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黒猫虎 恋愛

元陰キャの俺が転校デビューで美少女JKに気に入られた結果、ヤンデレ生霊のストーカー被害者になりました。

作者: 黒猫虎

(注)ほんの少しホラー要素がありマス。



       1



 今日は高校1年の1学期の終業日。

 明日から夏休みということで、俺以外のクラスメートは完全にうわついた雰囲気だった。


「ねぇ、だれが声かける?」

「ユウちゃんお願い」

「えー、あたしぃ? ま、いいけど……」

「何だお前ら……」


 ――声かけられた男子たちの待ってました感。


「住吉くんたちって夏休み何して遊ぶん?」

「あー、お前らと海行って水着見たりする予定?」

「何、キモ!」


 ――セクハラされたはずの女子たちのまんざらじゃない感。


 市ね! じゃなく○ね! 1億回○ね!


「なあ。お前、予定どうなってるん」

「ぜんぜん暇やけど?」

「じゃ、いっしょに狩りしまくらん」

「お、いいね……『ドキッ! 男だけの涙のモンスター狩り祭』開催するかー」


 お前らは生きろ……と言えたらどんなに良いか。

 女子と一生話す機会が無い(失礼)同類の彼らではあるが、この教室では明確に俺よりヒエラルキーは上なのであった。

 なぜなら俺は、このクラス全員から無視されているのだから。



 俺は、誰にも気づかれないようにそっと教室を後にして、職員室に向かう。

 クラス担任に最後の挨拶をする為だ。


「――酒井、結局友達は出来なかったのか?」

「はい」

「向こうでは頑張れよ。もう分かっていると思うが、最初が肝心だからな。『ムリせず・自然体で・自然な笑顔』だぞ」

「はい。先生のアドバイス通りに頑張ってみます」

「よし」



 担任に最後の挨拶を済ませ、そそくさと帰宅の準備をする。



 実のところ俺は、最後の最後に、誰でもいいから声を掛けてもらえる事を期待していた。

 声を掛けてもらえさえすれば、そいつに「俺は転校するから今日が最後なんだ」と白状して、さっそうと校舎を後にするつもりだった。


 しかし、誰からも声が掛からないまま、とうとう校門から足が出てしまう。



 涙が零れそうになるのをなんとか我慢し、もう見ることはないであろう校舎を振り返らずに後にしたのだった――――





       2



「よう、ヤスミ。久しぶりだな」

「あ、レンジ兄ちゃん」


 帰宅すると2番目の兄の練時(レンジ)が姿を現す。

 どうやら引っ越しの手伝いに来てくれたようだ。


「大学は大丈夫なの?」

「もうとっくに夏期休暇に入ってるからな。ゼミもオンラインだから大丈夫だよ」

「そうなんだ」



 レンジ兄としばらく無言で引っ越しの梱包作業に没頭した後、ポツリと俺は疑問を口にした。


「レンジ兄ちゃん。どうやったらレンジ兄ちゃんみたいにコミュ強になれるんだ?」

「ヤスミ。……うーん……。兄ちゃん別にコミュ強って訳じゃないけどな」

「そんな訳なくないよ。昔からモテモテだったじゃん」



 実際、レンジ兄はカワイイ女子からモテている。

 どうしてだ、8割くらい弟の俺と同じ顔なのに。



「そうだな……。ちょっとは参考になるかわからんけど、兄ちゃんなりのテクニック? とか教えようか」

「よろしくお願いします、師匠」

「うむ。かわいい弟が新しい学校に溶け込めるように策を伝授しよう――1つ目、『寂しそうだったり、浮いている子がいたら仲良くなってあげること』。2つ目、『逆に声をかけられたら、明るく受け答えすること』。3つ目、『できるだけ相手に話させて聞いてあげること』。こんなところだけど、どうだ?」


 な、なんか難しいぞ。

 本格的だ。


「まあ、今回は転校だからな。基本、人間関係が出来上がっているトコロに入るわけだから、難しいと思う。2つ目の『声をかけられたら、明るく受け答えすること』だけに集中してもいいかもな」

「う、うん」

「まあ、『面白いことを言ったりやったりして目立ってやろう』なんて思わないのが1番だな。ほとんど100%失敗するからな。俺も失敗したことある」


 ハハハ、と自嘲気味に笑うレンジ兄。


 兄上、そこからどうやって谷底から這い上がれたんです?

