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屋根裏の盗撮者

 江戸川乱歩の短編に『屋根裏の散歩者』というものがある。

 学校を出てから定職にも就かず親の仕送りで暮らしているクズ……あー、高等遊民の主人公が意味なく尾行をしたり女装をしたりと頭がおかしい趣味にハマる、最終的には下宿の屋根裏に侵入して同居人たちの生活を覗くという話だ。

 ミステリ的にはそのあとの犯罪行為と名探偵明智小五郎の推理が見どころなのだろうが、まぁ設定が素晴らしいよね。

 あの小説は俺の盗撮趣味に多大な影響を与えたと言っても過言ではないだろう。


 犯罪行為に魅せられていくスリル、ゲスな主人公のリアルな心理描写。素晴らしい名作だった。

 まぁトリックはしょーもないしオチも嫌いだけど。明智の人間観察力はまぁまぁよかったが。

 ネタバレすると主人公が自首する感じのオチなんだが、俺だったら絶対に盗撮がバレても自白なんかしねーぞと子供心に固く誓ったものだ。で、実際警察に連行されても罪は認めませんでした(実体験)


 なんでこんな話をしているかといえば、あの短編のように屋根裏を這っているからだ。


 天才少女ニコとの遭遇の翌日、今回は顔や目的もすでに知られていることもあり迅速に盗撮を進めることにした。情報収集も、あのガキを嫌っている同級生らちから愚痴混じりにたっぷりと仕入れたしな。

 ニコ・N・フラーウゥス。13歳。恋人も性経験もまぁないだろう。

 って年齢的には中1かよ、それにしてもガキに見える。直観像記憶スキルで思い出す中学一年生女子平均身長(平成13年のものだから若干古いが)が152.2センチだから133センチのニコはかなり発育が悪いと言える。小3なみ。

 あ、身長は資料を盗み見て一瞬で覚えました。こういう時は便利だね。体重も33キロでゾロ目。


 Nというセカンドネームから、ヴェルミ同様にバシリオ王国北部出身の貴族の娘であることを示しているのも分かる。ってNってノースのNかよ、安直だなぁ翻訳どうなってんだよ。まあパリエス出身だからPがついてる傭兵のお嬢様も大概か。

 その貴族のご令嬢は類稀なるご才能を見抜かれあそばせまして、中央の神学校にすぐさま送り込まれ、通常なら卒業まで8~9年はかかるらしい白魔導の過程をポンポン飛び級してすでに最上級生というわけだ。レーザーひとつ撃てるだけでなく、学科試験も完璧だと。そりゃ調子こくわ。


 侵入している屋根裏は、女子寮の天井。少女漫画で言うところのギムナジウムものの舞台ってやつだな。いや少女漫画に屋根裏に侵入する変態男は出てこないと思うが。意外といるか?

 さすがに俺たち部外者の宿泊は神学校に併設している教会横の宿舎なわけだが、昼間に見学の名目で入らせたヴェルミに指示して、廊下の隅の天井を外させておいた。今も赤髪の傭兵は外で見張りをしているはずだ。便利なおもらし奴隷だぜ!

 で、今に至るというわけだ。

 こういった屋内、しかも人が寝静まった部屋の天井に侵入する際はカメラなどの装備をかなり厳選して身を軽くしておく必要がある。身動きひとつで音はもちろん、髪の毛や服の繊維、装備の塗料などなにが警察の捜査で命取りになるか分からないからだ。まあ、このくそ中世に組織的な科学捜査なんてなさそうだが、魔法なんてものがある以上は油断できない。

 俺はいつもの黒ずくめの恰好にカメラマンジャケットを外して、毛糸帽を目深にかぶって腰のベルトにピッキングツールなどを密着させている。誰がどう見ても不審者だ、こんな泥棒ルックを万が一にも見つかるわけにはいかない。


 俺は事前に調べていた位置まで移動し、息を殺して耳を澄ませる。

 すーっ、すーっ、と寝息が聞こえてくるまで。

 浅い呼吸音はひとつ、事前の調べでニコは特別扱いで個室を与えられているのは分かっている。ここに間違いない。俺は部屋の中央から少し窓側に寄って移動する。ベッドは大体その位置のあたりだ。

 腰のベルトから十徳ナイフを取り出し、リーマー(穴あけ)を開く。こりこりこり、と慎重に天井に穴を開けていく。音が鳴らないよう静かに、けれど淀みなく慣れた動作で。あの小説の登場人物になったかのような興奮も抑えめで。あー盗撮の準備って楽しいなぁ。抑えろ抑えろ。

