第1話 身に覚えのない恋人
「それで、晴野さんがさ……」
春が過ぎ、暑い日差しが教室を蒸し暑くするこの時期。
いつものように俺は雪村の好きな女子の話を聞かされていた。
「でもさ、晴野さんったら同じ部活の一ノ瀬くんの話ばっかりするんだよ……。他の男の話をされるのは辛いっていうか、血反吐吐きそうになるよ」
「だったら告白すればいいだろ」
「それが出来たら苦労しないんだよ!」
「何でだ」
「何でって……まあ、西口は恋愛とは無縁な性格してるから分からないか……」
ああ、分からん。
俺は誰かに惚れた事がないし、恐らく惚れられた事もない。
そんなに辛いならさっさと『好きだ』と言えばいいのに、としか思えない。
何をそんなに悩んでいるんだ。
「はあ……でも、晴野さん、かわいいなあ……」
でも、好きな人の話をする時の雪村はすごく楽しそうだ。
俺に好きな人が出来たらどんな気持ちになるのだろう。
俺に恋人が出来たらどんな生活を送るのだろう。
全然想像つかない。
漠然とした憧れみたいなものはあるが、好きな人がいないんじゃ恋愛は出来ない。
やっぱり、俺はそういうのとは無縁の人間なのだろうか。
✳︎✳︎✳︎
料理部の部活帰りに、校門でいつもの奴が待っていた。
腰まで伸びた綺麗な赤髪が特徴の女子。
赤川理恵。1年生の時に同じクラスだったが、今年は別だ。
今年になってから赤川はいつも俺を待つようになった。
「お前、何でいつも待っていてくれるんだ?」
「別に、私の勝手でしょ」
「そうか」
赤川はつり目で言動に刺があるから男子の間では怖がられているが、言いたい事をはっきり言うタイプなだけで、いい奴だ。
俺と一緒に帰るためにわざわざ待っていてくれているんだから。
「あ、あのさ」
「どうした」
「手、繋がない?」
いつもは気の強い赤川だが、あまり聞いた事がないか細い声で言ってきた。
「何で急に」
「だ、だってさ……」
夕焼けに照らされた赤川の顔は真っ赤になっていた。
どうした、具合でも悪いのか。
「私たち……恋人になって1ヶ月になるし、そろそろ手くらい繋いでもいいんじゃない?」
……ん?
……んんっ!?
恋人になって1ヶ月……だと……?
ちょ、ちょっと待て、何故そんなことになっている!?
全く心当たりがないぞ!?
「な、なんとか言いなさいよ」
「え、あ、その……まだ心の準備が出来てなくてな。すまん」
「そう……なら仕方ないわね」
とりあえず、ごまかせたが……。
どうしよう……。
✳︎✳︎✳︎
「それでね、晴野さんがさあ……」
「……」
「ちょっと、聞いてる? 西口?」
「……」
「おーい、西口? ああっ、ジュースこぼしてる! こぼしてる!」
「ん、ああ」
気付いたらズボンがビショビショになっていた。
何だこれ、誰の仕業だ。
あ、俺がこぼしたのか。
「西口、大丈夫?」
「ああ、ダメだ」
「ダメなの!? 何かの病気!? 重い病気なの!?」
「ある意味そうだな」
「ええーっ、死なないで西口ぃ!!」
俺と赤川が……恋人……?
今だに実感が湧かない。
そりゃそうだ。俺から告白したわけじゃないし、された覚えもない。
というか、雪村がさっきからうるさい。
「落ち着け雪村。大袈裟に言っただけだ」
「何だよお! からかうなよお!」
本気で心配くれたのか。少し悪い事をした。
「ところで、雪村に聞きたい事があるんだが」
「ん?」
「これは俺の友達の話なんだが、自分は身に覚えがないのに、いつの間にか彼女出来てた場合ってどうすればいいと思う?」
まさに俺の状況。
「は? 何それ。ラノベの主人公かよ。『知らないうちに彼女出来てましたー』ってか! はー、モテる奴は言う事が違いますわ! 爆散しろ!」
怖い事言うな。
いつも温厚な雪村が鬼のような形相をしている。
「いや、そいつは彼女の事を今まで友達としか思っていなくてだな。それで悩んでたりしてるんだ」
「ふーん……。そいつはさ、彼女と恋人でいるのは嫌なの?」
嫌かと言われると、嫌じゃない。
むしろ嬉しくすらある。
「嫌じゃないな」
「じゃあ付き合えよ! 悩む必要ねえじゃん! モテるからって余裕ぶっこいてんじゃねえぞチクショー!」
こいつ何かのスイッチが入ってしまったんだろうか。
いつも以上にうるさい。
「でも、付き合ってからも色々あるだろ? そこら辺の心の準備とか……」
「別にいいじゃん! 女に好かれてるんだからいいじゃん! そんでもって男も満更じゃないんだったらいいじゃん! ラブラブチュッチュして末長く幸せに暮らせばいいじゃん! おめでとう!」
赤川と恋人でいるのが満更でもないのは確かだ。
だが、中途半端な気持ちで彼女と付き合い続けてもいいのだろうか。
「女の方は真剣なのに、男の方はなーなーで付き合うのはよくないんじゃないのか」
雪村は大きく深呼吸を繰り返して、ようやく落ち着いた。
「はあ……だったら男の方も真剣になればいいでしょ」
「どうやって」
「実際に恋人らしい事でもすれば? そうすれば彼氏としての自覚とか湧くんじゃない?」
「何をすればいい」
「デートとか? いいなあデート。晴野さんとデート行きたい……」
デートか。
昨日まで俺とは縁遠いものだったのに、こんなに身近なことになるとは。
「ありがとう雪村。参考になった」
「うう、今の話で俺のストレスはマッハだよ。ま、いいけどさ。胃痛薬飲んでくる」
雪村は腹を押さえながら教室を出て行った。
最近、書いても書いても没にしてしまうというスパイラルに陥っていたので、勢いで書いて勢いで投稿する事にしようと書き始めたのが今作です。
なので、今作は没にせずに絶対に完結させます。
そんなに長くなる予定はないです。
もし気に入っていただけたのならお付き合いください。