁ、みるなです……っ!)


 自称女神と会話ができると言う気の触れた男は「誰がドメスティックバイオレンスやねん」と虚空に一人でツッコミを入れていました。その手に持った魔導具には、学習机に座りながら、胸も丸出しでおむつを膨らませている情けない姿の私が記録されてしまっているのです。もう何度もやられて、何度も自分の姿を客観視させられ、それでもまた漏らしてしまうことに涙を浮かべてしまいます。

 泣くなんて、感情を制御できない低知能のガキのすることだと思っていたのにです。


「やだわもう、またおむつに漏らしちゃってるの?」

「ほんとクラスの恥だわ、幼稚舎に戻ってほしい」

「見飽きた」

「においがすご……だれかぁ、窓開けてぇ!」

「ざまぁみなさいよ、足ピーンってさせて漏らして、このクソガキがぁ」


「ふやああぁぁあぁ……見るにゃあ、見るなです……んひぃ♥」


 ≪灼光≫どころか17にもなって手のひらに雷球を留めることすらろくにできない無能な生徒たちが、私をあざ笑うなど許されることではありませんです。ですが、下半身を硬直させて必死に尿道括約筋を引き締めようとしている私はろれつも回らない口で咎めることすらできません。それどころか止めようとすればするほどホースの口をすぼめたように勢いを増した小水が尿道を熱くしてしまい、恥ずかしいあえぎ声のようなものまであげてしまうのです。それを聞いて、また低能どもが笑います。悔しくて死にそうです。

 でも、誰がどう見てもこのクラスで一番頭の悪いのは13歳にもなって授業中におむつに排尿をしている私です。

 外気と罵倒されたことの緊張で、小さな私の乳首もぴんと立ってしまいます。


「ほらほら、乳首立たせてないで、立って黒板に解答を書きに行けってニコ」


 その隠したい乳首を逃さず見ているのがマコトという男です。

 認めたくはないですが、その悪辣な頭脳で私を上回って今みたいに屈服させているのですこいつは。こんなゲスなやつが、ただひとり私の人生で知略戦で上をいったなど最悪のめぐりあわせです。

 私は手を引かれ、小さな乳房をクラスメイト達の眼前に放り出され、重みを増した布おむつを下半身にまとわせながら無理やり立たされてしまいました。股間部が黄色く染まり、ずり落ちそうになるほど膨らんだアヒルのようなへっぴり腰の格好にまた教室に失笑がこぼれていきます。


「ニコさん……大丈夫ですか?」

「……うっ、うるさいです! こ、これくらいぃ……」


 担任のノゲーラが心配そうに憐みの目で見てくるのが最も屈辱的で、私はつい反射的に答えてしまいます。「へへっ」と後ろでマコトの声が聞こえます。私の性格を読み切ったこいつは、反抗するのを分かってこの女教師の時間に漏らすよう仕向けたのです。こ、こんな男の手のひらで天才のはずの私が転がされるなんて……。あまりの屈辱感に顔が熱くなっていくのです。


「ほれ、あんよは上手、あんよは上手♪ 黒板までもうちょっと♪」

「はひ……はひぃ……」


 ぶふぅ! と教室のあちこちから吹き出す笑い声が聞こえてきました。

 私ががに股で、よたよたと黒板に向かう姿はそれほど面白いのでしょう。お嬢様ぶった最上級生たちが下品に笑うのがこらえられないほど。裸足でぺたぺたと黒板に向かうまでに、またじょろ、じょろと少しチビってしまい、私は泣き出すのに必死でした。周囲より、世界の誰より頭がいいと思っていた私にとって赤ちゃん扱いされるほど屈辱的なことはありません。それを分かって魔導具越しにあやしてくる男は邪悪すぎます。