 マジ尊敬だよ。

 俺の場合、失敗したまま二度と浮上できなかった――――



「ところで。もしかして、ヤスミも彼女が欲しくなる年頃か?」

「ち、違うよ。普通に男子の友だちが出来るかなーって」

「ふっ。そんなに否定すると逆に怪しいぞ。一応、彼女が出来るかも知れないコツも聞いておくか?」

「お願いします、師匠」

「まずは、髪型だな。おシャンな美容室で今風にしてもらってくるんだ。これだけで、だいぶ違うぞ。その次は――――」


 俺は、必死にレンジ兄の助言(アドバイス)をメモした。





       3



  ガヤガヤ


      ザワザワ



「――――自己紹介してください」

「××高校から転校してきた、酒井(サカイ) 靖瑞(ヤスミ)です。よろしくお願いします」

「皆さん、酒井君と仲良くしてあげてくださいね。酒井君、あなたの席はあそこになります」


 最初が肝心、しかし気負ってもいけない。

 レンジ兄から学んだことが今、俺の中で活きている。



 変に目立ってはいけない。


 実力以上のことをしようとしてはいけない。


 まずは周り(クラス)に溶け込むこと――




 担任の女教師に示された1番後ろの窓際に近い席が、俺の席のようだ。


「よろしくね、酒井くん」

「ど、ども」


 右隣に座る女子のあいさつに、どうにか自然に返せただろうか。


 俺は、今度こそ高校デビュー――いや、『転校デビュー』を成功させてやるッ。







       4



 新学期3日目、つまり転校3日目。

 いまのところ、俺の転校生活(ライフ)は順調だ。

 目立った成功は無いかわりに、目立った失敗もない。


 つまり、目立っていない。



 俺は今度こそ、普通の高校生ライフを手に入れ(ゲットし)てやる!



 ――という俺の決意を試すかのような、不穏なウワサが聞こえてきたのはそんな時だった。



「ヤスミ君、ちょっといいかな」

「な、なに? 藤家さん」


 右隣の席の美少女、藤家(フジヤ) 愛伊豆(アイズ)に下の名前で話しかけられた俺は、何てことない風を装いながらも、内心は超ドキドキだった。


 ――もしかして、告白か?

 ちがうか、と心の中でセルフツッコミする。



 そんな藤家さんが、俺に向かって顔を寄せてくる。

 めっちゃいい匂いがするんだが。



「な、なな何でしょう」


 ああ、これもう、根が陰キャで女性免疫皆無ってバレたな。


「ちょっと、教えておきたいことがあってさ。えっとね……」





       5



 藤家さんの話は、まったく色気の「い」の字も無い話だった。

 むしろ、ちょっと気味が悪い話で――。



 俺の左隣の席はいちばん後ろの窓際の席なのだが、初日、昨日、そして今も空いていた。

 藤家さんによると、この席の主は1週間に2日(ふつか)しか学校に来ないということらしい。


 席の主の名は夕神(ユウガミ) (レイ)



「ヤスミ君、夕神さんはクラスで完全無視しているからそのつもりでね」

「えっ。それって、もしかして……」

「あ、イジメだと思った? 違うからね」


 藤家さんは、俺の疑念をすぐ否定してくれた。

 でも、イジメじゃないなら、いったいどういうことなんだ?

 ていうか、イジメを行う人間のうち、何割かは「イジメだと思っていない」というヤツかもしれない……。




「このクラス、夕神さんに関わった人間が、もう2人(ふたり)も学校に来なくなっているのよ」

「ど、どういうこと?」

「ちょっと説明している余裕ない。また今度。急でごめんね。あと毎週木と金が夕神さん来る日だから。つまり、今日は彼女が来る日。絶対、彼女が何言っても無反応でね。……あっ、来たよ。あんまり見ない方がいい」