 あいた。

 穿孔した極小の穴から、月明りが漏れ出てくる。俺は目をくっつけるようにして部屋の内部を見た。


 部屋は修道女の部屋という感じでかなり簡素であった。目立つものは白いベッドに使い古されたクローゼット、備え付けの机のほかは古びたフローリングだけだ。ただ机の上にぽつんと置いてあるクマのぬいぐるみが、唯一女の子らしさを主張していた。いいね、そういうの。


「くーっ、くーっ……」


 そして視界の隅で薄い布で包まれた金髪の少女が安らかな寝息を立てていた。

 髪をおろしているようで、昼間に会ったときとはまるで印象が違う。毒舌がなければ天使のように愛くるしい寝顔だ。一生口を閉じていてほしい。せめて盗撮が終わるまでは。

 天井からの木屑が落ちるのにビビって、少し遠い場所にあけすぎたか。覗いていた穴をパテで埋めてふさぎ、よりベッドに近い場所に移動し再びリーマーで穴を開ける。こりこりこり。今度はニコの幼い顔がよく見える。


 さて、ここからが緊張の瞬間だ。なぜなら人生初の実験をせねばならない。

 以前、ヴェルミが俺の盗撮にトイレの中で気がつきそうなことがあった。どうもあれは電子機器から発せられるごく微量の電磁波を感じていたのではないかという仮説を立てた。あの半裸女は全身を白魔術、つまり電磁気の力で強化していたらしいからだ。

 つまり、この13歳の白魔導士の直上でカメラの電源を入れれば、すぐさま気がつかれる可能性もある。なにせ本物の魔法少女なわけだからな。その気配を察知していざというときは即座に撤退の判断をしなければならない。

 盗撮のさなかに緊張で汗を流すなど久しぶりだ。俺は震える指で隠しカメラのスイッチに手をかけた。カチリ。


「……う、んぅ……です」


 少女の鈴の鳴る声。ビビって仰け反りそうになり音を立ててしまうのを必死でこらえた。

 やはり微量の電磁波を察知できるのか……。俺はごくりと喉を鳴らし、部屋の内部の気配を必死に探る。が、少し寝返りを打つと、ニコは再び静かな寝息を立てだした。

 数分、俺にとっては永遠にも感じられる時間が過ぎて、ようやく全身から力が抜ける。

 ビビらせやがって……さすがに寝ているからか、そこまで精密に察知はできないのか。魔力とやらがないからかもな。ここら辺はまた要検討。ふん、寝言にまで「です」とか助動詞を付けてんじゃねぇよ。


 無駄に緊張させられた文句を心中で毒づきながらも、魚眼型レンズの部屋全面を収められる小型カメラで塞いで、ひとまずは俺の仕事は完了した。あとは共用トイレにも同じものを設置して、気がつかれないか一日だけ様子を見るつもりだ。こちらは無人のトイレだから楽なものだ。


『う~ん、ヴェルミさんの時のようにトイレを盗撮するだけでいいのでは? 部屋を一日見ていてもなにも弱点なんて出てこないと思いますよ』

「……それは予言か?」

『ええ、≪見通す女神≫ですから』


 俺の作業が終わったのを見計らったようにアナトミアが声をかけてきた。

 この透明の女神によれば、彼女の秘密など特に無いらしく見通せなかったらしい。だからトイレの盗撮だけで脅迫しろとのアドバイスらしい。どういう助言だよ。

 俺は慎重に天井のきしむ音を回避するルートでニコの部屋から離脱しながら、小声で返す。


「……それじゃあ、ヴェルミの時と同じで芸がねぇだろ?」

『いや私は芸とかは求めていないのですが……』

「まぁ見てろよ、女神さまですら探れない秘密が無いなら作ってやればいいんだよ」

『……』


 俺の挑発するような不敵な言葉に、むっとしたように押し黙ってしまう自称過去現在未来を見通す女神様。どうやらこの時点ではまだ、俺のやろうとしている計画が見通せないらしい。

 はっ、ざまぁみろ。俺は少しだけ溜飲が下がる気持ちになった。


 ニコには単にトイレを盗撮されたなんて恥では済まさない。

 心の底から生まれてきたことを後悔させてやるよ。俺は蟲のように這いながら、天井裏の闇へと潜んでいった。

これを読んでるみんなは女神にも分からない俺のやろうとしていることが分かるかな?

ヒントは『屋根裏の散歩者』のトリック。明智小五郎のように推理してみてくれ。

木目澤真でした。

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