1ヶ月の停滞
あの1件の後だけど、私達はしばらくの間だ待機になった。
非常事態もあってか、国に残れって言われたからね。
そして1ヶ月で状況が少しだけ動いた。
残念ながらロッキード王国の話はまだ来てないけどね
でも状況は確かに動いた。私達の状況じゃなく国の。
だって、国王と面会した勇者候補が出て来たからね。
私達の他にも勇者候補が居る。
今回はその勇者候補の1人が選ばれた。
勿論、私達じゃない。
「あれが国王様にお目通りが叶った勇者候補?」
「はい、名はティアです」
今まで聞いたことも無かったなぁ…
そんなに凄い勇者候補が居るなんて思わなかった。
「国王様に面会できたって事は凄い事をしたんだね、あの子」
「……」
「どうしたの? ミザリー?」
「……ティアさんですが、彼女がこなした依頼というのは…
そのですね…貴族達のお使い…だけです」
「え?」
貴族達のお使いって…へ、へぇ、そんな依頼あったんだね。
私達の所にはそんな依頼、全く来なかったけど…
「お使いって…そんなので国王様に面会できるわけ?
と言うか、前、勇者候補が受けることが出来る依頼って
殆ど討伐だけとか言ってなかったっけ?」
「……か、彼女は貴族の出身でして…
ま、まぁそういう依頼がよく回りまして」
「へぇ、そうなんだ。貴族なのに冒険者してるなんて偉いね」
「ま、まぁ…勇者候補は大体が貴族出身と言いますか…」
「は? そうなの? じゃあ何で勇者候補は討伐だけとか言ったのよ」
「その…あ、あなた達には討伐とかの依頼しか回ってこないので…」
「私達は貴族じゃないけどなぁ」
「そう言う例は珍しいんですよ」
ふーん、私達って珍しい勇者候補だったんだね。
「ちょっと不服だな、それは…何でお使いだけで国王に面会できるんだ?」
「…………」
「ミザリー、黙ってないで言いなさいよ。
と言うかよ、最初の説明で色々と言われたけどさ
実力を示さないと駄目なんでしょ? どうして私達だけ?
それに勇者って奴は魔物を倒せば倒すほど成長するんでしょ?
最初の説明と全然違うけど?」
「あのですね、皆さん…どうして今まで他の勇者候補の話を聞かなかったのか
疑問に思いませんでしたか? 鉢合わせすることもほぼありませんでした」
「それはあなたが依頼を管理してるからでしょ?」
「それもあるですけど…1番の要員が…
殆どの勇者候補は魔物退治をしてないからです」
「は? 勇者なのに? それじゃ成長も何も…」
「……複数の国で勇者候補が居るという話はしましたよね?」
「あぁ、そう言えばしてたわね。それに何か意味が?」
「勇者候補の選定は…最初も言いましたけど…
国の思惑が大きく関わっています。自国に勇者が生まれれば
それが大きな評判となり、大国になれるという思惑が」
「まぁ言ってたわね、本当、魔王が復活しそうなのに随分と悠長な…」
「勇者候補の数が多い理由ですよ、これが」
本来勇者は1人。1人だけが勇者になれるわけだし…
その候補が複数って言うのはまた…
「お2人の場合は異質な経歴があるから勇者候補に選ばれた。
本来であれば勇者候補に選定されることもなかった。
エルさんは兵士の出生、リズさんもただの考古学者の出生。
本来であれば、国の思惑の外側ですが、実績が実績です」
「殆どエルちゃんだけどね」
「そして…はい、本当に…その…言いにくいんです…けど。
本来なら言わない方が良いと釘を刺されてたりするんですけど…
最初、言わなかったのもこれが理由なんですけど…
言っちゃうと…その、わがまま言ったり…うるさいだろうからって…
で、でも、やっぱり言わないと行け無いと言うか、伝えたいというか…
その…あ、あなた達の……た、立ち位置というのは…えっとですね。
いや、私は最も勇者に近い存在とは思いますよ? 思想も実力も。
ですが、国全体としては…ですね…その……えっと…」
「煮え切らないわね、ハッキリ言いなさい」
「……つ、都合の良い…存在です。メインである勇者候補達に
被害が及ばないように…高難易度の依頼を押付けるのには…」
「……」
あぁ、だから私達には凄く難易度が高い依頼が舞い込んでくるんだ。
貴族のお使いとか採取の依頼とか簡単な物が無かったのはそう言う…
「だから、エルちゃんとリズちゃんは正当な評価をされていないと…?
ふざけやがって…冗談じゃない! そんなのあんまりよ!
てか! どうして最初に言わなかったのよ! あの説明全部嘘だったの!?
よくまぁ、平気な顔で嘘なんて吐けたわね!」
「そ、そう言われましても、わ、私にも立場があったんですよ!
