領主の命令
翌日の昼過ぎに、1台の馬車が集落に近づいてきた。馬車の御者は痩せた老人だったが、その横には大柄な男が乗っている。念のためにクロエは武器に手をかけている。ハジメも警戒する。老人は集落の真ん中で馬を停め、ひょいと降りると。
「どうも~、アイラ商会です。さぁ、よったよった~。」
「アイラ商会?」
「あぁ、あれは行商人のようですな。」
(そうなると、一緒にいる男は用心棒ってところか?)
馬車に乗ったままの男のステータスはかなり高く、装備も自分達とは比べ物にならなかった。
「あら~、塩があるわ!」
「布もありますよ!」
「ここはパンを買うのが先でしょう。」
「待て待て、なめし革を作るための薬を買ってからだろ!」
みんな欲しいものを口々に言う。
「あ、あの~、お金ってどうするんですか?」
「あ…」
ニックの一言でみんな黙りこむ。ハジメは木箱の1つからジャラジャラと音のする袋を出した。
「そうですね、必要な物をみんなで考えて買いましょう!」
袋の中には、銀と銅の硬貨が2000ゴルド分入っている。これは王都での10日間の食費に相当するらしい。(王都のバケットが1本100ゴルドくらい)
「ほらほら、見てって~。」
おじいさんは馬車の中から次々と商品を出してくる。
「ハジメさん、まずはパンを買いましょう。これがないとどうにもなりません!」
「いえいえ!お塩ですよ!味気ない料理ともおさらば!燻製も味がだいぶよくなりますよ!」
「塩はなくても死にませんよ、バーバラ!」
「ドナルドさんはお静かに!」
初めてドナルドとバーバラが言い合っているところを見た。クロエもダネルも商品のプレゼンをしている。
「食べ物、服、道具……全部欲しいけど、値段的に厳しいな。念のために残してもおきたいし……」
パンは5本(この集落では1食で1本半を使う)で300ゴルド、塩は一袋(150g)で600ゴルド、服は1着450ゴルド、なめし革用の薬品が中型の瓶に入って800ゴルド。
「あ!そうだ、おじいさん、物の買い取りってしてくれますか?」
「ああ、もちろんいいよ~。」
「みんな、売れそうな物を探そう!」
そうして、売れそうな物としてこれまでに狩った動物の骨と皮を持ってきた。
「あー、これなら…全部で50ゴルドだね。」
「50ゴルドか……」
(あんまり高くは売れないのか)
「やっぱり、食べ物を少し買うだけにするか…」
「あ、あのぉ……これはどうですか?」
ニックが袋から何かを取り出した。
「おー、骨でできた細工品だね。なかなかいいじゃないか。一袋で750ゴルドでどうだい?」
「おー!ニック、どこでそんなものを!」
「こ、この間の雨の日に暇なので作ってました。」
「これでだいぶ買えるぞ!」
最終的にパンを7本、布を1巻、ロープを1巻、釘を一袋、そして、ノコギリを1本買った。
「まいどありー!」
おじいさんに次はいつ来るか聞いたが、二週間はかかるとのことだった。
「でもね、きっとわしみたいな行商人が通ると思うからさ。」
「それと、もしよかったら、行く宛のない人がいたら、ここのことを教えてください。」
「はいよ、それならお安いごようさ。それじゃあねぇ~。」
おじいさんの馬車は去ってしまった。
「ハジメさん……次はお塩をお願いしますよ!」
バーバラはうらめしそうにハジメに言った。
「そ、そうするようにがんばります。」
手元には1000ゴルドほどが残った。
「でも、このノコギリはどうするんだあい、旦那?」
「これで、木を板にしようと思うんです。」
「そりゃいい、板があればマシな家が作れる!」
ここには斧はあっても、ノコギリがなかった。丸太を板にできれば、製作出きるものがぐっと増える。
翌日から村の仕事が3つ増えた。1つは服作り、買った布の一部を服にする、量は作らないが時間がかかる。これは主にニックとバーバラが担当した。2つ目は木の伐採。手頃な木を切り、拠点へと運ぶ、ハジメとダネルとドナルドが担当した。最後は板材作り、これが大変だった。繊細でかつ体力のいる作業、これもハジメとダネルとドナルドが行うが、木の皮を剥ぎ、短く切り、固定して切る。比較的柔らかい木を選んではいるが、なかなか切れないし、時間もかかった。そして何より、人力がそこに集中してしまうことが問題だった。
