第2話 こんなにかわいかったっけ
雪村のアドバイス通りに、赤川をデートに誘おう。
赤川が校門で俺を待ってくれるようになってから、俺も赤川を待つようになった。
赤川の弓道部が終わるのを待つ。
しかし、妙に落ち着かない。
いつも適当な事を考えて時間を潰しているが、今は赤川の事で頭がいっぱいだ。
いつもと同じ事をしているのに、友達から恋人になるだけでこうも変わるのか。
こういう時は雪村を数えよう。
雪村が1人、雪村が2人、雪村が3人……。
……赤川が1人、赤川が2人、赤川が3人、赤川、赤川、赤川、赤川……。
「赤川ぁ!」
「きゃっ! 何よ大声出して!」
「あ、赤川」
赤川の事ばかり考えていたら本人がいつのまにか目の前にいた。
夕焼けに照らされた赤髪が光り輝いていて、その美しさについつい見惚れてしまう。
目はつりあがっているが細くはなく、大きく見開かれた瞳は、よくよく見ると小動物のようで愛らしい。
……って、どうした俺。何だこれ。何でこんな事考えているんだ。
前からかわいいとは思っていたが、赤川ってこんなにかわいかったのか。
「な、何よ。ジロジロ見て……」
「す、すまん」
「べ、別にいいけどさ」
落ち着け俺。
恋人といっても、まだ俺にその気はないんだ。
だって知らないうちに恋人になってたわけだし。
まずは俺自身の気持ちをちゃんと確かめないと……。
そのためには赤川をデートに誘わなければ。
「じゃあ、帰るか」
「うん」
赤川が俺の隣に来る。
いつもと同じ距離。
なのに、いつもとは違う事を考えてしまう。
いい匂いがする。
今までは『女子って何でいい匂いするんだろうな』とか呑気な事を考えていたが、今はこの匂いのせいで頭がクラクラするし、心臓がバクバク跳ね上がる。
こんな状況で赤川をデートに誘えるのか?
いや、無理だろこれ。
「あ、あのさ」
「何でしょうか」
動揺し過ぎて敬語になってしまった。
「……ううん、何でもない」
「そうか」
赤川が顔を赤くしているのは、この距離だとよく分かる。
具合が悪いんじゃないよな、照れてるんだよな、これ。
くそ、かわいすぎか。
隣り合って歩いていると、赤川と俺の手が微かに触れる。
俺はその時に違和感を持った。
赤川の手を見ると、強く握り拳を作っていた。
もしかして、昨日言ってた事か。
……そうだな。曲がりなりにも今は赤川の彼氏だ。彼氏らしい事しないとな。
俺は赤川の手に自分の手を滑り込ませて、強すぎず、弱すぎずで握った。
「あっ……」
赤川が驚いて声を漏らすが、続ける言葉はなかった。
柔くてすべすべしているが、所々にカサついたものの感覚がする。
マメだろうか。赤川は弓道部だからな。
料理部の俺には当然そんなものはない。男として少し情けなくなる。
きっと今、俺の顔も真っ赤になっているんだろうな。見なくても分かる。
……さて、俺は口数が少ない。
手を繋いでから赤川はずっと喋らない。
つまり、会話が生まれない。
悪い気分ではないが、俺は赤川をデートに誘うという使命がある。
このままだと黙ったまま、いつものT字路で解散することになる。
どうしよう。
T字路に着いてしまった。
「また明日ね」
赤川が俺の目をしっかり見てくる。
ちょっと寂しそうな顔……に見える。
俺も正直、寂しい。
「あの、西口」
「ん?」
「手を離してくれないと、帰れないんだけど」
「ああ、すまん」
名残惜しいが、握っている手をゆっくり離した。
「じゃあね」
「おう、また明日」
そして、彼女の後ろ姿を見送った。
……何か忘れている。
あ、デートだ、デート!
「ちょっと待ってくれ!」
彼女の手を再び握る。
「え、どうしたの?」
キョトンとした表情の赤川もかわいい。
そうではなくて、言わないと。
勢いだ。このままの勢いで言え。
「今度の日曜、空いてるか」
「う、うん」
「その、日、俺と、デート、行こ、う」
緊張しすぎて辿々しくなってしまった。
「本当に!? 行く行く!!」
赤川は今まで見た事のないくらい満面の笑みを浮かべる。
くそ、天使か。
「詳しい事は後で決めよう。じゃあな」
「うん! また明日!」
俺は軽く手を振って一目散に駆け出す。
もうダメだ。俺の心臓が限界だ。
家でゆっくり休ませないと。
よく頑張った。俺の心臓。