反撃
私の目の前に広がっていた光景はただ絶望しかなかった。
殆ど動けそうに無い状態で目の前に広がるのは
こちらに振り下ろされてくる巨大な手。
手の打ちようも無い状態だったけど…偶然なのか
その絶望的な光景が一瞬で希望の光りに包まれた。
「あたしの親友をいじめるなぁ!」
正面、ユミルが居た場所から聞えてきた鈍い衝撃音と
毎日の様に聞いていた声が聞える。
その声に反応した私はすぐにユミルの方に目を向けた。
「く…」
視線の先にあったのは手を振り下ろそうとしていたユミルでは無く
普段の生活からは想像出来ないほどに険しい表情をしたリズちゃんの姿だった。
「はぁ、はぁ…エルちゃん! だ、大丈夫!?」
「リズちゃん…どうしてここに」
「エルちゃんがなんでか途中で変な方向に移動したからさ。
どうしたのかなって思ってたんだけど、途中で見失ったの。
そしたら、大きな手が見えて…急いで駆けつけてきたんだよ」
「そう…なんだ……ありがとう、リズちゃん。何だか、助けられてばかりだね」
「親友なんだから助け合うのは当然だよ!」
凄く…心強い気がした。何だか、安心出来る。
誰かが居るだけで、こんなにも気持ちが軽くなるなんて。
「新手か…でも、無駄すぎるわね。ちょっとだけ首の皮が繋がった程度よ」
「あたしが来たんだよ! 2人なら」
「ふん、雑魚が2人になっても無駄よ!」
最初の狙いはリズちゃん…少し、あの攻撃を根に持ってるのかも。
だけど、攻撃の対象が分散するのは大きなアドバンテージになる。
あの回復量から考えても、一撃で削りきらないと不味い。
「うわ!」
ユミルの攻撃をリズちゃんは避けようとするけど流石に逃げ切れなかった。
「ふふ、雑魚…いや、手応えが…」
「あ、あれ? あたし…」
「え!? いつの間に!」
ユミルの手がリズちゃんに直撃したように見えたけど
既にリズちゃんはその場には居なかった。
私だって、リズちゃんを守る為に色々と手は施してる。
自分以外の対象を転移させるのはしんどいけど、この距離なら可能だった。
「クソ…どうやって…」
ユミルの攻撃が直撃する寸前に私はテレポートを発動させてる。
だから、ユミルから見てみればリズちゃんがいきなり消えたように感じたはず。
きっと、リズちゃん固有の技だと考えてくれたと思う。
だから、あまり連続での攻撃はきっと躊躇う。
少しでも時間を稼いで、最大の技を叩き込みたい。
オーバーヒートの最高火力を叩き込まないと勝ち目は薄いからね。
確実に当てられるタイミングを…なんとか計らないと。
攻撃をして魔力を消耗するのも得策じゃない。
「…どっちを叩くべきか」
やっぱり人数が1人増えるって言うのは大きい。
一撃一撃に中々隙が多いユミルからしてみれば
下手な攻撃は大きな隙を生んでしまうことになる。
相手が1人なら問題は無い隙だろうと2人ならかなり大きな隙になる。
さっきのテレポートでリズちゃんに凄い力がある。
そう印象付ける事も出来てるから私へ躊躇いなく攻撃は出来ない筈。
少しでも時間を稼げれば、私の魔力も多少は回復する。
少しでも火力は上げていかないと駄目だからね。
オーバーヒートの威力は魔力量に依存するんだから…
私は魔力量が少ないんだから…少しでも
「よく分からないけど、あたしはエルちゃんを助ける!」
「リズちゃん!?」
「あなたみたいな馬鹿が強いとは思えないから、そっちね!」
「エルちゃん!」
リズちゃんの接近を意に返していない…
やっぱり高い再生能力があるから、ちょっとした攻撃は効果が無い。
だから、リズちゃんの攻撃をあえて受けてでも私を潰そうって事!?
少なくとも私は1度、オーバーヒートで大ダメージを与えているから…
「やらせないんだから!」
リズちゃんも一気に加速して攻撃をしたけど…
「不意打ちでないのに、私が動くとでも?」
「う!」
リズちゃんの攻撃をユミルは簡単に受け止める。
ユミルの攻撃はすぐにでも私に到達しそう。
あの素早い巨大化が可能な腕は驚異的すぎる!
だけど! ユミルの攻撃が私優先になったとしても!