「あ、クロエが帰って来たー!お帰り~。」
ヒューゴが無邪気に出迎える。笑顔のクロエだが、どこか暗い。
「すみません、これしか取れなくて……」
クロエの背中にはキツネが1匹だけ背負われている。
「いいんだよ、十分じゃないか。」
「いえ、キツネは食べられるところが少ないですし……私もうまく罠を作れたら……」
クロエは戦闘能力は高いが、それが狩猟に生かされたわけではなかった。相手が襲ってくる魔獣であれば実力を発揮できるが、魔獣もそんなに多いわけではないし、そもそも魔獣は食べられない。
「明日は1度、ダネルも猟に行かせてはどうでしょう?」
「そ、そうですね。」
翌日はダネルとクロエで狩りに行く。それなりの成果は得られるが、代わりに板の生産は鈍くなる。
(人手が足りないな……ここを発展させるには、もっと人がいないと…)
更に4日が経った。ダネルは午前は狩りに、午後は製材をするようになった。木の板はだいぶ溜まってきた。
「そろそろ、家の計画をしましょう。」
「おお、いいですな。」
「問題はどう作るかですけどね。」
「おお、それなら、俺がやるよ。」
「え!?ダネルさん、家も作れるんですか?」
「まぁ、そんなに立派なものじゃなくてもいいならだけどな。」
「ぜひお願いします!」
「おう、任せとけ!」
翌日から、ダネルとニックは家造りを始めた。基礎となる部分に石を運び、太い丸太で柱を立てる。人力でやるのは骨が折れるが仕方なかった。こういうときは土魔法を使える人がいると、ずっと早くできるとダネルは言っていたが、残念なことに土魔法を使える者はいなかった。
その合間にもダネルは狩りの手伝い、製材の手伝いをした。もちろんハジメやドナルドも手伝いをしたが、ダネルは誰よりも働いていた。
家を造り始めてから5日が経った。食料はパンがなくなり、ベリーと肉(もしくは燻製肉)に依存していた。当然ダネルも狩りに行き、午後は家を造った。その日は気温も上がり、汗を流しながらハジメとドナルドは板を作っていた。
「ジャガイモもだいぶ育ちましたね。」
「ええ、葉が繁ってきて、順調です。」
「ジャガイモが採れるようになったら、ダネルさんとクロエの負担が減りますからね、楽しみです。」
「そうですね。来年はもう少し大きな畑にしても大丈夫かと思います。バーバラも手伝いをしてくれるようなので。」
「それはいい……これを切ったら1度休憩にしましょう。」
「はい!」
休憩をしていると、森かダネルとクロエが帰って来た。大きな鹿を仕留めたようだ。
「おかえりなさい!さすがです!」
「あぁ、これだけありゃあ、次に行商人が来るまで肉は困らないだろう。」
「ダネルさんのやり方がすごい上手で、段々私も罠の感じが分かってきて、たぶんこれからはダネルが付かなくても行ける気がします!」
クロエは熱心に語る。向上心があるところかこの娘のいいところだ。
「そりゃあ助かる。家も来週にはできそうだからな。そっちに集中できるってもんだ。……おっと!」
ダネルはよろけた。
「大丈夫ですか!?」
「大袈裟だな、石につまずいただけだって旦那。」
「さぁ、午後は家を作るぞー!」
ダネルは元気にそう言った。
鹿の解体の仕方をクロエに教え、昼前には解体を終えた。久しぶりにみんなで鹿肉を頬張った。
午後の作業に入り、製材の合間に川水を汲んできたときに、ハジメはニックがテントの中で作業していることに気づいた。
「お、それって骨の飾り?」
「あ!はい、ダネルさんに、『高く売れるから、お前はそれを作るのを優先しろ』って言われて…」
「助かるよ、今日の鹿の骨で作っててくれたんだね。」
(あれ?そうなると今、家を作ってるのはダネルさんだけか)
製材所のドナルドに声をかけてから、ハジメは水の入ったつぼを持って、家の建築現場に行った。壁はりはほとんど終わっているようだった。
「ダネルさーん、お疲れさまでーす。」
しかし返事がない。
(トイレにでも行ってるのか?
ハジメは家の中を覗いた。するとそこには床に倒れているダネルがいた。
「ダネルさん!どうしたんですか!?」
「うぅ……」
ハジメはすぐにダネルのステータスを見た。すると体力がかなり減り、赤文字で過労と出ている。
(まずい!)
