収穫(前編)
バルヴェニ村はもうすぐ7月を迎えるところだ。正確な暦は行商人に確認しながら、日々の作業について日記に記していた。今日は待ちに待ったジャガイモの収穫予定日だ。雨の日は避けていたので、やっと収穫できる。
村の井戸で顔を洗っていると、ミゲルの泣き声が聞こえてきた。行ってみると、ヒューゴが腕組みをして不満そうな顔をしている。
「どうした?」
「なんでもないよ旦那様。コイツが勝手に泣いているだけだから。」
それを聞いて、ミゲルはいっそう大声で泣く。
「何してんだ?ヒューゴ?」
ダネルの低い声が後ろから聞こえ、ヒューゴの顔が青くなる。
「な、なんでもないよ……ただ、俺は『弱虫は大人になっても役に立たない』って言っただけで……」
「何様のつもりだ!謝れ!」
ダネルはヒューゴの頭をグーでゴツンと叩く。ヒューゴの目には涙が浮かぶ。
「別にコイツが弱虫とは言ってないし、普通の世の中の話をしただけじゃんか!」
「屁理屈言うな!」
一喝され、ビクリするヒューゴ。仕方なしに、ミゲルに謝る。
「ごめん。」
ミゲルは泣き止まない。そこにラリーとブレアも来た。
「悪いな、うちのバカが、ミゲルにひどいこと言ったみたいで。今、謝らせた。」
「いいんですよ、子供のケンカなんですから。」
ラリーは明るく応える。ミゲルはブレアの腰に抱きつき、泣き続けている。ブレアは優しく、ミゲルの頭を撫でる。ヒューゴは突然走り出した。
「ヒュ‐」
「いいんですよ、旦那。あのバカはほっといてくれ。」
声をかけようとしたハジメをダネルが遮った。
「でも、ちょっと心配だから。様子見てくるよ。」
ハジメはヒューゴの後を追った。ダネルは困ったような、ばつの悪いような顔でハジメを見つめた。
門を出て、森に少し入った辺りで、ヒューゴはうずくまっていた。
「こんなところにいたら危ないよ?」
「旦那様……」
ヒューゴは涙を拭い、鼻をすすってから顔を上げた。目は真っ赤だ。
「どうしてミゲルにあんなこと言ったの?」
「………」
「何かミゲルに嫌なことでもされた?」
「そういうわけじゃ……」
「でも、何かあるんだね?」
「……アイツさ、いっつもブレアさんにベタベタしててさ、男らしくないんだよ。」
「それで?」
「俺はさ、小さい頃からお父さんに『強くなれ』『男は簡単に泣くな』って言われて、何かあるとすぐ叩かれてさ……なのに、ミゲルはいっつも親に甘えて、赤ちゃんなんだよ。」
いつも明るいヒューゴがそんなことを思っていたんなんてと、ハジメは少し驚いたが、ヒューゴの本当の気持ちはなんとなく分かった。
「だからさ、俺はアイツ、好きじゃないんだよ!」
ハジメが腕を少し動かすと、ヒューゴはぎゅっと目をつぶった。殴られると思ったのだ。しかし、ハジメは腕を組んだだけだった。
「そうか、じゃあ無理して一緒に遊ばなくてもいいんじゃないか?」
「……え?」
ヒューゴはゆっくり目を開ける。
「いやな、別に人間、誰もが誰もと仲良くなれるわけじゃないんだし。ヒューゴがミゲルを苦手なのは仕方ない。じゃあ無理して仲良くすることはないだろ?」
「ホントにいいの?」
「ああ、もちろん。でもな、わざと意地悪言ったり、やったりするのは違うよね?それはわかるね?」
ヒューゴは小さく頷く。
「それで、もしこれから『やっぱりミゲルとまた仲良くできるかもな』と思ったら、そのときはまた仲良くすればいいさ。それが強い大人だろ?」
「……うん!そうしてみます!」
無理に謝らせられたり、仲良くさせられたりしなかったことに満足したのか、ヒューゴの顔に明るさが戻った。
「じゃあ、もう朝ごはんだから、戻ろう!」
「うん!」
二人は一緒に村の中に戻った。




