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ヴェルミの述懐 人生崩壊編

 これまでの人生に不満などなかった。


 魔族たちの住まう国との国境付近では魔獣に襲われる人間が後を絶たず、人類の生存争いの最前線として堅固な守りを誇るとある都市。要塞都市という異名の、古い歴史を持つ都市パリエス。

 そんな街にアタシ、ヴェルミ・P・エンドアックスは生まれた。


 国の中央から派遣されてきた門閥貴族の父は、いつか首都に戻ることを夢見てアタシに花嫁修業なんぞをさせたりもしていた時期もあったが、幼いころから都市を守る傭兵に憧れた娘のアタシはそんな貴族との結婚のための時間など無駄でしかなかった。

 幸い、アタシには人より多い魔力という才能があった。

 魔導士になるという道も選べたが、やはり肉体を使う前衛職にすぐ決めたのは言うまでもない。

 周囲のマナを筋繊維に変換する魔術文字を刻んでからというもの、その辺の犬型の魔獣などは相手にならない。あとは特注の大斧を振るって、最適な肉体の動きを覚えていく。腹筋が割れて一人前の傭兵になった頃にはようやく父もあきらめの表情を浮かべるようになった。

 18になった年にはA級に到達し、都市で比肩するものもなくなった。大陸にわずか数人しかいないというS級まで目前というところまで来ているという噂に内心、アタシは鼻高々だった。

 来年二十歳になれば、国境まで遠征してさらなる魔物を相手にしたり、教会が選定した勇者の一党に加えてもらえるなんてことも夢物語ではない計画として思い浮かべていた。≪大嵐斧≫という気恥ずかしい二つ名が歴史書に残るのも満更ではないと。


 まさに順風満帆な戦士としての人生だった。

 あの男が現れるまでは。


 妙にひょろっとした風体の、黒ずくめの異装をまとった怪しい人間。

 この都市には珍しい、学者タイプの人間だった。こういった線の細いというか、根暗なやつは幼年学校を出てすぐに首都の文官になるための高等学校に行くか魔獣に食い殺されるからだ。どうやら旅人らしいその男を、アタシは最初哀れに見えてギルドに誘ったものだ。それが人生最大の失敗とも知らずに。

 妙に分厚いチョッキ(あとでカメラマンベストというのだと聞いてもいないのに喋ってきた)を着ていて目立つそいつは、傭兵ギルドの入団試験に落ちてからも酒場に通ってきていた。根性があるな、と思ったのを覚えている。

 何より印象的だったのは、その視線だった。

 アタシの露出した肌を見るスケベ男はよくいたが、どうもヤツの濁った視線は現実のアタシではなく、どこか別のものを観察しているようで茫洋としており、酒に酔ってもいないのにひどく淀んでいた。

 腐った沼のような目だった。


 その直感は正しかったが、そんな生易しいものではなかった。


 マコトという名の男は、アタシが話しかけてもニタニタと卑屈な笑みを浮かべて、小さな声で言葉を濁してすぐ逃げていった。なにを考えているのか分からない男だった。

 分かった時にはもう遅かった。


『……んっ♥』

びちゃびちゃびちゃ……

「やめろやめろやめろぉ、やめてええぇぇえぇ!」


 なぜか都市の壁に、アタシの排泄姿が大写しになっていた。

 過去の風景を映し出す魔術など、歴史に残る大魔術に違いなかった。その光景を映し出していたのがニタニタニタニタといつも以上に気色わるい笑みを浮かべているマコトを見て、アタシはそこで初めてヤツの本性を知ったのだった。


「ははははははっ!」


 異国の邪悪な魔導士であったマコトを殺すべく、アタシは愛用の斧を手に駆けた。

 殺せた、あんな男は魔獣を殺すより何倍も簡単だったはずだ。それなのに。


「まぁ、別に殺したきゃ好きにしろよ」


 アタシの力を知っているはずのマコトの言葉に、気圧されてしまった。

 英雄になるはずだったアタシが、おしっこをしている姿を大陸中に巻かれるのを想像しただけで足がすくんだのも事実。だが、それよりも目の前に迫った斧も、死も、自らの人生もなにひとつ顧みることなくただ落ちくぼんだ眼の底で、黒々と光る虹彩が怖かった。

