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第6話 気付いた時には恋してる

 ここから8話まで過去編です。

 赤川さんが西口くんに告白するまでの話。


 今日は掃除当番。

 この後部活があるからさっさと終わらせないといけない。

 ホウキを出来るだけ素早く動かす。


 その時、一緒に掃除している男子の掃除の仕方が目についた。


「ちょっと、西口くん」


 西口天哉(にしぐちてんや)


 特徴といえば、少し平均より身長が高いくらいで目立った所はない。

 クラスでは大人しめだから、私はあまり話した事ない。


「ん、どうした」


「ここ、掃かないとダメじゃない」


 教室の隅にある傘立ての下の埃。

 目立たないからか、結構無視する人が多い。

 こういう所を放っておくから、虫が湧くかもしれないのに。


「ああ」


 こっちを見向きもせずに素っ気なく返事をして、傘立てをどかし始める。

 彼の事はあまり知らないけど、冷たいというか、他人に無関心といった印象がある。


 自分の持ち場に戻ろうとした時、ヒソヒソ声が聞こえた。






「赤川って、ちょっと怖いよな」






 掃除当番の男子生徒同士が小声で話す。


 まあ、聞こえてるんだけど。


 怖いという自覚はある。

 人に注意したり、意見を言う時に、つい刺のある言い方になってしまうのは私の悪い癖だ。


 直したいとも思っているけど、染み付いた性格を直すのはなかなか難しい。


 そのせいで、私を煙たがっている人は少なくない。


 それは、ちょっと寂しくはある。





 掃除が終わって、弓道部へ行く準備をしている時だった。


「おい」


 聞き慣れない声がした。

 声のする方を確認する。


「西口くん、どうしたの」


 西口くんはまっすぐと私を見据えていた。

 無機質な表情からは、感情が何も読み取れない。


 少し、怖いと思った。


「さっきの事なんだが」


 掃除の時に注意した事。

 何だろう、怒ってるのかな。






「ありがとな」





 予想してなかった言葉が彼の口から出た。


「え、何で?」


「俺、いつも傘立ての事気にしてなかったからな。教えてくれてありがとう。次からは気をつける」


 何考えてるか分からない人だったけど、そんな風に思っていてくれたんだ……。


「別に、わざわざ礼なんて言いに来なくていいわよ」

 

「そうか」


「私、もう行くから。じゃあね、西口くん」


「ああ」


 彼は一言返事が多いようだった。

 ただ口数が少ないだけで、決して冷たい人ではないんだと、私は西口くんの事が少し分かった気がした。





✳︎✳︎✳︎





 西口の事が気になり始めたのは1年の頃のあの掃除当番の一件からだった。

 あれから席替えで隣の席になって、少しずつ話をするようになった。


 西口からはあまり話しかけて来ないから、ゆっくりだけど、西口の事を知っていった。


 料理が好きで、料理部に入っている事。

 兄と姉が甘やかしてくる事。

 唯一の友達の雪村くんの事。


 何度も会話を重ねていくうちに、私にとって西口がどういう存在なのか分かって来た。


 安心出来る存在。


 私は怖がられる事が怖い。

 自分の言動で他人がどう思うのかいつも気になってしまう。


 でも、西口は私の事を怖がらずに接してくれる。


 それが嬉しくて、安心出来た。





 そんな西口とも、2年になって別のクラスになってしまった。

 話す機会が激減してしまったので、私はいつも校門で彼を待つ事にした。


 こんな事していると、まるで彼氏彼女みたいだけど、決してそういうわけじゃないわよ。


 ただ()()として、彼と話す機会が欲しいだけなんだから……。


 西口、今日は遅いわね。


「あれ、赤川さん。こんな所で何してるの?」


 声をかけて来たのは同じクラスの男子の望月(もちづき)くんだった。

 同じクラスといっても、今年から一緒になったから、まだほとんど関わった事がない。


「別に、何でもないわよ」


 他のクラスの男子を待ってるなんて知られたくない。

 

 別に、やましい事をしているわけじゃないけど。


「なんだ、()()()()()西口くんを待ってるのかと思ったけど、違うんだ」


 もう知られてた。


「ま、待ってなんかいないわよ! 私はここでボーッとしてるだけで、西口と会うのは……そう、たまたまよ!」


 我ながら苦しすぎる言い訳だった。


「ふーん、そっかそっか。それはそうとさ、ある友達から君に伝言を預かってるんだよね。」


「伝言……?」


「はい、コレ」


 望月くんから丁寧に折り畳まれた紙を手渡される。


「じゃ、そういう事で」


「ちょっと、何の伝言よ」


 私の呼び止めを聞き流して、望月くんはさっさといなくなってしまった。


 一体、何なのよ……。


 とりあえず見てみた方がいいわね。


 折り畳まれた紙を開いてみると、そこには女の子らしい丸っこい字が羅列していた。


 なになに……。


『赤川さん、こんにちは。突然手紙なんて、すみません。でも、どうしてもあなたには伝えておかなければいけない事があります』


 結構深刻な内容らしい。

 少し、深呼吸してから続きを読み進める。






『私はA組の西口天哉くんが好きです』






 その一文を見た瞬間、妙な感覚がした。

 心臓を鷲掴みにされるような感覚。

 嫌な感じだ。


『私は彼に告白しようと思います。でも、私が西口くんと知り合ったのは最近の事ですから、以前からお付き合いのある赤川さんに告白を先にお譲りします。私は()()()()()()に告白するつもりです。私の勘違いだったら申し訳ないですが、もし赤川さんも西口くんの事が好きなのなら、お互いに頑張りましょう。』


 ……何よ、コレ。


 意味分かんない。


 私はただ西口と一緒にいたいだけで、恋人になりたいわけじゃないのよ。


 そう、名前は書いてないけど、全部この手紙の送り主の勘違いよ。


 だから、私には関係ない。


 こんな手紙、関係ない。


 西口が誰の彼氏になろうと、関係ない。


「私は別に……そんなんじゃ……」


 ふと思い浮かぶのは西口の顔。


 西口の声を想像して、西口の言葉を思い返す。


 稀に見せる西口の笑顔を思い返す。


 何でこんな……どうしてこんな気持ちのなるの……?





「赤川、待たせたな」





 西口が部活から帰ってきた。


 いつもの事。


 いつもの声。


 いつものセリフ。


 いつもの表情。


 だけど、私はいつもと違った。


 西口に対して何も言葉が出てこない。


「どうした」


「あ、あの……」


 胸の奥が炎が灯ったように熱くなって、顔にまでその熱が届く。

 肺や心臓が灼けそうになる。


「顔が赤いぞ。具合でも悪いのか」

 

 西口が顔を近づけてくる。

 何を考えているのかイマイチ分からない表情。

 特徴的なものがあるわけでもない顔のパーツひとつひとつに目がいってしまう。


「な、何でもないから!」


 慌てて西口と距離を取る。


「……すまん」


 表情は変わらないけど、声色から何となく、私が西口を傷つけてしまった事は分かった。


「その、ちょっと……疲れてるだけだから。心配してくれて、ありがとね」


「……そうか」


 声色が少し明るくなった気がする。


「じゃあ、帰るか」


「うん」


 そして、いつも通りに並んで歩く。


 いつもと違う気持ちを抱えながら。

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