 藤家さんは早口でそれだけ説明して、自分の席に戻っていく。



 そして、俺は見た。



 教室の後ろ側のドアから入ってくる、夕神 令の姿を。




  ゾワッ




 思わず、鳥肌が立った。


 地味目な女子高生が近づいてくる。


 しかし、雰囲気はただの地味な女子高生という雰囲気ではなかった……。





 あっ、なるほど……。



 前髪で完全に目が隠れている。


 無表情というわけではなく、不気味に口角が片っ方だけ上がっている。


 歩く音がしない。


 歩く時、頭がまったく動かない。



 まるで、幽霊のようだ……。




 ――そのまま彼女は、俺の左隣に着席した。





       6



 その日の放課後、俺は普通に帰ろうとしている藤家(フジヤ)さんを捕獲して、学校近くのマクドに連行した。


 女子を、しかもクラスのかなり上位の美少女と思われる藤家さんと二人でファーストフード店に入るなんて、俺としては信じられないくらい陽キャムーブだ。


 いやそんな、「現役美少女JKと初の学校帰りデートでドキドキ」とかそんな浮わついたこと考える余裕なんて、今の俺にはない。


 ひたすら、あの不気味なクラスメートについての説明を聞きたかったのだ。


 授業中になんか隣からずっとブツブツと聞こえるし、めっちゃ怖エェんです!


 とにかく俺は、これからの生き死にに関わるかもしれない情報を得たかったのだ――






「ヤスミ君って、意外とけっこう積極的系男子?」

「そ、そんなんじゃないって。さっき言ってた『夕神(ユウガミ) (レイ)』のことを詳しく教えてくれ!」

「え。ヤスミ君、悪趣味……」

「こらっ、藤家(フジヤ)さん。わかってるでしょう? 『夕神(ユウガミ) (レイ)を完全無視する理由』を聞きたいだけだよ、コッチは……ッ」


 ふざけた態度の藤家さんに、俺は思わずまくし立ててしまった。

 少し息があがる。


 藤家さんは「あはは、ゴメンね」と謝ってくれた。

 そして、


「これ、冗談でもなんでもないからね」


 と前置きしたあと、声のトーンと音量をかなり落として、真剣な顔で話し始めた……。





       7



 藤家さんによると、『夕神(ユウガミ) (レイ)』にこれまで2人(ふたり)、クラスメートが犠牲になっているらしい。

 藤家さんから聞いた話をまとめるとこうだ――――



夕神(ユウガミ) (レイ)』は高校入学した当初から、家庭の事情なのかなんなのか、1週間の内に木と金の2日(ふつか)しか出てこなかった。


 クラスの中で、割りと最初の頃から『夕神(ユウガミ) (レイ)』は独特な雰囲気で浮いていた。


 どういう意味かは分からないけど「もういいよ」とか何か独り言(ひとりごと)をするクセがあり、まあまあ不気味だった。


 不気味すぎて、『夕神(ユウガミ) (レイ)』の独り言をクラスの誰も注意できなかった。


 それでも1人(ひとり)、委員長気質の女子、新沼(ニイヌマ)さんが何とか『夕神(ユウガミ) (レイ)』とコミュニケーションを取って仲良くなろうとした。


 新沼さんの頑張りのおかげか『夕神(ユウガミ) (レイ)』はドンドン明るくなり、ある日から学校に毎日出席するようになったという。


 しかし反対に、その日から新沼さんはみるみるやつれていった。


 そして、新沼さんは1週間後には、とうとう学校にこなくなった(1人(ひとり)目の犠牲者)。



 クラスの何人かで、『夕神(ユウガミ) (レイ)』さんを取り囲み、何があったのか、新沼さんに何をしたのかを問い詰めた。


 すると、その時に中心になって問い詰めていた男子、佐渡(サワタリ)君に向かって指差しながら、何かを激しい口調で言った。

(この時、何を言ったのかは誰も聞き取れなかったらしい)


 佐渡君はトタンに顔色を真っ青にして、カバンも持たずに教室から出ていった。

 それ以来、佐渡君も学校に出て来てこなくなった(2人(ふたり)目の犠牲者)。


 その日以来、『夕神(ユウガミ) (レイ)』は、また元通りに木と金だけ学校に来るようになった……。







「――というワケ。ヤスミ君の転校のニュースは、私たちのクラスにとって、ひさびさの明るいニュースなの。私は密かに、ヤスミ君がクラスの中を何もなかった頃のような楽しい雰囲気に戻してくれるのを期待しているんだ。これからよろしくね」