「は、っ、はっ、はあ……っ!」

「さぁうちのニコちゃんは黒板に答えを書けるかなぁ~?」


 この程度の簡単な魔導式、いつもなら10秒もかけずにすらすら記述できます。

 でも、今はチョークが鉛よりも重く感じられ、下半身には力が入らず尿を漏らしていき、さらには腹痛で頭がちっとも回りませんです。最近知り合ったヴェルミとかいう半裸の淫乱傭兵はいつもこれと同じような恰好をしていましたが、お腹が冷えたりしないのでしょうか。しないはずです、身体強化の魔術紋様をしていたのだから。それとも彼女も私と同じように我慢させられているからいつも漏らしているのでしょうか。ああ、もうそんなことも答えが出せません。

 お腹が……痛くて……。


「あ、あ、う、うんち……うう、うんちがぁ……」

「え? なに? きこえな~い」

「でるっ! うんぢっ、でちゃうですっ!」

ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅ……!


 肛門に熱を感じた瞬間、下品この上ない野太い音。

 分かり切った答えを聞く黒ずくめの男の声に私はキレてしまい、大声で排泄の瞬間を叫んでいましたです。そして、我慢を重ねた糞便がおむつの中に放出され、すでに限界量まで水分を吸収していたおむつはずりずりと、私の太ももから足首まで落下して、悪臭放つ内容物をさらけ出しながら教室の床に落ちました。

 これにはさすがに女生徒たちも「きゃーっ!」と悲鳴をあげて、席を立って教室の後ろに逃げていきます。少しだけいい気味だとは思ったのです。

 ですが、黒板の前でお尻を丸出しにして、その尻を汚い大便で汚して、足元に排泄物まみれのおむつを開陳して突っ立っている惨めさとは比べようもありませんでした。


「う、う、うび、うびぇ、ふええぇぇえぇ~ん!」

じょぼぼぼぼぼぼ


 私はついに泣き出してしまいましたです。

 舌に塩味を感じて、鼻水まで垂らして、それどころか下半身から今度はおむつもなく木の床に小便を叩きつけながら、すべての体液を教室内に晒して、みっともなく泣きじゃくるしかできませんでした。

 天才として、誰とも話が合わない孤独などというカッコいいものではない、ただ13歳にもなっておしっこもうんちも漏らしてしまい、誰にも見下されるという最低の孤独を感じていたのです。


「うーん、問題が難しくてうんち漏らして泣いちゃったねぇ、仕方ないねぇ赤ちゃんだから! だっひゃっひゃっひゃ!」

「ぢがうぅ! わたしは赤ぢゃんぢゃないぃ! てんさいなのぉ!」

「うんうんそうだねw お尻拭くからケツの穴開けよ天才さんw」

「ぎいいいぃぃぃっ!」


 そんな孤独に浸ることすらマコトは許してくれませんです。

 私が怒って、それこそ赤ん坊みたいに顔をぐしゃぐしゃにして泣きわめく言葉や声色で的確に私のプライドを粉々にしてきます。そんな男に怒ってしまう自分がとても悔しくて、鼻水をぷらーんと垂らしながら泣くのを止められないのです。


「んおぉ♥」


 挙句に、肛門を柔らかな布でこすり上げられると恥ずかしい声をあげてしまいます。

 そして今日もまたその様子を映像で見せられるのでしょう。そんな姿を見られてはもう、今までのように天才として澄まして生きていくことなどできません。


「あ、ノゲーラ先生もやります? おむつ替え」

「……結構です」


 私以外の人間の頭の悪さが不愉快でした。

 もう、そんなことは思わないでしょう、誰よりも頭の悪い姿を人に見られたのですから。

 マコトという最低な男の奴隷となったニコ・N・フラーウゥスの名前が歴史に残るとしたら、天才や神童ではなく、うんこたれの変態赤ちゃんとしてでしょう。

 そんな絶望の予感とともに、私は気絶して床に倒れました。


 目が覚めた時には、またおねしょをしてしまっているのです、きっと。

 もうすでにおまたに温かな熱を感じているのですから……。

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