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A級傭兵VS盗撮魔

『ふぅ、間に合った……』

じょぼぼぼぼぼぼ……!

「だ、誰だこんなことしてるやつは! 今すぐ消せ!」


 消すわけねーだろうが。

 激昂して怒鳴っているのは赤髪に半裸、腹部に魔術の紋様を刻んだ水着鎧の女。その背後では自身が木製の便槽に向かって放尿している無防備な姿が映っているのだから怒りも当然だろう。

 戦士としてこんな姿は恥ずかしくない、と開き直られたらどうしようかとも思っていたがちゃーんと恥じらって顔が髪の毛よりも真っ赤になっている。まぁトイレという文化がある時点で予想できたことではあるが。だから女神に何度も確認したのだトイレはあるのかと。

 街の真ん中の住宅の壁に性器を大写しにされても冷静な女性でなくてよかったよかった。腹の淫紋も怒りで真っ赤に光っていた。


「し、しらねぇよ……ぷぷっ、あのすげえ勢いの小便見られたら怒るのもわかるけどさ」

「犯人の魔導士は八つ裂きにされるんじゃねぇか? 傭兵相手によくやるぜ」

「いい気味だわ、普段から英雄気取りで調子にのってたんだから露出狂みたいな恰好で」

「ケツの穴まで晒して、よくもまだ偉そうな顔できるなw」

「あ、あねごのあそこ……すげぇ迫力だぜ」


「ぐ、ぐううぅうぅぅ……見るな! 見てんじゃねぇてめぇら!」


 いつもならば大柄で圧倒的戦闘力を誇る女性の迫力に黙り込むのかもしれない。

 しかし背後にほう、と開放感でため息を吐きながら小水を垂れ流している動画を垂れ流しにしていては、威厳も何もあったものではない。むしろシリアスに怒れば怒るほど間抜けな光景だ。町の男たちも小声にはなるものの、ひそひそと映像の醜態と本人を見比べて嘲笑している。都市の人間なら知らぬ者はいない有名人のスキャンダルなのだからろくな娯楽もないくそ中世では刺激的なのだろう。女たちだって「いやだわぁいやらしい」とか言いながらことの推移に目が離せないでうわさ話に花を咲かせる。

 いやぁ、なつかしいなぁ。俺が高校の生徒会長(女)のトイレ排泄写真を学校の掲示板に何百枚も貼った時も、生徒たちはこんな感じの反応だった。いい思い出だ。

 普段つるんで慕っている傭兵たちだって、棒立ちになって盗撮動画に視線はくぎ付けだ。

 人間、どこの世界だろうとそういうものだ。


「……うっ、があああぁぁぁっ!」

ばごぉん!


 ぷーくすくすという周囲の笑い声に耐えきれず、ヴェルミは片刃の大斧を一閃。

 落雷でも起こったのかという轟音とともに、スクリーンにしていた家の壁面は寸断され砕かれ、木片をまき散らしながら無残な傷跡を残す。その奥からは部屋の風景がよく見えた。

 すさまじい膂力だ。二階部分まで亀裂が及び、屋根の一部も吹き飛んでいる。

 俺が先日、無料お試し塗装を頼んだご夫婦も自宅の崩壊に悲鳴をあげていた、あーあーかわいそうに。

 これで盗撮上映ショーもおしまい。


「……とはならないんだなぁ、これが」


 俺は背後の木箱を動かし、二軒隣の家の壁に向けて箱にあけたピンホールから映写を続ける。

 ある程度妨害されるのは予想していたので、周辺の家々にもお手製のコープスホワイトで漆喰の上塗りをさせてもらったというわけだ。多少ピントの調整をする必要はあるが、ここまで注目されているのだからさほど問題はない。おしっこやおならの音は止められないわけだしな。


「な、なめやがってぇ!」

「あ、姐御、落ち着いてください!

「これ以上家を破壊すんのはまずいですよ!」

「おまえら、姐御をおさえろ!」


 そちらの家にも巨大斧を向けて駆けようとしたヴェルミを周囲の傭兵が一斉に止めに入る。

 まぁ町を守るために金をもらっている傭兵どもが家の壁を叩き壊すなんてシャレにならないからな。一人二人であれば、ビキニアーマーの傭兵も引きはがせたようだが、さすがに本職の男ども何人もに拘束されては容易く動くこともできないみたいだ。それでも少しずつ引きずって歩を進めているのだからとんでもないパワー差である。ほんとに強いんだなあの女。

 俺のためにも頑張ってくれ傭兵たち!


