第7話 『好き』の意味
西口との帰り道。さっきもらった手紙の事が頭から離れなかった。
『来週の金曜日に告白するつもりです』
手紙の主の言葉。
来週の金曜日。つまり今からちょうど1週間後に、この人は西口に告白すると私に宣言してきた。
西口が好きなら自分よりも先に告白しろと、そういう内容だ。
まあ、私には関係ないけどね。
西口とはただの友達だもの。
でも……西口は告白されたらどうするのかな。
西口は好きなら女子とかいるのかな。
気になる。
気になるのは純粋な好奇心であって、決して西口が好きだからじゃない。
そうに決まってる。
「あのさ」
「ん?」
「西口はさ、好きな人って……いるの?」
少しだけ考える素振りをするけど、そんなに時間はかけずに口を開いた。
「赤川とか」
「ええっ!?」
わ、私!?
西口って私の事が好きなの!?
どどどど、どうしよう、子供とか何人作れば……。
「あとは、雪村とか」
……ああ。
ああ、そういう事ね。
雪村っていうのは、西口の男友達の名前だ。
要するに西口は私の質問の意図が理解出来ていない。
「そうじゃないわよ。ここでの『好き』っていうのは、『彼女にしたい』とか……そういう意味での『好き』のことよ」
「そういう事か。だったら、いないな」
「え、即答なのね」
「誰かに惚れるってのは、よく分からん」
ふーん、そうなんだ。
何でか知らないけど、ちょっと心が軽くなった。
「じゃあさ、その……誰かに告白されたらどうするの?」
「あー……」
首をかしげて考え始める。
「どうなんだろうな。相手次第なんじゃないか? まあ、俺に惚れる女なんていないと思うが」
いるのよ。いるいる。
相手次第って事は……。
1週間後に西口が彼女持ちになっていてもおかしくないわけだ。
ふーん、そう……。
いいんじゃない? うん。
西口に彼女なんてめでたい事じゃない。
友達として素直に喜ぶべき事よね。
でも、相手次第って事は……。
私が告白したらどうするのかな……。
馬鹿。何考えてんのよ。
全部あの手紙のせいだわ。
大丈夫。今は気が動転しているだけで、きっと明日になればいつも通りに戻っているはず。
そう、そうに違いない。
その後は一言も喋らずに、帰り道を2人で歩いた。
✳︎✳︎✳︎
結局、あの手紙の事が頭から離れなかった。
今は火曜日。刻一刻と告白の金曜日が近付いている。
西口に告白する人ってどんな人なんだろう。
その人から手紙を預かった、望月くんなら知っているはず。
そう思って、聞いてみる事にした。
「望月くん。この前の手紙、あれって誰が書いたの?」
望月くんはキョトンとした表情をする。
「この前の手紙? 何の話かな」
「先週の金曜日、私に校門で渡したやつよ」
「……あー、そんな事もあったかもしれないね。でも、ごめん。自分で言うのもなんだけど僕って顔が広いからさ、そういう事ってよく頼まれるんだよね。だから、いちいち覚えてないよ」
「覚えてないって、そんなに前の事じゃないでしょ? もう忘れてるの?」
意図せずに、声を少し荒げてしまった。
それに対して望月くんは私に微笑みを向ける。
「申し訳ないけど、本当に覚えていないんだ。それにしても、随分と必死に聞いてくるんだね。僕は覚えてないけど、余程の内容だったのかな」
「べ、別に、必死になんてなってないわよ」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、もう僕に用はないよね」
「……そうね」
そうは言われても、やっぱり気になる。
他に知ってそうな人って……。
✳︎✳︎✳︎
昼休みに西口のいるA組を訪ねた。
といっても、用があるのは西口じゃない。
「赤川さん、どうしたの?」
クラスの人に頼んで、雪村くんを教室に前に呼んでもらった。
「急にごめんね。雪村くん」
西口の友達なら、西口に惚れてそうな女子を知っているかもしれない。
そう踏んで、彼を頼ってみた。
「西口について聞きたい事があるんだけど……」
「うんうん」
「西口の事を……好きな女子っているの?」
「えーっと……俺の知る限りじゃ分からないな。あいつって、そもそも友達自体少ないし。」
「そう……」
「赤川さんって西口と仲いいの? 知らなかったな」
「まあ、そうね」
「もしかして、西口の事が好きとか?」
「は、はあ!? そんなわけないでしょ!?」
思わず大声出して、廊下の生徒たちの注目を集めてしまった。
私と雪村くんを見て、ひそひそと話している人もいる。
「ご、ごめんね。大声出して……」
「いや、こっちこそ失礼な質問してごめん。俺の知る限りじゃ西口の事が好きな女子はいないと思うけど、料理部の人に聞いてみたら? そこら辺の人間関係は俺も知らないし」
「あ、それを忘れてたわ。同級生だと誰がいるの?」
「西口の話の中に出て来たのは……えーっと、確か……ウメザワだったかウメザキだったか。今年はB組って言ってたかな」
「分かったわ。ありがとう、雪村くん」
「大した事はしてないよ。それじゃ」
雪村くんは小さく手を振って教室に戻って行った。
私はそのままB組に向かった。
✳︎✳︎✳︎
B組で雪村くんの言っていた料理部の人を読んでみた。
ウメザワかウメザキか分からないから、とりあえず『ウメザキさん呼んでもらえる?』って言ったら通ったから、恐らくウメザキさんで合っている。
教室から背の小さい可愛らしい女の子が出て来た。
「私が梅咲……ですけど……」
か細い声で私を上目遣いで見つめる。
怯える小動物のような様子をしていた。
怖がらせているかもしれない。得意ではないけど、出来る限りの優しい表情を作って話しかける。
「急に呼び出してごめん。私は赤川よ」
「はい……赤川、さん。……赤川さん?」
「聞きたいんだけれど、西口の事は知ってる?」
「あ、はい。同じの部活ですから……」
「じゃあ、部活内で西口と仲のいい女子っている?」
梅咲さんは私の質問を聞くと、俯いてしまった。
そして、俯いたまま答える。
「西口くんって寡黙だから、人と話しているところって、あまり見た事ないです。私とも、1週間に1回話すか話さないかですし……」
「そう……」
ここでも収穫なし。
一体何者なのかな。西口を好きな人って。
「ありがとう。私はこれで……」
「あっ、ちょっと待ってください!」
梅咲さんは私の制服の袖を掴んだ。
さっきまでの様子からは考えられない大声だった。
「ど、どうしたの」
「あの、赤川さんの好きな食べ物って何ですか」
「え……えっと、プリンとか? でも、どうしたの急に」
「いえ、大したことではないので。それでは!」
梅咲さんは慌てて教室に戻って行った。
何だったのかな。
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結局、手紙の主の正体は分からずじまい。
今日は木曜日。
西口が告白されるのは明日。
時間は書かれていなかったら分からないけど、もし私が告白するなら今日がタイムリミットと考えていい。
もし、って何よ。
私は告白なんてしない。
だってそんな事して、もし西口に嫌われちゃったら……。
そばに入れなくなったら……。
そんなのは絶対嫌だ。
だから、何もしなくていい。
告白なんてしなくていい。
そもそも、ただの友達なんだから。
……じゃあ、何でこんなに必死になっているの?
何で必死に、西口に告白しようとしている人を知ろうとしたの?
いや、関係ない。
ただの友達。
友達として、好きなだけ。
私は何度も何度も、頭の中でそう呟いた。