Ⅱ
怠惰で憂鬱な大学生活を過ごす。
自分がこの大学に対する愛着が薄いからだろうか。それとも、穿った見方のせいだろうか。自分を含めたこの小さき社会の縮図がとても薄っぺらいものに見えてしまった。
上辺だけの関係が樹形図のように広がっていく。奇妙で奇怪ではあるし、薄情ではあるのだが、最低限その場限り、長くてもほとんど4年間の関係でいいのだ。
どうせそのくらいで終わるのだから、「非情に良い人」というのを演じてみようと思った。この行為に特に意味はなかったが、燃え尽き目標をなくした男が、腐らず、社会に出たときにも役立つだろうという部分では中々良いものであったと思う。
何の気なしに勧誘され参加したのは大学にありがちなイベント系サークルの新入生歓迎会であった。新入生にいい顔をしようとする上級生とただのやさしい上級生、新入生を食い物にしようとする学年問わずの男たち、華の大学生生活に期待や夢を見る者、上下ちぐはぐな服を着た緊張気味の新入生と、そこはまさに無法地帯。大学生活ここにありといった感じであった。
そこに、他の一年生とは一際異なり、異才を放つ者ががいた。とにかく容貌が優れていたし、人に溶け込むのも上手い人物だった。「非常に良い人」を目指す茂樹清隆にとって目指すべき理想であり、強敵であったかもしれない。
これが、古見優雅との出会いであった。
彼は、おそらく頭が良かった。計算して良い人を演じるからこそれが茂樹には如実に感じられた。そしておそらく彼はその場の誰よりもこの環境を楽しんでいた。
いつしかその場にいた誰もが彼の虜になっていた。もちろん私とて例外では無かった。しかし、それと同じくらい、敗北感を感じていた。
彼とまともに話したのは、新入生歓迎会も終盤に差し掛かった際に、トイレで偶然鉢合わせたときであった。
「茂樹清隆くんだよね?」
どうやら名前を覚えて貰えているらしかった。素直に嬉しかったが、劣等感を感じている手前、適度に相打ちを済まして立ち去ろうとしたが、呼び止められる。
「君は、僕と同じだ。いや、僕以上に違いない。互いに、身に余るほどの肥えた自尊心を持つらしい。僕はこうして他人から認められるだけで満足できてしまうソレであるが、果たして君はどうだろう。苦しくはないのかい?」
見透かしたような男の態度にうんざりし、その場を早急に逃げ出そうとも考えた。
しかし、それがおそらく真実であることを知っていた。私が抱えるソレはどうやら他人が抱えるソレとは違うだろうということを知っていた。
もしかしたら、父親の影響であるのだろうか。いや、精神衛生面を考慮し、深くは考えないでおこう。
「そうなのかもしれない。が、そうだったとして、私はどうすればいい。いや、君にどうすることができるのか。」
私は、少し意地悪な返事をしたと思った。誰にだってどうすることもできないのだ。それは、私が一番分かっているはずだった。
「確かに、僕にはどうすることもできない。それは、自分が見つけることだからね。ただ、助言ならばできるかもしれない。聞くかい?」
古見の発言には妙な説得力があった。素直に聞いてみようと彼の眼を見つめ頷く。
「いいね。素直に人の話は聞いた方が良いもんだ、何事も。それじゃ、僕からの助言だが、そのうすら寒い愛想笑いは良くないな。君はそうじゃないし、ここじゃないと思う。君も気付いていると思うけどね。」
歯に衣着せぬ物言いにハッとしたが、やはり、彼には奇妙な説得力があったし、彼の言う通り、自身の居場所がここではないことも、そもそも目指すべき場所が違うことも薄々感じていたことだった。
私は、素直に古見に感謝を告げ、以降、トイレから飲み会の席に戻ることも、そのサークルに顔を出すこともしなかった。