『……ふぅ、朝は冷えるなぁ』

「……あ、こ、これは……見るな、見るんじゃねぇ!」


 そして映像は最終章を迎えていた。

 朝の鍛錬の時間に撮れたシーンの追加カットだ。都市を守護する壁の外には公衆トイレなんて気の利いたものはくそ中世には存在しない。野ション野グソは当たり前。キャンプ場でもよくこうやって女性キャンパーのトイレの場所を探りあてて隠し撮りしたものだ。

 がさがさ、と草木をかき分けて、ひらけた場所で黒ビキニを下ろす赤毛女の映像。もう周囲にはこれから何が起こるのか分かっている。本人も分かっているからこそ慌てているのだ。


『……んっ♥』

びちゃびちゃびちゃ……

「やめろやめろやめろぉ、やめてええぇぇえぇ!」


 朝の冷えた空気の中、ヴェルミのかがんだ股間の底から湯気が立ち昇る。唇を突き出して、おまぬけな顔で放尿に浸る歴戦の傭兵の顔がスクリーンで上映される。昨晩飲んだ酒が大量に排泄されるのか、色の濃い黄金水が足元に拡がっていく。くさそう。

 ここで演出。俺は潜んだかなり奥の草むらから彼女の背後へ向けて石を投げた。

 がささっ、と音がして、じょぼぼ……と排尿が止まる。


「くっ、誰だ! 魔獣か!?」


 すぐさま立ち上がって体勢を立て直すヴェルミ。実戦経験を感じさせる機敏な動きだ

 けれど女性の尿道は男性のそれよりはるかに短く、そうやすやすとおしっこを止めることはできない。引き上げたビキニパンツ、その股間がじわぁ……と濡れてより黒く染まっていく。

 葉っぱで股を拭く前にパンツを穿いたのだから当然だが、まぁ汚らしい印象で最悪の絵面だ。

 周囲からは「うへぇ」「やだぁ」「きったねぇ」と言った罵倒の大波。体を鍛え、魔術の紋様を刻み、都市唯一のA級傭兵として町を魔獣から守ってきたヴェルミへの尊敬は、これで便器の底まで落ちてしまった。


「やだあああぁぁぁっ! みないでぇ! みちゃやだあああぁぁぁっ!」


 本人もその空気を肌で感じているのだろう、男たちに羽交い絞めにされながら女らしい悲鳴をあげて泣きべそをかき始めていた。自分が積み上げたものを台無しにされてねぇ今どんな気分?

 立ち上がって様子をうかがうヴェルミのパンツの裾からつつーっ、とションベンがこぼれている。もちろんズームで撮影していました。ここも見つからないかドキドキしたがトイレの盗撮よりは言い訳のきく状況だったので、冷静にカメラを回し続けて録画を継続した。


『……ふん、風か。うわっ、濡れちまった』


 また隠れおおせた俺のレンズの前で、赤毛の傭兵は再びパンツを下ろす。

 漏らした水分でじっとりと下の赤毛は湿っていた。19歳にもなってパンツを汚すヴェルミの姿に笑いを抑えるのは大変だった。周囲の観客たちは好きにくすくす吹き出せてうらやましいぜ。


ぶ、ぶぅっ、ぶぷっー!

『くぅ、久々にデカいのが出る……』


 そして俺のシネマはいよいよラストシーン、尻穴がひくひく痙攣し、野太い下品な放屁音がしてぐるぐると腹の音まで聞こえてきて、人間として最低の姿を美女傭兵が晒そうとしていた。

 そして、むりゅむりゅと出てきたのは……。


『んんっ♥』

「みちゃだめえぇぇええぇ! アタシのうんこ見るなああああああ!」

ぶりゅぶりゅぶりゅびぴっ

「ははっ最高!」

『うわぁ悲惨ですねぇ……』


 女神さまも呆れていた。ここまで生き恥をかいた人間を見たことがなかったのだろう。

 耳が汚れるような汚い濁音のコンサート、尻尾を生やしたバカ丸出しの麗しい赤髪の女性に、観客の悲鳴という最高の喝采に、盗撮の最大の成果に俺は打ち震えていた。


「ははははははっ!」

「……てめぇ、てめぇが犯人か、よそものぉ!」


 ぶぅんと斧を一振りすると、ヴェルミはまとわりついていた男たちを振り払い、すさまじい形相で高笑いをしていた俺をねめつけていた。

 まぁバレるわな。俺はさぞ邪悪な笑みを浮かべていたことだろう。

 ≪大嵐斧≫の呼び名通り一陣の颶風と化して、驚異的な速度で迫ってくる赤い死神。このままでは俺もあの壁と同じように、魔獣たちのように肉片と化すだろう。一応の抵抗を試みるか。