 藤家さんはそこまで話したかと思うと唐突に自分のトレイだけ片付け、俺を残して1人(ひとり)だけささっとマクドを出て行った。


 一緒に店に入った同級生を自然に1人(ひとり)残して先に帰れるなんて、これが現役美少女JKの(スキル)なのか。

 ついでに、藤家さんが俺を何とも思っていないコトもうかがい知れたのだった。


 ちょっと涙出る……。





 と、とにかく。

 夕神(ユウガミ) (レイ)には気をつけないといけないというコトだけは分かった。


 まあ、左側の席を見たり、直接しゃべったりしなければいいんだよな。

 1週間に2日だけの修行だと思って頑張ろう……。





       8



 さっそくの翌日。


 隣からなにやらまたブツブツ聞こえる。



「もういいよ」


 なるほど。

 もういいよ、といってたんですね。


 ――何がもういいというんだ?




「もういいよ」


 それを、俺はひたすら知らぬ振りをして聞き流している。


 しかし、本人は不気味だけど、声だけ聞いてるとなかなかカワイイ声だな。

 これなら我慢できるかもしれん。


 もしこれが女子のカワイイ声じゃなくて野太い男子の声だったら、確実にノイローゼになるだろうな。




「もういいよー」


 だんだん子守唄聞いてるみたいに眠くなってきた。

 心地よくなってきたというか。

 うーん、転校してきたばっかで授業中に居眠りはマズい……。




「もういいよー」


 あ、これってもしかして。

 子どもの時に遊んだ、【かくれんぼ】の時の合図のヤツ?





「もういいよー」


 かくれんぼ、俺、苦手だったな……




「もういいよー」


 意識を手放しそうになっている…………





「もういいよー」


 左耳に聞こえる夕神(ユウガミ) (レイ)の声がだんだん遠くなっていく………………







「もうい゛ーいーよー」








       9



 ふと気づくと、俺は、夕焼けの教室に1人(ひとり)取り残されていた。


 あれ、他のみんなは帰っちゃったのだろうか。




「もういいよー」



 どこからともなく、かくれんぼの「もういいよ」の合図が聞こえた。


 囁くような、か細い、でもかわいらしい声だ。




「もういいよー」



 どこから聞こえているんだろう。


 掃除用具入れの中から聞こえてくるようだ。


 こんなところに誰か隠れているのか?




「もういいよー」



 開けてみる。


 果たして、そこには前髪で目が隠れてしまっている、地味な印象の女子が隠れていた。




「なんで、こんなところに隠れてるんだよ」



 陰キャ同士なので、俺でもツッコミできた。



「みーつけたって言って」

「え……?」

「みーつけたって言って」

「み、みーつけた……?」



 地味JKがクスクスと(わら)った。



 地味JKが前髪をかきあげる。


 隠れていた目元が現れる。


 え、めっちゃ美少女。


 藤家(フジヤ) 愛伊豆(アイズ)よりも好みなんですけど。



 あれ、でも、……えっ?




   ゾクゥ




 俺の両腕の毛が逆立った。



 ――この女は夕神(ユウガミ) (レイ)だ。




「やぁっと、みいい゛ーつけられたぁぁ゛ーー」






       10



「――――――!」


 夢から覚めた俺。


 左の方から視線を感じた俺がそちらをそっと見ると、夕神(ユウガミ) (レイ)が完全にこちらに顔を向けていた。


「……なな、何か」

「フフフ。酒井君、これから仲良くしましょうね」

「……ええ、えっ」



 基本、根が陰キャなままの俺は、夕神(ユウガミ)を突き放せない。

 どうしたらいいのか分からない。




「また、来週ね、ヤスミ君」


 口元だけでニヤーッと微笑んで、夕神(ユウガミ) (レイ)は帰っていった。



 呆然としている俺の周りに、クラスメート達が集まってくる。


「酒井、なんであんなに夕神はお前を気に入ったんだ? 何かやったのか?」


「いや、特に……」



 さっき夕神が登場する悪夢を見たような気がしたが、それを口にすることはバカバカしくて出来ない。


 しかし、悪夢の中の夕神はものすごく美少女だったけど、本物もあんな顔なのだろうか?