今は皆さんの事を知り、本気で協力したいと思ってますけど…」
「ふーん、そうなんだ。まぁ良いんだけどね」
「り、リズちゃん!? こんな理不尽な事されて怒らないの!?」
「え? 怒るって…どうして?」
「い、いやだって…凄く大変な事ばかりしてるのに誰にも褒められないというか
評価されてないのよ? 正しい評価を全く…そう言えば、ランクって奴も
上昇したとか、そう言う話は聞かないわね…まさか…」
「私はそう言うのどうでも良いよ、1人でも多くの人を助けたい。
難しい依頼って酷い目に遭っちゃう人を助けたり出来るしね。
私はそれで良いの。国王様に面会とかどうでも良いし
勇者になりたいって訳じゃない。勿論、今はなりたいと思ってるけど
勇者になる以上に、1人でも多くの人を助けたい。私はそれで良いの」
「私もです。私もリズちゃんみたいに色々な人を助けたい。
それに元々、私は勇者になんかなれるとは思ってないし
資格があるとも思ってません」
「……全く、この子達は…」
「清々しいほどに欲がないな」
何かを欲しがるなんて事、私には出来ない。
私にそんな資格は無い。私は奪ってしまったんだ。
何かを求めるような、そんな資格があるわけが無い。
「本当にあなた達は国からしてみれば何とも都合の良い存在ですね。
欲が無いが人を助けることを拒まない、危険な依頼も引き受ける。
まさに押付けるには打って付けの存在です…本当にふざけてる。
他の勇者候補への依頼は低難易度なのに高収入の依頼ばかり。
なのにエルさんとリズさんに回ってくる依頼は
高難易度で命の危険さえあるのに低い報酬しかない…
この2人が聖人と言っても良いくらいに優しい人達じゃなければ
国を捨てるかも知れないくらいの理不尽さ…
本当に情け無い…私には何も出来ないなんて…」
「気にしないで良いよ、ミザリー! むしろ私は嬉しいよ!
色々な人を助けられるんだから!」
自責の念に駆られているミザリーさんに対して
リズちゃんはいつも通りの優しい言葉を掛けた。
本来なら凄く理不尽だと起るべきだ…でも、リズちゃんは…
「…リズちゃん、欲が無い事は良いことだけど…
でもね、少しくらいは欲がないと駄目よ?
自分がやった報酬分はしっかりと貰わないと」
「私が欲しい報酬は助けた人の笑顔だよ。お金じゃないし名誉じゃない。
助けた人にありがとうって言って貰えて、笑って貰えればそれで良い。
そして皆で楽しく笑えれば、それが私への1番の報酬だから」
リズちゃんは笑って答える。少し呆れてしまうくらいに欲がないよ。
こんなに良い子なのに、正しい評価がされないなんて…理不尽だ。
「……はぁ、呆れるくらいに聖人ね…
でも、正直者が馬鹿を見るのがこの世界よ。
優しければ必ず報われるわけじゃない。
むしろ欲深で卑怯な奴の方が成功するのが世の中って奴よ」
「そんな人に成り下がるくらいなら、私は報われなくても良い」
「全く…」
リズちゃんの言葉には全く迷いが無かった。
真っ直ぐとその言葉を発している。欲がなさ過ぎる。
彼女は本当に良い子だ…良い子過ぎる…
やっぱりいつもリズちゃんが勇者様と重なっちゃう…
「ふふ、こんなにも欲がない勇者候補の保護者というのは大変だな?
報酬もあまり良いのが貰えないし、下手したら冒険者時代よりも
お金を稼げてないんじゃないか? リト」
「そうね、ただの冒険者時代の方がお金稼げてたわね。
でもほら、今はお金より価値ある物、毎日貰ってるから。
私はこっちの方が良いわ」
「ふふ、お前も大概だな、リト」
「私はね、私の事で怒ってるわけじゃ無いのよ。
この子達が…必死に頑張ってるこの子達が正しい評価をされない。
それに腹が立ってるのよ、私の評価なんてどうでも良い。
報酬だってどうでも良い。
でもね、この子達の評価は正しい物が良い。
頑張ってる優しい子達が報われないなんて理不尽すぎるわ」
「私は報われてるよ、毎日楽しいんだからそれで良いの」
「あぁもう…ますます腹が立つ…
こんな良い子が正しい評価をされないなんて…」
勇者候補の裏には色々な思惑がある…それが分かった。
でも、そんなんじゃ、本当の勇者は生まれないんじゃ?
いや、普通の勇者なら強欲で自分勝手な奴が最も相応しいのかも。
自身の成長の為であれば、相手の命を奪う事をいとわないような
そんな欲深な存在こそ、勇者に相応しいのかも知れない。
欲に染まっている人間の英雄にはやはり強欲な人間こそ相応しい…
どうしてそんなシステムになってるんだろう。理不尽にも思える。
魔王に対抗できるのは勇者くらいで、その勇者は魔王と同じくらい
いや、それ以上に強欲でなくてはならないなんて…
これじゃ、まるでお父様の存在が強欲な人間の抑止力になってるみたい。
魔王が居なくなったら…どうなるんだろう…いや、それはもう見え隠れしてる。
お父様が長い間眠っているから、人間の嫌な色が見えてきてるような気がする。
平和だったからなのか、本来人にあったはずの、他者の為に自身を犠牲にする。
そんな掛け替えのない精神が穢れ、自身の為に他者を犠牲にする…そんな精神に。
でも、そんな世界でも人は捨てた物ではないと思える。
だって、リズちゃんみたいにどんな時だって誰かの為に
必死に頑張ってるような、そんな人だって存在しているんだから。
薄汚れている精神の中に埋もれている、宝石以上に輝く精神の持ち主。
リズちゃんはそんな子だ…そんな人に私はまた会えた…
もしリズちゃんに出会ってなかったら…私はどうなってたかな…
「まぁまぁ、今はそんな事よりもロッキード国の人達が気になるよ。
大丈夫かな…避難出来てれば良いけど…うぅ…」
「そうね…ん? でも待って、あの魔術師が瀕死に追い込んでた勇者候補も」
「はい、貴族出身です」
「襲われてるじゃないの…」
「そうですよね…待ち伏せでもされてたんですかね?」
「偶然であったって訳でも無さそうだしね…と言うか
勇者候補だって分かる物なのかしら」
「まさか、勇者候補が襲われているという状況で
どうして勇者候補だと分かる状態で行動するんですか?」
「……ミザリー、あいつに話って聞ける?」
「……はい」
リトさんが何かに違和感を感じたのか、すぐに彼女と面会へ向った。