「誰か!手を貸してくれ!」
ハジメの声を聞いて、バーバラやニックがやってきた。3人でダネルを担いで、テントまで運んだ。途中でヒューゴが異変に気づいて走ってきた。
「お父さん!どうしたの!?お父さん!」
「ヒューゴ、離れてなさい!大丈夫だなら!」
ドナルドがヒューゴをなだめる。
テントまで運んだものの、過労状態を治す術が分からず、濡らした布を額に当ててやるくらいしかできなかった。クロエのヒールも効果はなかった。しかし、一時間ほどすると過労の文字が黄色に変わり、体力が回復し始めた。寝ているダネルの表情も穏やかになった。
「お父さんさ、立派な家を建てるだって張り切ってたんだ……」
「ダネルなりの罪滅ぼしのつもりだったのかしらねぇ…それで無理して…」
「バーバラ。」
ドナルドがいさめるように言う。
「あ、いや、そんなつもりじゃ……」
(そうだ、ダネルは当初の俺への態度を悔いて、無理をした。いや無理をさせてしまった。俺がちゃんと状態を見てさえしていたら……)
しばらくすると、ダネルは意識を取り戻した。心配そうなヒューゴの表情から状況を察したようであった。
「どうやら、俺としたことが寝ちまったようだな。よし、すぐに続きをやるぜ。」
立ち上がろうとするダネルの肩をハジメはぐっと押さえる。
「どうした?旦那。」
「ダネルさん、無理しないでください。」
「無理なんかしてーねって、ちょっと昼寝してただけで、みんな勘違いしてんなのさ。」
そんなはずはない。鑑定してみても明らかに良くない。
「ダネルさん、俺の魔法で分かるんですよ。」
「……仕方ねーだろ。」
「ダネル、折れるのも大事ですよ。ハジメさんもこう言っているんですから。」
「だからだろッ!」
ダネルは怒鳴る。
「そんな人だと分かりもしねーで、俺は…俺は……自分が情けねーんだよ!」
「ダネル…」
ハジメは大きく息を吸った。
「ダネルさん、俺は、今日までなんとなくここをまとめてきた。」
「?」
「それこそゲームやるのと同じ感覚だった。それは、きっと人を物として扱う領主となんら変わりなかった。」
「そんなことはないでしょうに。」
「変わらないよ…………でも、だから俺は決めたんだ。……約束するよ、ここをみんなが幸せに暮らせる場所にする!」
ハジメは、ダネルの肩を強く叩く。
「だからダネルさん、アンタ1人でも苦しい思いをしたらダメなんだ!俺は、俺の作りたい場所はそんなとこじゃない!」
ハジメの力強い言葉にダネルの目から涙がこぼれた。慌てて、寝袋にうずくまる。
「ちぇっ!領主様にそう言われちゃあ、恐ろしくて、勝手ができねーじゃねーか!休めばいいんだろ!休めば!」
「ダネル。」
「不器用な男ねぇ。」
バーバラとドナルドの目にも涙が溜まっているように見えた。
少しすると、ダネルは眠り、みんなそれぞれの仕事に戻った。
ダネルの体調は翌日の午後にはよくなった。今回はしっかりとハジメの折り紙つきで。改めて仕事のやり方を考え直し、1日の中で、「休まなければいけない時間」を作るようにした。人が少ないと、頑張れる人がいくらでも頑張ってしまう。それに周囲が働いてると休憩は取りずらかった。そのため、大きな仕事のあとは、しばらく座ったり、昼寝をして、必ず休むように決めた。
「領主の命令ですので、しっかり守ってくださいね!」
「わー!初めて偉そうなの見たー!」
「偉いんだっつの!」
ゴツンと拳がヒューゴに落ちる。
「そんな甘い決めごと聞いたことありませんね。ほほほ。」
この決まりと上達したクロエの猟の技術により、コロニーに気持ちのゆとりが少しできた。
家は、ダネルを中心にしながら、ハジメ、ドナルド、ニックもやり方を学び、順調に造られていった。そして、家の着工から12日目。ようやくこのコロニー初の家が出来上がった。
「おー!ちゃんと家だなぁ!」
広さは8畳ほどで、床には石が敷いてあるが、半分は土だ。技術的にも材料的にも木の床をはるのは厳しかったからだ。だが、これでもテントよりは何倍もいい。一段高い木の枠組みはベッドになる。丸太造りのテーブルと椅子もある。
「本当に1番が俺でいいんですか?」
「もちろん、領主様ですので。」
「でも、みんなで造ったんですから、せめて交代で…」
「俺らがアンタのために造ったんだ。大人しく住むのが礼儀だろ?」
「…ありがとう、ダネルさん。」
「自分の領主がテント住みなんてかっこつかねーからだっての!」
その日は新築祝いに塩漬け肉も使って、味のあるスープを飲んだ。久しぶりに味の濃い物を食べ、感動したハジメは、次の行商では、絶対に塩を買うことを密かに誓った。