 いや、今はそれどころじゃない。



「酒井、お前来週から学校しばらく休め」


「ヤスミ君がズル休み……ぷぷっ」


 真剣な話の途中なのにもかかわらず、藤家さんは何かにウケてしまっている。




「分かった。来週は俺、学校休んでみる」





       11



   ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ ……



 遠くで目覚まし時計のアラームが鳴っている……



 今日は月曜日。

 今週、俺は学校をサボらなくてはいけない。


 うーん、熱が出たことにするか。

 吐き気か、寒気か……。


「ヤスミ君、起きて」




 ……



 ……




「――ええっ!?」



 あり得ない人の気配を感じて、俺は飛び起きた。


 すると、そこには……



夕神(ユウガミ) (レイ)……」



 地味JKが俺のベッドの横で微笑んでいた。


 誰が、この女をこの家にあげたんだ?


 心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けつつ、俺は当然聞かなければならない質問をする。



「お、俺の母さんが、夕神を部屋に入れたの?」


「ううん。気づいたら、この部屋にいたよ。ヤスミ君が学校に来ない気がしたから、迎えに来た」



 ひえええええっ。



 ヤバイヤバイヤバイ。



「す、すぐ準備します」

「待ってるね」

「い、いや、着替えたりするから、外……いや、リビングで待ってて」


 俺は、夕神をリビングに連れていく。



 引っ越した新しい家は3LDKのマンション。


 不自然ながらも、俺はリビングに彼女を連れていって、ソファーに座ってもらうことにした。


「か、母さん。ちょっと友だち連れてきた。こっちで待たさせてね」

「あら、おはようヤスミ。友だちって、女の子じゃない。もしかして彼女?」

「ばっ、ちっ、違うから!」

「どうも。おはようございます。同じクラスの――――」



 超ヤバイよ、この女。

 普通じゃない。

 母さんの様子からすると、この女は勝手に俺の部屋まで侵入してきたのだろう。


 もう家の合カギとか作られてしまったのだろうか。

 それとも、どこかカギを壊して入ってきたのか――――?




 俺はマッハで洗面・着替え・朝飯を終え、母親とキャッキャと談笑している夕神を連れて家を出た。



 自然に俺の横に並んで歩く、夕神 令。



「ゆ、夕神。ところで、どうやって俺の部屋に入れたの」


「うーん。どうしてだろう。ヤスミ君が学校サボるつもりって分かったから、なんとなく迎えに行かなくちゃって思ったから?」


 こ、答えになってない!?



「どうして俺が学校サボるつもりって分かったの」


「何でかなー。やっぱりヤスミ君と仲良くなりたくって?」



 だ、だめだ。

 会話になってない……。



 このまま俺は地味JKと2人(ふたり)で登校することになった。

 あの憧れの『女子と一緒に登校』。


 ……ウソです。

 想像さえもしていなかったので、憧れなんてしてませんでした。

 憧れを越えています。


 でも、全然うれしくないです。





       12



 教室の入口に立って中を見たとき、俺は「あっ」と驚いた。


 なんと、夕神 令が既に着席していて、俺に微笑みかけていたのだ。


 さっと側に目をやると、すぐ横にいたはずの夕神がいない。



 瞬間移動なのか?