「俺を殺したら、あの映像が国中に流れるぞ」

「……なっ!?」


 俺の額に迫った巨斧は眼前でぴたりと停止した。おーこわ。よく止められるなこんな重そうなの。

 もちろん、他の町に流す手段など今はない、完全にハッタリだ。別にそれでいい、適当にしゃべっているだけなのだから。


「俺はわけあって、女神の使命を受けて仕方なくああいう映像を撮っただけだ」

『うわぁ、風評被害。悪質なデマはやめてくださーい』


 アナトミアが抗議してくるが無視。そうそう名前も出しとくか。


「≪見通す女神≫アナトミア様というらしいんだが知ってるか?」

「い、古の女神さまの名前……」

「おお、さすが元お嬢様。教養ありますねぇ」

「……う、嘘だ!」


 女神の名前は確かのこの異世界に伝わっているようで、ヴェルミの瞳に躊躇が生まれた。しかし、さすがに俺の胡散臭い言動を信じきれないのか、斧で俺を叩き殺すのか迷っているようだ。


「……まぁ、別に殺したきゃ好きにしろよ」

「な、なにを……」

「王国にも他の国にも、お前のおもらし脱糞映像が流れて、たとえこれからどんだけ手柄を立てて英雄になったとしても世界中にケツの穴まで知られて後ろ指をさされて生きていくなら、殺してみな」


 俺は本心から別に死んでもいいと思っていた。

 だってそうだろ? この人生はおまけだ。俺の盗撮人生は便所の底でOLのトイレを撮った時点で終わっていたんだし、たまたま女神がいて盗撮を続けられるから少し遊んでみただけだ。あの死んだ日、女神に言ったか、盗撮ができないなら転生など意味がない、死んだほうがマシだ。

 なろう系アニメの主人公だって、本来は死んでいた存在だから好き勝手に異世界の人間の人権と化無視して無双して英雄とか呼ばれて調子にのってるんだろう? たぶん、そういう自分がどうなってもいい精神性の特攻要員として上位存在にたまたま選ばれたに過ぎない。世界を救う気など最初から今まで一切ない、好きに盗撮できたのだからここで死んでも何ひとつ問題がない。

 もしかしたら女神がまた生き返らせてくれるかもしれないしな、俺はどっちでもよかった。


「ほら、殺れよ。すっきりするぞ、便秘が解消されたみたいに」

「ぐ、こ、この、クソがああぁぁあぁ!」


 野グソしたのはお前だろ。

 ま、ここまで挑発して振り下ろせないのであれば、復讐よりも恥を選んだということだ。

 死ぬのが怖くないわけではなかったし(痛そう)俺を舐めていた女の悔しそうな顔を目の前で堪能できたし結果殺されないでよかった。あー、カメラがあればこの顔も撮ったのに。


「殺せないなら謝れよ、このションベン女が」

「な!? な、なんでアタシが……」

「俺の上映の邪魔しようとして、よそ様の家の壁まで壊して、ションベンまみれのパンツで町中を我が物顔で歩いていたのを謝れって言ってんだよ!」

「う、な、なんで、やだ、そんな……」

「謝れ!」

「ひぃ!」


 殺せないと分かって調子にのった俺は、早口でまくし立てて無茶苦茶な論理で謝るように迫る。

 もはやどうしていいのか分からないのだろう、かっこつけていた女傭兵は涙目になって、俺みたいなヒョロガリ男の怒鳴り声にすらビビっておびえていた。鼻水出てんぞ。


「う、うひ、ひやあぁあ、な、なんで、なんでこんなことにぃ……!」

じょべべべべべべ……!


 なんとヴェルミは俺の目の前で、ビキニアーマー姿で立ったまま小便を漏らしはじめた。

 プライドが瓦解し、下半身に力が入らなくなったのだろうか。股間のビキニパンツ越しに滝のような放尿を始めていた。あまりにも無様な立ちション姿だった。魔獣と闘っていた颯爽さとはかけ離れたみじめ極まる人間として最低の姿が眼前で演じられていた。

 周囲の住民たちや傭兵たちも、突然のことに慌てていた。

 俺は、それ以上に慌てていた。


「お、おい待て! 今撮るから、撮影するからまだおしっこ終わらせるなよ!」

「ひ、ひいいぃぃい~ん!」

「おもらしを止めるな! 漏らし続けろ!」


 この姿を撮影しないなどありえない、俺は木箱からあたふたとデジカメを取り出した。

 こうして、A級傭兵ヴェルミ・P・エンドアックスとの勝負は終わった。

脱糞シーンどこまでセーフなんですかね。これもノクターンで加筆するかも。

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