食べ物は腐ります
入植から4日目、初めて雨になった。前日の夜から重い雲が広がり、それほど強いわけではないが、朝からずっと降っている。 困ったのは寝床だ。地面に直接皮袋を置いていたせいで、皮袋どころか服まで濡れてしまった。代わりに、ダネルが処理してくれたラヴィと野うさぎの毛皮で作られたワンピースのような服を着た。中は皮が直にあたるので、着心地は悪いが、贅沢は言えない。服を着るときにラヴィに噛まれたところを見ると、赤みがあるが、痛みはもうない。脇腹も問題なさそうだ。皮袋をテントの支柱にかけ、乾かしていると、バーバラがテントにやってきた。
「おはようございます。ハジメさん。朝ごはんですよー。」
バーバラはもう、何を言われなくてもみんなの分の朝ごはんを用意してくれる。朝ごはんはパンとウサギの肉のスープ、乾燥させたベリーだ。
「今日はどうしますか?」
「こう雨じゃ外での作業はさせられないしな、みんなでテントの中でもできる作業は思い付きますか?」
「ああ、私には特に思い付きませんが、ドナルドは何か思い付くかもしれませんわね。話しておきますわ。」
「ありがとう。お願いします。」
バーバラはテントを後にした。雨のせいで、濡れ、冷えた体に温かいスープが染みた。どうやら、焚き火は使えるようだ。念のために焚き火の上の屋根に大きな葉を被せ、補強しておいたのがよかったのだろう。
すぐにドナルドがやってきた。ダネルも一緒だ。
「おはようございます。今日はどのようにしましょう。」
「おはようございます。今日は雨なので、外では作業しないようにしたいんですが、何かいい案はありますか?」
「各々の道具の手入れでもいいですが、現状は粘土で器を作るくらいしか思い付きませんな。」
「そうですよね。」
「だが、明日も雨だったらどうすんだ、旦那。」
「それが問題ですよね。さすがに明日も閉じ籠ってる訳にはいかないですよね。」
この集落の食料の蓄えは残り4日分といったところである。長期保存できる塩漬け肉は保存食としてできるだけ食べないようにしたとしても、この調子だとパンは3日目でなくなる。ベリーだけでも死にはしないが、それも大量に採るのは時間がかかる。
「とりあえず、今日は様子を見ましょう。それぞれが自分や道具の手入れ、時間があったら、土器づくりを。」
「はい、かしこまりました。」
ハジメもその日はツボを作る程度で、あとは、ドナルドやクロエからこの国や世界の歴史について教えてもらった。クロエはそれなりの家の出身らしく、知識のステータスも7と高い。(料理、掃除などの家事のステータスは低いが)
「‐簡単に言うと、この世界は3つの大きな大陸があって、世界のはじっこは滝となってると。」
「はい、そこから落ちると魂もこの世から消えると聞きました。」
(現代人としては、地球は丸いよと言いたいが、この世界は本当にそうなってるのかもしれないし、そもそも地球ではないだろうしな)
ハジメがこの世界の常識を色々と教えてもらえるよい機会になった。
せっかくの雨なので、空のツボに雨水を溜めたり、シャワー代わりにしてさっぱりとしたり、悪いことばかりではないなと、思えることもあった。
翌日からは運よく晴れた。朝からクロエたちは狩猟に出掛けた。残ったハジメはニックと屋根をかけた場所の下に石を積み、そこに木箱や枝を使い、何かを作った。
「これはなんですか?」
言われるがままに手伝っただけのニックにはこれが何なのか分からない。
「へへへ、まぁ、見てなって。その内活躍すると思うからさ。」
そう言って、ニックには別の仕事を与えた。
しばらくして、昼前にはクロエたちが帰って来た。しかし、様子がおかしい。体が重そうで、よく見たら顔や服に血が付いている。ダネルも同じだ。ハジメは慌てて駆け寄る。
(強い魔獣にでも襲われたのか!?)
