表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

退院し、正当防衛として正式に私の善行が満たされた私は、もはや大学には行かなかったし、毎日、自身が成し遂げた偉業の思い出に浸っていた。


 あの幸福はきっと麻薬だ。次第に私は物足りなくなった。身体が、脳が、私を引きはがしあれを求めようとした。


 私は、何度もあの駅前を訪ねた。しかし、そんな奇跡は二度も起きはしなかった。

 

 それでも、私の脳も身体も、私を許しはしなかった。


 私の足は、違う駅へと歩みを進めた・・・


 「神はいつまでも味方らしい」

 目前の常軌を逸した光景に恍惚の表情を顕にした男が、そこには居た。


 今にも、ビルの屋上から飛び降りようとする高校の制服に身を包んだ少女が居た。

 周囲のモノはスマホを片手に無感情に上を見つめていた。

 自身の異常さが紛れるほど異常に感じられたが、その場の者にとってはありふれた日常でしかないのだろう。

 人間は、自分が大好きでそれに関わるものには一見興味があるように思えるけど、実は、そんなに他人に興味が無いのかもしれない。死という現象に対し、何かしらの嫌悪は抱くけれど、恐らくそれは生物としての本能的なものであって、人間的には他人の死なんて興味は無いし、あっても自己顕示欲を満たすためのモノなのだ。

 だから、せいぜい私も利用させてもらおう。

 

 そして、未だ、警察が駆け付けた様子は無く、もしかしたらもうすぐ着くのかもしれないが、そんなことも、私の存在が少女を刺激し彼女の自殺を早める原因になるかもしれないことも、どうでも良かった。

 私は英雄になりたかった。

 

 一心不乱にビルの階段を駆け上がり、重く閉ざされていたはずの扉を開けた。いや、正確に言えば、それは既に開いていた。

 屋上には、少女ともう一人、サングラスを掛けたスタイルの良い女が立っていた。

 その場の三人ともが驚いた表情で見合わせる。

 一人は、その場に先着が居たことへの驚きだったが、他の二人は、緊張感漂うこの場に場違いな表情を浮かべ、入り込んできた者への、驚きに違いなかった。

 

 三者は数秒の沈黙の後、状況を整理した。扉へのカギを閉め、その前にモノを置き、警察が入って来れなくするという条件で屋上への今にも飛び降りようとしていた少女も話くらいは聞いてくれるようだった。


 話を聞いたことを、まとめると、少女の名前は、北野恵子という名前らしく、服装の通り高校生であった。そして、モデルのような体系をした女は竹内愛子という名前らしく、こちらも体系の通り、職業はモデルであると名乗った。彼女も私と同じく彼女の自殺を止めるために名乗りを上げた赤の他人であった。


 そして自己紹介も済んだ頃合いに北野恵子はどうしてこのような状況になったかを話し始めた。

 「私は、いじめられていたんです。よくある話ですけど、いじめられている子がいたから、助けようとしたら、いつの間にか私がいじめられちゃった。」

 私も竹内愛子も黙ってその話を聞いた。

 「私、復讐がしたいんです!いじめられてることを言ったけど、親も先生も助けてはくれなかった。こうやって大勢の前で死ねば少しは罪悪感に苛まれてくれるでしょう?」


 この時すでに英雄になろうなどという浅はかな考えは無くなっていた。


 彼女は世界に人に正しさを、優しさを求めた。けれども世界も人も優しくないし正しくない。いや、弱肉強食こそが世の摂理であるように、強いモノこそが正義であり、優しさであるのかもしれない。そうなれば、彼女は弱者であり、虐げられるだけの存在だけの話だ。

 それでも、そんな世界を認めてはならない。

 だからこそ、彼女は自らの命を対価に世界に変革を求めた。少なくとも数人の考えは変えられるかもしれないし、このご時世のネットが発達した世界ならば、加害者、教師といった巨悪を討つのも容易だろう。


 しかし、竹内愛子の考えは異なっていた。

 「あなたは正しいことをしたのに、それで自殺なんて間違っているわ。正しいことをした人間が死ぬなんておかしいじゃない。」

 たしかに、竹内愛子の考えは尤もだ。正しい人間は正しく救済を受けるのが理想である。でも、それは理想であって、私たちが生きるのは現実だ。現に彼女がこのような行動をするまで、いや、しても尚、誰も救うどころか、興味すら示さなかったではないか。

 

 私は、口を開いた。

 「いや、彼女は死ぬべきかもしれない。いや、私もそれを推奨する訳ではありません。しかし、それが彼女の望みだというのなら、死なせてあげるべきなのかもしれません。」

 それから、私は、彼女が死んでも仕方がない理由を、私の考えを素直に話した。

 

 北野恵子は黙って頷いていた。


 竹内愛子はそれでも納得はしなかった。それから私と彼女は口論になった。

  「自殺なんてそんな方法じゃなくても、きっと解決できる道はあるわ!」

 「彼女は既に解決を求めていないのだと思います。彼女は絶望したのです、周囲を取り巻く世界に。自殺というのは復讐の、変革の手段なんだと思います。今ここで彼女の自殺を止めても、命日が何日間か後にずれるだけかもしれません。」

 私は、竹内愛子はきっと正しい人間であるのだと感じた。でなければ、他人の自殺を止めるためにこれ程必死に、自分の損得抜きで行動できないだろう。そんな彼女へ素直に尊敬の気持ちを抱きつつも、彼女のため、そして自身のためにも、説得を続けるしかなかった。

 私にも、竹内愛子にも北野恵子の自殺を止める方法を持ち合わせていなかった。

 

 何分もの口論が続き、その間も北野恵子は黙って聞いていた。

 しかし、その空間も長くは続かなかった。警察が扉のバリケートを突破したのだ。その場に居た、三人は警察に身柄を拘束され、北野恵子の自殺は未遂に終わった。


 


 それから、何日かして、北野恵子は自殺した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