 頭痛がしてきた……。



「お、おい酒井。今日、学校休むんじゃなかったのかよ」


 クラスメートの男子(名前が出てこない)に話し掛けられついでに確認する。


「夕神はずっと教室にいたのか?」

「俺が教室に来た30分前にはもういたけど、それがどうかしたか」



 ああ。

 いったい、何が起こってるんだ。


 俺はもしかして、ヤバいモノに目をつけられてしまったのかもしれない――――





 それからというもの、夕神 令は1週間もの間、俺に構い続けた。


 毎朝、俺が目を覚ますと、夕神はベッドの横に座っているのも慣れた。


 一緒に登校し、休み時間には彼女のおしゃべりに付き合わされた。


 そして、他のクラスメートは、俺にほとんど近寄らなくなった。





 こうして時間を共に過ごしてみると、夕神 令の性格や生態が見えてくる。


 まず、夕神なりのこちらへの配慮は一応ある。

 そして意外に、彼女の話はけっこう俺に刺さるものが多いことに気づく。

 夕神と一緒にいて全然苦にならないことに、自分でも驚いている。


 夕神の話の傾向としては、ブラックユーモア系が多い。

 それから、夕神が寝てるときに良く見る変な夢の話とかだ。


 他の人がどう思うか分からないが、俺にはどの話も面白く感じた。


 うーん。

 もしかして、女子と付き合うってこんな状態のことをいうのかな。



 この時の俺はそんな勿体のないことを考えていたのだった。





       13



 次の週の月曜日、登校した俺の顔を見て教室中がざわついた。

 藤家(フジヤ) 愛伊豆(アイズ)に呼び止められる。


「今日の放課後、時間ちょうだい」


 藤家さんと会話するのは、隣の席なのにもかかわらず久しぶりだ。

 相変わらずの美少女っぷり。


 でも、俺には夕神(ユウガミ) (レイ)がいるからな……。



「今日の! 放課後! 時間! ちょうだい! 必ず!」

「わわわ、分かった」








 そして、放課後。

 久々に夕神と別行動だ。


 俺が他のクラスメートと交流するのを夕神が許してくれるのか。

 少々心配だったが、夕神は意外にあっさりと理解を示してくれた。


 夕神は先に下校し、俺は藤家さんと他数人のクラスメートに囲まれる。



「不登校になった2人(ふたり)と同じくらいやつれている」

「顔色も学校に来なくなる前日とほぼ同じ」

「いや、もっとヒドいかも」

「絶対病気じゃないでしょ。これは夕神案件に間違いないよ」



 どうやら、俺の顔色は相当悪いらしい。

 うすうすとは、自分でも気づいてはいたけど、こんなに心配されるまでになってるのか……。


 このまま、俺は、藤家さん達が用意していた霊能者に会うことになったのだった――――





       14



 学校近くの古い純喫茶に現れた霊能者は、20代くらいのまだ若い石嶺(イシミネ)という名前の女性だった。

 タロットカード、四柱推命(しちゅうすいめい)、そしてオーラが見えるという占い師で、若干の霊感があるらしい。

 また、由緒ある巫女の血をひいているということだ。



 何故かタロットカードをすることになり、俺が選んだカードを石嶺さんは、何故か険しい表情で睨んでいる。


「どうですか、石嶺(イシミネ)さん」

「――うーん。結構強いのに憑かれちゃってるみたいね」

「やっぱり!?」「ソレって大丈夫なんですか!?」


 石嶺さんは人差し指と中指を1つにして額に当てながら、むむむ、と唸る。


「しかも、これは生霊(いきりょう)だね。生霊(いきりょう)はヘタすると、死んだ人間の霊より厄介だよ」


 一緒に来た藤家さんたち女子から、キャーッ、ヒャーッと悲鳴が上がった。


「そ、それって絶対、夕神さんじゃん」


 藤家さんともう1人(ひとり)の女子は青ざめて、2人(ふたり)で抱き合って震えている。



「その生霊(いきりょう)、お(はら)い出来ますか? 石嶺さんは除霊できますか」

「調べてみる。酒井さん、カードもう1枚ひいてもらえる?」


 俺は、カードひいた。

 出てきたカードは「塔」。


 良かった……死神とか悪魔を意味するカードよりは良さそうじゃない?