「うぅ!」
「エルちゃん! この! エルちゃんに手を出すなぁ!」
「無駄なのよ、お前みたいな雑魚には何も出来ない。
力が無い雑魚はそこで大人しく、大事な物が潰される様でも見てなさい!」
握られた…このままユミルが力を込めれば私は簡単に潰れちゃいそう。
だけど、見せしめのつもりなのか、すぐには殺そうとしなかった。
それが、致命的なミス。一瞬でも時間があれば、私は魔法を扱える。
だけど、この距離でオーバーヒートは届かない。
今、私が1人で扱える魔法で大打撃を与えられる魔法はこれしか無い。
でも、今の私は1人では戦ってない。少し危ないし、出来れば使いたくは無いんだけど
ここで何もしなかったら…私も、リズちゃんも死ぬ。それを避ける方法は1つだけ。
「えへへ、油断は禁物だよ…ユミル…1人じゃ弱い魔法も…2人なら出来るんだから」
「な、うぐぁ!」
リズちゃんの攻撃はユミルに大きなダメージを与える事になった。
さっきまで全く応えてなかったけど、今の攻撃はユミルの腹を穿つほど。
出来れば、使いたく無かった方法はこれ…リズちゃんを強化する手段。
強化魔法。他者を強化する、単純な魔法。
自分自身に強化魔法を付与する場合はどうしても加減が必要になる。
何せ、身体が弱い魔法使いじゃ身体が持たない。
だけど、身体能力が高い対象。身体を鍛えてる対象なら問題は無い。
強い肉体は、強化魔法にも耐える事が出来るんだから。
私はリズちゃんの能力を一応は把握してる。一緒に鍛えているんだから。
だから、あの子が身体を壊さないくらいの加減で魔法を掛けた。
それでも、リズちゃんの力であれば対象に大打撃を与える事くらい可能。
「がふぁ…」
「す、凄い力が…でも、一瞬だけ…」
常時掛けていたら、流石のリズちゃんでも厳しいからね。
「ごめんね…リズちゃん、勝手に強化魔法なんて掛けて…いてて…」
「だ、大丈夫!? エルちゃん!」
「うん…でも、もう一撃だけ…まだ、ユミルは…」
ユミルが身体の再生を非常にゆっくりだけど始めていた。
表情からは既に余裕は無さそうだけど、このままだと。
「エルちゃん! 無茶しないでよ!」
「大丈夫…肉体的なダメージくらいじゃ、魔法は…」
「そんなボロボロの状態じゃ駄目だってば! だって、さっき握られたとき!」
確かに少しだけ…内臓とか損傷したのかな…分からないけど
ここで回復魔法に割くほど魔力は残ってない。
このままユミルを放置したら、傷は癒やされる…傷を癒やされたら、国が…
「回復してよ!」
「駄目だよ…ここで決めないと、皆死ぬ…
リズちゃん、もう一度強化魔法を掛けるから…攻撃を…」
「駄目! 回復して! 使えるんでしょ!? 使わないと死んじゃうよ!」
「ユミルを倒し損ねても…皆死んじゃうよ…ボロボロの国に…
ユミルを倒せる戦力なんて…ケホ、無いから。
今しか、倒しきるチャンスはない…だから」
「クソ…人間に負けるなんて事…この、私が…私、が…」
ユミルが這いながらこっちに…このままだと。
「リズちゃん…!」
「いやだ! エルちゃん! 死んだら駄目!」
うぅ、リズちゃんは攻撃をするつもりが…これじゃ、強化魔法を掛けても。
だけど、回復魔法に魔力を割いたら、強化魔法も使えないで意識が無くなる…
そうなったら、回復されて…皆、死んじゃう…
「リズちゃん…お願い、だから…」
「いやだ!」
ユミルがもう…リズちゃんの背後まで来てる…
もう、このままだと…うぅ、なんで…私なんかの為に…
「し…」
「ふぇ!?」
ユミルが手を振り上げると同時に、力無くリズちゃんの背中にもたれ掛った。
ユミルの焦点が合ってない…傷の回復も一気に低下してる。
つまりこれは…気絶…したって事?
「いつの間に後ろに…で、でもどうして…」
「気絶したんだよ…意識を失ったんだ」
ユミルを倒したことでなのか、身体が軽くなった気がした。
私の能力が発動したのかな、倒した相手の魔力を奪う能力。
もう、ユミルは限界だったんだ…トドメを刺す必要が無いほどに…
「そ、それよりエルちゃん! 急いで回復してよ!」
「う、うん…ごめんね、心配掛けちゃって…」
「良いから、ほら!」
リズちゃんが私の手を動かして、私のお腹に移動させてくれた。
これで、回復魔法は扱える。少しだけ集中して自分の傷を癒やす。
命を落とす程の傷から、辛うじて生きながらえる位に傷は癒やせた。
やっぱり、内臓が結構損傷してたみたい…生きてて良かっ…た。
「エルちゃん!? エルちゃん!? 目を開けてよ! ねぇ!
…う、うぅ…開けてよ…開けてってば! ……うぅ、き、きっと大丈夫。
あたしが…あたしが助けるから! 病院に連れて行ってあげるから!」
身体が動かなくなったのは…これで2回目…かな。
でも…死なない……って言う…安心感が…あるよ。
 