 ここまでアタシの恥を晒したくせに、罪悪感どころか何を考えているのかまったくわからない。


「う、うひ、ひやああぁぁあぁ……」


 気がついたときにはアタシの内腿にあたたかい液体が流れていた。

 視界がにじむ、おもらしをしてしまって泣くなんて子供の時に母に怒られて以来だった。ドラゴンに遭遇した時だって、これほどの絶望は感じなかったというのに。ビキニパンツからこぼれる小水に見知った住人たちの視線が痛いほど突き刺さり、耳が熱くなるのを感じた。

 あの男だけは慌てた様子で妙な魔導具をいじっていたが。


 こうしてアタシの不満などなかったはずの人生は一変してしまった。



*****



「はあ、はあ、ひいいぃいいぃ……!」


 いつもなら都市の中に魔獣が入り込んでいないかを警戒する巡回任務の時間。

 アタシは石畳の路上に四つん這いになって歩かされていた。いつも屠っている犬の魔獣のような恰好で、尻を高々と掲げて町中に見せつけるようにして、首輪まで付けられて。飼い主役はもちろんあの男だった。


「やっぱぁ、犬を探すなら犬の目線で、地べた這いずり回ったほうがいいと思うんですよぉ」

(くそっ、なに言ってやがる……!)

「そりゃ、あんたはペット気分で人間を異世界に送ってるからだろ。俺だってペット飼ってもいいだろ」


 マコトはどこを見ているのか虚空に向かって、ニタニタ笑みをこぼして大きなひとりごとを言っていた。古文書にその名が記された、教会でも信奉される女神アナトミア様に啓示を受けて会話をする異世界の人間だということを説明されたが、どう見ても頭のおかしい人間の姿だ。

 だが、それが事実であることをアタシだけは認めざるを得なかった。


「俺をナイフで殺そうとした奴隷なんて、ペットになって当然だよなぁ?」

「ひいいぃいぃぃ!? ご、ごめんなさいぃ!」


 アタシはなさけない悲鳴をあげて必死に謝罪を大声でしてしまう。もう何度目だろう。

 ブーツに忍ばせた短剣で、ヤツを始末しようとしたところ、女神の啓示をうけたとかであっさりと隠し場所を見つけられてしまう。本当に≪見通す女神≫の啓示を受けているのだ。こんな男が、神に選ばれた勇者だというのか、アタシが憧れたあの?


「ったく、監視カメラ……もとい、女神さまに見張っててもらってよかったぜ」

「やめてぇ、うごかさないでぇ!」


 そしてアタシの尻の穴にはその短剣の柄が深く挿入されていた。マコトがぐりぐりと尻を蹴るたびに腸が動いて圧迫されて苦しい。そんな尻丸出しで短剣を突っ込んでいる恥ずかしい姿を白日の下にさらしているのだ。頭がおかしくなりそうだ。


「ほら、おしっこの時間だ、そこでしなさい」

「……う、うぅう……で、できるわけないだろうが……」

「え、電柱は持ってこられない? 役に立たない女神だなぁ、メス犬には電柱で放尿だろうが」


 アタシの抗議は完全に無視して、楽しそうにアナトミア様と何事かおしゃべりしているマコト。

 首輪につながったリードをにぎりしめ、ここから何があっても動く気がないことを示している。

 もう何度も町で放尿をさせられているが、けして慣れることはない。死ぬほど恥ずかしいのに。


「ほら、片足上げて放尿だよ、ほれ、しーしー。しーしー」

「う、うぅ……」

「いやスキルでメスの犬は足をあげて放尿しないって情報は知ってるけど、見栄えの問題でさぁ、撮影の意識の問題なんだよなぁ。リアリティよりフィクションとしての面白さを優先するわけ、わかんないかなぁ女神さまのくせになぁ」


 命令に逆らうことのできない、メス犬奴隷と化したアタシは足を天高くに上げる。その際、尻にねじこまれた短剣の柄がごりっ、と内臓をえぐり圧迫感でびくびく震えてしまう。そんな痴態をあの魔導具でしゃべりながらマコトはじっと見ている。

 どうも、あの道具で見られると、その姿が永遠に記録されてしまうらしい。

 アタシが下半身丸出しでケツに短剣突っ込んで、片足上げてる姿が永遠に。


「はぁ、はぁ……!」

(はやく、はやくでろぉ……!)