「これは……悪いね」

「えっ……」

「もう1回試してみよう。もう1度」



 しかし、またしても同じ「塔」のカードを引いてしまう。


「『塔』のカードが意味するのは『破壊、破滅、惨事、破綻、災害』……かなり悪いみたい」

「そ、そんな……」

「除霊! 除霊お願いします!」


 もう、手遅れなんだろうか。



「うっ、うわっ……」


 石嶺さんが突然、顔面蒼白になり、吐き気を感じているかのように口元を押さえる。


「どうしたんですか、大丈夫ですか」



 石嶺さんが、ゆっくりと喫茶店の隅を指差す。



「あのコに見覚えあるかい?」



 俺たち全員がそこに見たのは、帰ったはずのクラスメート、夕神(ユウガミ) (レイ)だった。



「うわあっ」



 これには、最近彼女と一緒にいることに慣れてきていた俺でも、小さくない悲鳴をあげてしまった。



 石嶺さんは、震え声で言った。


「あれは普通の人に見えるけど、間違いなく生霊(いきりょう)よ。あそこまで生きている人と見分けがつかない生霊(いきりょう)ということは、とてつもなく強力だということ。除霊は誰にも出来ないと思う。私にも何も出来ないからもう帰ります」



 俺を絶望が襲う。


「俺は! 俺はどうしたらいいと思いますか。何かアドバイスをください。何でもいいので!」



 俺は、俺を見捨てて帰ろうとする石嶺さんの足にしがみつき懇願した。



生霊(いきりょう)の彼女に好かれているんでしょ。彼女の希望を叶えるしかないと思う。生霊(いきりょう)を生み出すほどの彼女の執着心を弱めるのよ」



 それだけ言って、石嶺さんは俺たちから相談料も取らずに、逃げるように喫茶店を出ていってしまった。






 石嶺さんを見送って呆然としていた俺が、ふと夕神のいた隅を確認すると、彼女の姿はもう見えなくなっていた……。




「このままだと、酒井もヤバいんじゃ……」

「ヤスミ君、どうしよう?」




 絶望に染まる、俺を心配してくれているクラスメート達。



 俺は、一体どうすれば……。






       15



 その夜。

 俺は眠気を我慢して、寝たフリで彼女を待っていた。

 すると深夜の2時を過ぎたあたりで、予想通りに、とうとう彼女が現れる。

 俺の寝顔を覗き込む様に、恐ろしげな気配が湧き出していた。


 夕神(ユウガミ) (レイ)生霊(いきりょう)だ。

 毎日俺の部屋まで迎えに来ていたのは夕神本体ではなく、生霊(いきりょう)の夕神だった。

 それも朝からではなく、深夜のこの時間にはすでに侵入していたんだろう。

 思い上がりでなければ、俺の寝顔を見る為に。

 現行犯逮捕だ。


 生霊(いきりょう)になった夕神にとっては、カギなど必要とせず、簡単に侵入できていたというわけだ。

 生霊でストーカー行為なんて、とんだ反則行為である。

 しかし、命の惜しい俺は、面と向かって批難するようなことはしない……。



「起きていたんだ」

「ああ」


 さて、どうしよう。


 このままだと、俺は、生気を夕神の生霊(いきりょう)に吸われ尽くして死んでしまうだろう。


 自覚してみると、かなり生命力が失われていることを実感する。




 さて、どうする。




「なあ。夕神ってもしかして、俺のこと好きでいてくれたりするのか?」


 すると、とても恐ろしいはずの生霊(いきりょう)JKが、顔を真っ赤に染めた。

 モゴモゴと何か言ってるけど、まったく聞きとれない。


 仕方なく質問を変えてみる。


「どうして、俺と友だちになってくれたの?」


 すると、彼女の答えは「掃除用具入れに隠れているところを見つけてくれたから」だった。

 とても長い間、彼女は誰にも見つけてもらえなかったのだという。



 ――あれって、夢の中の出来事だったはずだけど……。

 でも、彼女にとっては、実際にあったことなのか……。



「前髪、少しあげてみてくれる?」


 ふと思い付いて、彼女にお願いしてみる。

 そういえば夢の中でみ見た彼女の素顔が、俺好みのとんでもない美少女だったのを思い出した。



   フルフルフルッ!



