勇者の末路
「勇者は名前を知られていない、理由はいくつかあるわ。
まず1つは王族が勇者に人が集うのを嫌っているから。
そしてもうひとつは殆どの勇者は自壊するからよ」
どう言う…確かに今まで勇者のその後なんて知らない。
私はいつも勇者に殺されていたから。1番弱いし
お父様の元に来た勇者が私を殺すのは当然だった。
だけど、再度蘇ったとき、勇者の話題は聞かなかった。
私を殺した勇者の名前もその後も、全く知らなかった。
「お父様を倒すほどにまで強くなってしまった勇者は殆どの場合
魔物を殺戮することを楽しむ狂人に堕ちてしまうのよ。
相手を殺す事で成長する喜びを得てしまう。
殆どの勇者はこの喜びに飲み込まれて魔王を倒した後も
ひたすらにひたすらに魔物を殺戮するように動く。
でも、魔王を倒したことで勇者の力は殆ど消滅している。
更にはそんな殺戮を楽しむ勇者に希望だなんて抱かないわよね?
最終的に勇者は自分の行いによって、勇者の力を失う。
それでも我を忘れ、成長の喜びを得る為に殺戮を続ける。
最終的に力ある魔物に殺され、命を失う。
そして、暴走した勇者に恐怖した人達が新たに絶望を生み出し
お父様の力をより増強させ、復活させるのよ」
…完璧なシステムだ、お父様にとってはとても完璧なシステム…
お父様はいつもわざと負けてたのかも知れない…
その結果力を得ていって、手を付けられないほどになる。
勇者という存在さえ、お父様にとっては最高の糧になる。
勇者が勝手に暴走して、勝手に恐怖を振りまいて
最終的に笑うのはわざと敗北したお父様…完璧なシステムだ。
「そして、優しい勇者だなんて存在は成長しないのよ。
魔物を殺し切るという事が非常に少ないからね。
成長をする事も出来ず、道中で勇者は魔物に殺される。
これにより、稀に発生するイレギュラーさえ
お父様が手を下すまでもなく勝手に消滅する。
完璧でしょう? イレギュラーに対しても完全な防御が出来る」
普通の勇者はお父様を倒したとしても結果お父様の糧となり死ぬ。
たまに発生する優しい勇者というのも道中で勝手に死んでしまう。
完璧としか言えないシステムだ。勇者と言う存在は
完全にお父様の掌の上で操られてる、そんな存在なんだから…
「でも、200年前…そんなシステムにあまりに巨大な穴が開いてしまった
自覚はあるでしょう? 200年前に発生した過去最悪の異常事態。
あなたの反乱よ、エビルニア。あなたがお父様の元から離れたことで
今まで正常に動き続けていた歯車が一気に崩壊した。
本来、道中で死ぬ筈だった勇者がお父様の元まで辿り着いてしまった。
あなたという存在が居たことで、本来途中で消えるはずの存在が
最終地点にまで到達してしまった、あまりにもイレギュラーな事態」
私があの時…お父様の元から離れたことで…異常な事態に…
完全だったはずのシステムに大きな欠如が生まれてしまった…
「でも、お父様は異常を起したあなたを利用し、勇者を始末した。
あなたは人類のせいで勇者を裏切ったに等しいのよ」
「ど、どう言うこと!?」
「お父様は私達の恐怖を操れる。自分に匹敵するかも知れない
私達という存在を操るにはそれが1番なのよ」
「……どう言うことなの!?」
「あなたは死ぬ事に恐怖を抱いたでしょう?
だから、お父様はその恐怖を増強してあなたに勇者を殺させた」
「……」
そんな事…そんな馬鹿な事が…確かにあの時、異常な程の恐怖に襲われた。
死にたくないって言う感情が私を全部支配するくらいに…
で、でも、わ、私は結局どっちにしても勇者様を裏切ってる。
「でも皮肉な事に、その行動は全て裏目に出たと言えるわ。
だって、お父様が直接手を下していれば、お父様は致命傷を負っていない。
最弱の勇者であるガルムがお父様を倒しきれるはずがないのだから。
でも、あなたに勇者を殺させたことでお父様を殺しきる手札が出来た。
あなたの最大の技、ワールド・エンド。これがお父様を殺しきる手札。
あなたを蔑み続けたテイルドールが教えた魔法がお父様を殺す手札になった」
ワールド・エンド…普通なら使えない魔法。
無尽蔵に魔力が発生し続けるテイルドールお姉様以外が扱えば死ぬ魔法。
「あなたは人々の奮闘を前に覚悟を決め、お父様を倒すことを決めた。
あなたは恐怖を乗り越えて、お父様と相対する。でも、あなたは優しすぎた。
そうでしょう? あなたがお父様を殺しきれなかった理由は想像出来るわ。
お父様を殺せば私達も死ぬから…そうでしょう? エビルニア」
「……ぜ、全部…」
「えぇ、分かるわ。私は長女よ。あなた達の事は全て理解してる」
ブレイズお姉様は私の全部を理解してた…やっぱりブレイズお姉様には勝てない。
「それが真実よ、あなたは自分を責めすぎない方が良い。
あなたは優しすぎる。勇者を裏切ったのも操られたのが事実なの。
だから、あなたはこれ以上悔まない方が良い、あなたはこれ以上
何かを背負う必要は無い。何もしない方が幸せなのよ。
この世界はそんな風に出来ている。何かを背負おうとする物は不幸になり
何もしない物は何も知らず、ただ幸福に過せる。これが事実よ」
そうかも知れない…ブレイズお姉様の話を聞いて、そんな風に思った。
……何もしない方が幸せ…凄く凄く…皮肉な事実だった。