 朝から我慢をさせられて膀胱は痛いほど逼迫している。だが、こんな異常な状況でやすやすと尿道口がゆるむわけもない。道路の真ん中で、アタシは恥ずかしい部分を自分から開いて固まってしまった。この地獄から逃れるには早くおしっこを出すしかないのに、緊張で動かない。


「なんだ、あの格好。自分からあそこを見せてやがるぜ」

「ほんと町の恥だわ、死んでほしい」

「見飽きた」

「あの短剣、よく落ちないな。やっぱケツの筋肉もすごいんだな」

「姐御……いやメス犬……はあ(諦観のため息)」


 ざわざわ、と野次馬たちが集まる。もはやアタシは住人たちや傭兵仲間にとって、町を守護する戦士ではなく変態プレイに興じる半裸の淫乱でしかなかった。かつて会話した人々からのひそひそ聞こえる罵倒は、アタシの自尊心を確実に削り取っていく。また涙が浮かんでしまう。


(どうして……どうしてこんなことに……あ、アタシは、S級傭兵になって、いつか英雄となって歴史に名を刻むはずだったのに……なんでこんなことに……)

「あの、撮影スケジュールつまってるんで、さっさと出してもらっていいすかね? 人生とかについて考えるのはあとにしてください」

「ひ、ぐぅ……」


 鼻水が垂れてしまうのが分かる。すっかりアタシは泣き虫になってしまった。

 人を人とも思わないマコトの言葉は、アタシプライドを粉々にしてみじめな気持ちにさせる。本当に最低の男だ。あのとき、声をかけるべきではなかった。


「ていうか、メス犬が人生なんか考えてんじゃねぇよ。お前の人生はもう終わってんだよ」

ぱしん!

「ぎっ、ひいいぃぃいぃ……ひゃううぅぅ!」

ぷしょしょしょしょしょ……!


 罵倒とともに飼い主に尻を叩かれ、我慢を重ねていたおしっこが決壊した。

 がばぁと開いた脚の間から、霧雨のように恥ずかしい液体が石畳に降り注いでいく。ついに犬畜生同然の恰好で、町の真ん中で片足をあげておしっこをしてしまった。マコトのいう通り、アタシの人生はすでにこの姿が日常になってしまった時点で終わっていたのだろう。

 だが、その考えが甘いと思い知らされた。


「な、なにをやっているんだヴェルミ……!」

「いやぁ! な、なんて姿をしているの……!」

「お、お父さま!? お母さま!?」

「あ、ご両親ですか、初めまして。娘さんの飼い主をさせていただいてます、キメザワマコトです」


 ここしばらく会っていなかった、今一番聞きたくない人の声。アタシの両親が放尿姿を仰天して見ていた。

 ニタニタ笑いながら場違いな挨拶をして頭を下げるマコトの姿が憎らしい。アタシに恥をかかせるために呼んだのだろう、例の毒沼のような目が黒光りしていた。


「ち、ちがうのぉ! こ、これは、ちがうのぉ……!」

じょろろろろろ……!

「な、なにが違うんだ、このバカ娘が! そんな下半身丸出しで尻に短剣まで入れて!」

「傭兵どころかこんな変態になるなんて! 失望したわ!」


 街の住人どころか、肉親にまで最低の姿を見られる心の痛みは筆舌に尽くしがたい。

 おしっこを止めることもできないまま、股間を丸出しでアタシは両親の罵倒を一身に受けた。


「ははは、修羅場修羅場。俺も親に盗撮がバレた時はこんなこと言われたなぁ。いやぁ未熟だったなぁ今ならバレないまま食卓を囲めるのに」


 マコトはのんきに思い起こしながら、しっかりと両親と私を交互に魔導具で見ている。ヤツにとっては両親の反応も味付けのひとつでしかないのだろう。


「勘当だ、おまえなんか私の娘なんかじゃない! 変態女が!」

「二度とうちに来ないで! 町から出て行ってよ!」

「あ、あぁ……」

ぶりゅりゅりゅりゅりゅ……


 からん、と石畳に短剣が転がる音がした。

 女として、人間としてあり得ない姿を見られたショックで腸の中の汚いものまで出てきてしまい、押し出されたのだろう。私はもう、白目を剥いて鼻水を垂らして気絶していたので、その無様な光景は見ていないが、音だけは最後に聞こえていた。


「う~ん、感動的なシーンだ。あ、後片付けは俺がやりますよ、飼い主の義務ですから」


 これまでの人生に不満などなかった。

 もう、アタシにはこれ以降、人生と呼べるようなものはないだろう。

 マコトという最悪な男の奴隷となったヴェルミ・P・エンドアックスの名前が歴史に残るとしたら、両親の前で脱糞した姿とともに語られるに違いない。

 そんな絶望の予感とともに、アタシは意識を手放した。


 次の恥辱の撮影の、ほんの少しの間だけ夢の中に逃げ込む。

 英雄になったかもしれない人生の夢を見ながら。

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