「どうしたんだ!?」
「あ、ただいま戻りました。」
予想外にクロエは涼しげにニッコリと笑った。
「旦那、安心しなって、この血は俺らのじゃねぇて、ほら!」
ダネルとクロエは二人で運んできた物を重そうに下ろした。
「す、すごい!こんな大きな鹿、かな?よく仕留めましたね!」
「はい、これはダネルさんの罠にかかってたんです!」
「まぁ、このくらい朝飯前よ。」
「それで、遠くから弓を打って、弱ったところをとどめを刺しに近づいたら、思いの外暴れて、血が飛んで来ちゃったんです。」
「なーに、ケガはしてねーって。」
「それはよかった。すぐに捌きますよね?」
「あぁ、血抜きが終わったらな。あとは、俺がやっとく、嬢ちゃんは顔でも洗ってきな。」
「ありがとうございます、お言葉に甘えて!」
クロエは小走りで川の方に行った。
肉の解体は昼過ぎに行われた。ハジメは初めて鹿の解体を見た。大きな葉の上で鹿は肉と皮と骨に分けられた。肉は10㎏は超えているように見えた。
「これで、今日は腹一杯食えるな!」
ダネルは嬉しそうに話している。ヒューゴも嬉しそうに走り回る。
「今日食べない分、もらっていいですか?」
「おう、どうするんだ?」
「はい、これから燻製にしようと思うんです。」
「燻製ですか!それなら日持ちもしますね。」
「はい、見よう見まねですが、うまくいけば、無駄にしないで済みますからね。」
ハジメは以前、動画で燻製の作り方を見て、いつか作ってみたいと思っていたのだ。燻製は男のロマンだと。
「では、脂の少ないところを分けてください。その方が保存もききますから。」
バーバラのアドバイスもあり、燻製用に5㎏ほど、肉を切り分けた。
午前にニックと作った燻製器に持って行き、準備をする。
「本当は塩をしたいですけどねぇ…」
バーバラは味を気にしているが、とりあえずは保存がきけばいい。生のままの肉を鑑定すると、腐敗まで23時間ほどだった。
(これをどこまで延ばせるか……)
試しに燻製器に肉をいくらかセットし、下段で火を焚く。適当な木の皮を入れ、煙が出る。20分ほどして、取り出すと、肉にはしっかりと火が通っているようだった。
「おぉ!うまそうじゃねーか!」
「成功ですね!」
しかし、ハジメが鑑定すると。
「だ、ダメだ。」
「どうしたってんだよ?」
「保存期間が1日しか延びてない……」
「それじゃダメなのか?」
「ダメじゃないけど、もっと長くないと……」
バーバラが燻製器の中身を見る。
「うーん、火から近いから、ただ焼けちゃったのね。もっと遠くするか、火を弱くやってみましょう。」
そう言って、残りの肉の半分ほどを燻製器に入れ、本当に小さい火を焚く。
「乾燥させるつもりで、やるといいかもしれないわね。」
「ありがとうバーバラさん。」
(こういうときに家事スキルの高い人がいてよかった。)
燻製器は夜までそのままにすることにして、夕食の準備が始まった。
肉は豪快に焼かれる。塩はないので、塩みのある木の実をまぶし、ステーキにした。
「いただきまーす!」
鹿の肉を頬張る。新鮮だから、思いの外獣臭さはない。歯ごたえは牛のヒレのようで噛みごたえがあった。これでもバーバラが叩いてほぐしている。噛んでいる内に血の風味を感じる肉汁が広がる。
「肉食べてるって感じです。おいしい!」
「うまいなぁ!」
「たくさん食べてくださいね。」
みんな久しぶりにお腹いっぱいになるまでご飯を食べた。
夕食が終わるとハジメはすぐに燻製器を開けた。3時間ほど燻したことになる。中の肉は、表面が乾いているのが分かる。1回目の物とは違う。
「さて、どうかな……」
鑑定、腐敗まで、6日と13時間。
「やった!成功だ!」
(これで雨で獲物が取れないときに備えられるぞ!)