第10話 俺の気持ち
俺は部活が終わるとすぐに校門に向かった。
今日は時間的に赤川が先に待っているだろうか。
校門にはいつもの奴が待っていた。
「今日は私が先ね」
「……そうだな」
赤川が無邪気な笑顔を俺に向ける。
俺は今日、真実を伝えなければならない。
赤川は1ヶ月前に俺に告白した。
だが、俺はそれに気付かずに友達としか思っていなかったという真実を。
それはきっと、この笑顔を壊す事になる。
それでも俺は、赤川を傷付ける覚悟をしてきた。
今度は逃げない。
絶対に逃げるわけにはいかない。
「西口、なんか顔、怖いわよ」
赤川が俺の顔を覗き込む。
顔の距離が近くなる。
かわいい。
愛おしい。
俺はやっぱり赤川が大好きなんだ。
「あ、ああ……何でもない」
そして俺は、その最愛の人に残酷な事をしなくてはならない。
想像しただけで苦しくなる。
こんな事したくない。
ずっとこのままの方が楽だ。
でも、このままじゃいけないんだ。
赤川が俺に向けてくれた気持ちを無視する訳にはいかない。
ここで無視したら、逃げたら……。これから先に辛い事があっても、また逃げてしまうと思う。
だから、ハッキリさせないといけない。
「日曜日は楽しかったわね」
「……そうだな」
例え、今の幸せが壊れてしまうとしても。
前に進まないといけない。
今日の赤川はいつもより口数が多かった。
昨日のデートの事で機嫌がいいのか。
あるいは、俺がいつも以上に喋らないから気を使わせてしまったのか。
分からない。
そして、いつものT字路に着く。
「あのさ、西口」
「ん」
「今週の日曜もさ、デートしない?」
恥ずかしそうに赤川が言う。
デートしたい。
したいに決まっている。
でも、俺は……。
今の俺にそんな資格はない。
「……どうしたの? もしかして、雪村くんと用事あった? だったら、そっち優先で大丈夫よ」
逃げちゃダメだ。
逃げちゃダメだ。
逃げちゃダメだ。
「西口……泣いてるの?」
心臓が芯から締め付けられて、涙が目の奥から込み上げてきた。
抑えられない。
ボロボロとこぼれ落ちる。
俺は、本当に情けない男だ。
「どうしたの? 大丈夫?」
「赤川……お、俺は……」
指で目に溜まった涙を拭う。
赤川の目をちゃんと見るために。
「大事な話があるんだ」
それに応えるように、赤川は真剣な表情で俺の目を見る。
「……うん、何?」
「聞きたい事があるんだ。お前は、お前は……」
「うん、私が……何?」
「お前はいつ俺に告白したんだ?」
「……え、どういう事?」
俺の言葉に顔をしかめる。
純粋に俺の言っている意味が分からないのだろう。
「お前、先週に言ったよな。俺達が付き合って1ヶ月だって」
「うん」
赤川の表情が少しずつ不安の色に染まる。
その様子を見ると胸が締め付けられる。
俺は今まさに、赤川を傷付けようとしているんだ。
「あの時だったんだ。俺とお前が付き合っている事に気付いたのは」
「……どういう事?」
「だから、俺はお前にいつ告白されたのか分からないんだ。いつ恋人になったのかも分からない。俺がどんな返事をしたかも覚えていないんだ」
苦しい。
もうこれ以上は言いたくない。
「だから、俺にとってお前は、まだ『女友達』でしかないんだ」
赤川は喋らない。
赤川は俺から表情を隠す。
何を考えているんだ。
どうなってしまうんだ。
もう後戻りは出来ない。
「そう……だったんだ」
表情は見えないが、声が震えているのは分かった。
「変だとは思ってた。付き合ったのに、西口ったら全然態度が変わらなくて……本当に彼女になれたのか不安だった」
「……すまん」
「だから、手を繋いだり、デートに誘ってくれたのは嬉しかった。安心出来た。ちゃんと彼女なんだって……。でも、そういう事だったんだ」
「……すまん」
「ううん、いいの。西口がそういう事に鈍感だって分かってるから。私がもっと、ちゃんと言えばよかったのよ」
「悪いのは全部俺だ。お前の気持ちに気付かずに、お前に嘘をついた」
「いいの……もう……いいのよ……」
赤川が俺に顔を向ける。
涙でくしゃくしゃになった泣き顔を。
俺が、絶対に見たくなかった表情を。
「ごめんなさい。ずっと迷惑だったのよね。ごめんなさい……ごめんなさい……」
「俺の方こそ、本当にすまなかった」
「じゃあ、私……もう……」
「こんな俺でもよかったら!! 俺をお前の彼氏にしてくれ!!」
言えた。
今度こそ、逃げずに言えた。
これが俺の気持ちだ。
これから先、どうなるかなんて分からない。
それでも、それでも俺は赤川と一緒にいたいんだ。
赤川の笑顔が見たい。
赤川の明るい声が聞きたい。
赤川に暖かさ感じたい。
これから先、辛い事がいっぱいあるかもしれない。
赤川の泣き顔を見る事になるかもしれない。
赤川に拒絶される事になるかもしれない。
また傷付ける事になるかもしれない。
それでも、やっぱり、一緒にいたい。
2人で乗り越えていきたい。
それが俺の出した答えだ。
「……どうなんだ?」
赤川は涙をボロボロこぼしたままだ。
「いいに、決まってる、じゃない……!」
言葉を詰まらせながらも振り絞った。
肩で息をしている。
俺はそれを落ち着かせるために、赤川の細い体を抱きしめた。
まだ、震えている。
「すまん。本当に悪かった」
「もう……バカぁ……!」
俺の腕の中で震え続ける。
「もう……泣くなよ……」
「西口だって、泣いてるじゃない……」
「お前が、泣くからだろ……」
より強く赤川を抱きしめる。
もっと赤川を感じたい。
もっと近くで、もっと全身で。
ずっとこのまま離したくない。
「日曜日、またデートしよう」
「……うん」
大好きだ。
大好きだ。
大好きだ。
これからもずっと好きでい続ける。
どんな事があっても、幸せにしてみせる。
これからもよろしくな。
俺の大事な恋人。
もうちっとだけ続くんじゃ。