 夕神は「絶対に素顔は見せない」という勢いで首を横に振り続ける。



 仕方ない。

 俺は強行手段で、前髪の下から見上げるように覗き込んだ。






       16



 あれからほとんど寝ずに登校した俺はクラスの皆に、「もう大丈夫」と報告した。


夕神(ユウガミ) (レイ)と付き合うことになった」


 だから、もう生霊(いきりょう)の心配はないよ、と。




 今度は別の意味で心配されることになった。


「酒井なら、もっとカワイイ娘と付き合えるって!」

「ヤスミ君のこと、私、結構好きなタイプだったんだけど?」



 いやいや、根が陰キャの俺には、その話題けっこうキツいっす……。

 でも、(レイ)の本当の素顔を知ったらみんな驚くだろうな。


 誰にも渡したくないから、特に言うつもりないけど。



 ていうか、外見関係なく、俺は令が好きなんだけどなッ。






 それからしばらくして、ずっと不登校だった2人(ふたり)のクラスメート(新沼・佐渡)も学校に登校出来るようになった。


 色々あったこのクラスだが、『雨降って地固まる』の(ことわざ)(ごと)く、今のところクラス内の雰囲気は最高だ。



 という訳で、俺の『転校デビュー』は成功裏に終わった。






 そして実は俺、彼女である夕神(ユウガミ) (レイ)と同棲を始めていた。


 実家だけど。

 高校生なのに。

 現役JKと。


 これは、どうせ生霊の令に24時間ストーカー行為されるくらいならと、俺が積極的に令と一緒にいることを選んだ結果だ。


 令も顔を真っ赤にしつつも、一緒に住むことを快諾してくれた。


 令の両親、そして俺の両親もなんとか説得できた。

 しかし、令の両親はなんであんなに積極的に賛成してくれたんだろう。



(深く考えるのはやめておこう……)



 ち、ちなみに、もちろん、清い交際である。

 2人とも陰キャ同士だからな。


 体の関係は、まだ手をつないでチュー(舌入れないやつ)くらいしかしてないから。


 ……JKの(くちびる)って、信じられないくらいやらかいんですね。


 あっ、石投げないで、ごめんなさい!





「ただいま」

「「お帰りなさいー」」


 ワザと遅れて帰宅すると、愛しい同棲相手のお帰りなさいの声がする。


 俺の部屋に、同じ顔の現役超美少女JKが2人(ふたり)


 部屋では前髪をあげてもらうことにしたのだ。




「さて、どっちが生霊(いきりょう)かな?」


「こっちかな」「あんたでしょ」



 うーん、どっちもカワエエエ!

 どっちも俺の彼女!




 それにしても、彼女たち2人(ふたり)が顔を合わせてしまった時は、ドッペルゲンガーのように本体が死んでしまうかと心配したけど、杞憂でした。





 心配なのは、生霊(いきりょう)が消えないままなこと。







 果たして、俺の命はいつまで持つのでしょうか――――







 あと、俺の理性もいつまで持つのかも心配――――――


 





 ~fin~







最後までお読みくださりありがとうございます。

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↓『恋愛×高校×テロリスト』↓
逃げ足以外は平均より劣る主人公が男を魅せる恋愛アクション短編(の予定)。
白インバナー
▲イラスト作者→管澤捻さん、バナー加工→自分


↓『吸血伯爵令嬢×巨大ロボモノ』↓
黒猫虎の数少ない連載作品(完結)。吸血娘が下着姿で待ってます。(;´∀`)
アリエス令嬢
▲イラスト制作秋の桜子さん(カスタムキャスト使用だそうです♪)


↓上の作品と同じ世界観の短編『異世界×宇宙モノ』↓
宇宙魔女博士見習いのぼくは奇妙な形の木造船で宇宙の中心に逝ってきます。
応援バナナ

△バナー制作塩谷文庫歌さん


ノロインクエスト
「ノロインクエスト」作:黒猫虎


応援バナナ
▲バナー制作秋の桜子さん

応援バナナ
△バナー制作秋の桜子さん

応援バナナ
△バナー制作塩谷文庫歌さん

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― 新着の感想 ―
[一言] 彼女が満足していないから生き霊は消えていないのですね。と、いうよりも浮気対策で今後も消えない予感がします。 なんと便利な存在でしょう!
2021/10/30 09:22 退会済み
管理
[良い点] うーむ。 そんなに可愛い彼女なら、命吸われてもいいかなー笑 短命?構うもんかい!
[一言] ノベルゲーでの責任放置系ハッピーエンド(トゥルーでは生霊が消える)みたいなオチでしたね。 伏線とか色々あるし、連載するのかな?
感想一覧
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