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海鏡 ーツキヒガイー

作者: 甘党むとう


 ネットにかかったボールが静かに落ちていく。

 先輩との最後のソフトテニスは、私のミスであっけなく終わりを迎えた。


 ゲームセットと叫ぶ審判。

 喜びを爆発させる相手のペア。

 一瞬、顔を空に向けた後、私に優しく笑いかけてくれる先輩。


 私は泣いていた。

 目から溢れ出てくるそれを止められなかった。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


 先輩が優しく私の頭に手をかける。

 先輩は笑顔で、泣いていた。


ーーーーーーーーーー


 会場から学校に帰り、先生が解散の号令を出した後、私は一人コートに残りサーブを打ち続けた。


「また柏木さん、残って打つんだって」

「もう先生へのアピール!?」

「さすが優等生!」

「試合終わった後、号泣してたよ」

「え~、それやばい!」


 帰り際に談笑する同級生の声が聞こえる。


 私はサーブを打った。

 何度も何度もボールを放り上げた。

 何度も何度もラケットを振った。

 頭を空っぽにするために何度も、何度も。


 もう、一緒に残って練習をしてくれる先輩はいない。


 私が1人で自主練をしている時、からかいながらも手伝ってくれた先輩。

 大会で、一緒になって声を出してくれた先輩。

 最後に「咲のおかげで、高校のクラブが一生の思い出になったよ」と笑顔で言ってくれた先輩。


 私のせいだ。

 私のせいで先輩は、今日で引退に……。


「下手くそなサーブ」


 不意に背後から聞こえる声。

 振り返ると、そこには先輩がいた。


「……先輩」


「あれ? いつもみたいに言い返してこないの?

 先輩よりは上手いですよ!って」


「せ、先輩。ごめんなさい。

 わた、私のせいで先輩は、今日で引退……」


「バカ!」


 唐突に先輩が両手で私の頬を引っ張った。


「ふぇ、ふぇんぱい!?」


「咲、私は今日、あなたのせいで負けたなんて一度も思ってない!

 私たちは全力で戦って、負けたの!!

 そこに、誰のせいなんてものは絶対にない!!」


「……で、でも」


「私は咲に感謝してるのよ!

 もし、咲がいなかったら私の高校生活は絶対ちっぽけなものだった。

 ただ適当に日々を過ごすだけで、将来、高校生活を振り返った時、きっと何も思い出せなかった。

 でも今の私には、咲と一緒に頑張ってきた思い出がある。

 私にはもったいないくらいの大切な思い出があるの!」


 枯れたはずの涙がまたあふれ出てくる。

 先輩の手が優しく私の頭を撫でた。


「咲には本当に感謝してる。

 ありがとう」


 私は先輩の胸で泣いた。


ーーーーーーーーーー


「咲は太陽みたいだったなぁ」


「いきなりなんですか?」


 あの後、落ち着いた私は先輩と一緒にコート際のベンチに腰掛けた。


「いや、そのまんまの意味だよ。

 太陽みたいに眩しかったなぁって」


「それって、眩しくて邪魔だったってことですか?」


「あはは! 咲らしい解釈だね!!

 でも、星にとってはそうかもしれない」


「……どういう意味ですか?」


「咲の同級生にとって、咲は少し邪魔かもね」


「私、嫌われてますから」


「咲の真面目に頑張る姿は彼女たちにとって眩しすぎるんだよ。

 ほら、星って昼間には見えないでしょ。

 太陽の明るさに負けちゃうからね。

 だから、彼女たちにとって、自分の小さな輝きを消してしまう咲は邪魔なんだよ」


「やっぱり私は邪魔な存在じゃないですか」


「星にとってはね。

 でも生き物にとっては違う。

 生き物は太陽がなかったら生きていけないでしょ?

 だから、生きてるものにとって、咲は必要不可欠な存在だよ」


 自分の顔が赤くなるのを感じる。

 こういう時の先輩は、私の目をしっかりと見てくる。

 しかも、恥ずかしげもなく言うから、私はいつも翻弄されてばかりだ。


 私にとって先輩は月だ。

 どんなに周りが暗くても、道を明るく照らしてくれる。

 私にとって必要不可欠な存在。


 こんなこと、恥ずかしくて口には出せないけど。


 先輩が唐突に立ち上がる。


「うん! そういうことだから、1年の白石が咲に用事があるって」


「……え? そういうことってどういうことですか?」


「だから、白石が咲と一緒に練習がしたいって言ってたんだよ」


「日葵ちゃんが?」


「だから呼んでくるね!」


 そう言って駆け出す先輩。

 よく見ると、コートの外、フェンスの向こうに一人の女の子が立っていた。

 その女の子を連れてくる先輩。


「ごめんね、白石。

 思ったより待たせちゃった」


「いえ、全然です。

 山本先輩ありがとうございます!」


 私の頭が真っ白になる。

 ま、まさか……。


「いや~、咲がまた泣くとは思わなくって」


「せ、ん、ぱ、い~~~!!」


「あ、やばい!!

 白石、今はこんな感じだけど、本当は咲も優しいから。

 一緒に練習してあげてね」


「どうして教えてくれなかったんですか~~~!!」


「それじゃあね! 白石」


「逃がしませんよ! 先輩!!」


 私は逃げる先輩を追いかけた。

 先輩の優しさで、また新たにこぼれ始めた涙を後輩に見せないために。


読んでいただきありがとうございます!

この作品は元々『なろうラジオ大賞3』へ応募する予定だった作品です。

1000字に収めるって難しいですね。

どんな感想でもいいので、書いてくれると嬉しいです!

あらためて、ありがとうございました!!

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