重大な選択
いつも通り、魔法陣を組む。ただいつもと違うのは
自分の魔力を過剰なまでに注ぎ込んでいること。
射程は…ギリギリだけど、むしろだからこそ都合が良い。
もし射程範囲内に国が入っていれば、私が門を撃ち抜いちゃう。
「1発目!」
慎重に、深く集中して確実に照準を合わせ、放った。
私が放ったマジックアローは、きっと今までで1番大きい。
と言うか、私の予想以上にデカい!
「ず、随分とデカいのを…」
私自身も驚いてる。ここまで魔力があったなんて。
で、でも、これは嬉しい誤算。これなら確実に倒せる!
「よし、命中!」
私が放ったマジックアローは無事に巨人アンデッドを撃ち抜いた。
巨人アンデッドは一撃でその場に倒れ込む。
「胸にデカい風穴開いたわね! さぁ、こっち気付いたわよ!
エルちゃん! ちょっと触れるけど構わずに2発目よ!
確実に勝負を掛けるために、合図でお願い」
「はい! よし、2発目準備します!」
アンデッド達は私達の存在に気付いて、こちらに向かってきた。
距離は十分あるし、2発目は間に合う。
私の想定だと、3発までの余裕はあったんだ。
2発目は確実に間に合う! そう自信があったからあんな提案をした!
「2発目!」
「OK! 全員、構えなさい!」
私の2発目が放たれると同時に、リズちゃん達は臨戦態勢を取る。
私が放った2発目は問題無く巨人アンデッドを撃ち抜く。
一撃で巨人アンデッドの頭部が吹き飛び、地に伏せた。
「行くわよ!」
2発目が直撃したと同時に私達は走り始めた。
残り1体の巨人アンデッドを撃破出来れば十分!
アンデッド達に接近したタイミングで帰還魔法を発動させる。
そこから10分間の耐久戦。ここが勝負だよ!
「さぁ、近付いてきたわ! エルちゃん!」
「分かってます、帰還魔法の準備出来ました! ここから10分!」
「最初に接近しそうなのはゾンビだね、ここは私が!」
「身体強化を」
「いや、エルちゃんは温存して。私は自分でやる!」
「え!?」
リズちゃんが自分の胸に手を当て
時間が掛ったけど魔法陣を発生させた。
た、確かに身体強化魔法は時間に余裕があるときに教えてたけど
まさか、もう自分に掛けられるくらいにまで!?
「嘘でしょ…身体強化魔法、自分で掛けるの!?」
「私だって、弱いままじゃ居られないから! ずっと練習してきたんだ!
時間があるとき、暇があるとき、ずっと!
まだ発動まで凄く時間が掛るけど、使える様になった!」
「ふふ、流石勇者候補だ。ならゾンビはリズに任せよう!」
「任せて!」
実際にリズちゃんは自分自身に身体強化を掛けていた。
接近してきたゾンビを攻撃したときの一撃は
確かに身体強化が掛ってると分かる破壊力だった。
「うぅ、やっぱりまだエルちゃんやリトさんみたいにはいかないけど
でも、私は魔力量が多いんだ出来るなら、出来る才能があるなら!
ちゃんと生かさないと! もう苦手とかそんなのどうでも良い!」
私達の邪魔をしようとするゾンビ達をリズちゃんはなぎ倒す。
「う、後ろ…」
まだ上手く身体強化を制御出来て無いリズちゃんの背後に
ゾンビが飛びかかってくる。
だけど、ゾンビは目の前に現われた壁に阻まれて
リズちゃんに攻撃することは出来なかった。
「ふ、後ろは私達が守る。お前はまっすぐ行け」
「うん、リズちゃん! 前はお願い!」
周囲から仕掛けてくるゾンビは私達で迎撃する!
「ふふふ、あはは! 最高! 最高よあんた達!
リズちゃん! 正面、あんたに任せるわよ!」
「任せて!」
リズちゃんも精一杯、自分に出来る事を頑張ってた。
最初なんて、魔法なんて嫌だって言ってたのに
それなのに、今じゃ魔法を扱って戦ってる。
難易度も高い、身体強化の魔法を必死に練習して…
自分の才能を最大限生かそうと、必死に努力してる。
苦手だった魔法を、こんな風に…凄いよ、リズちゃん。
「うおりゃぁあぁ! うぅ、上手く制御出来ない…
でも、私はめげないよ! エルちゃんにばかり頼ってたら駄目だ!
自分が出来る事は、自分で! 強くなる為にも!」
リズちゃんの必死の活躍でドンドン進める!
このまま一気に最後の一体を仕留める!
「よし、エルちゃん! お願い!」
「はい!」
射程に入った! リトさんの合図と同時に私はテレポートを発動。
私はリトさんと一緒に、巨人の背後に飛んだ。
リトさんが繋いでた紐で一緒に飛ぶ。
私が近くに居たら、リトさんの攻撃の邪魔になるからね。
「エルちゃん! この場面で、私に身体強化掛けられる!?」
「はい! リズちゃんに掛ける必要が無かったので問題無く!
リトさんの体が耐えられる限界近くまで!」
「凄い力! これなら、確実!」
リトさんの体が耐えられる限界ギリギリの身体強化!
ずっと過ごしていたから、リトさんの限界も分かる!
「さぁ、くたばれ! この巨体がぁ!」
リトさんの重い重い一撃は巨人の太い首をあっさりと両断した。
この一撃で巨人は前に倒れ、足下のゾンビを巻き込んだ。
倒れる方向もリトさんがしっかりと制御していたから
リズちゃん達が巻き込まれるようなこともなかった。
「よし! 巨人ゾンビ殲滅! 後はゾンビ共!」
「まだ時間はあります、少しでも!」
「チ、邪魔立てしおって…全く下銭な人間共が」
「う、うぅ…な、何…」
「あ、頭が…意識が…」
こ、これは…闇属性だったかな、意識というか魂に関する魔法!
黒魔術師!? そうか、もしかして…だとしたら!
「このぉ!」
私は自分自身のドレインフィールドで自分に掛った魔法を無効化した。
意識を奪い、魂を抜き取る魔法だったかな。
デスゾーンだっけ…まさしく死の魔法。
「リトさん!」
「うぁ…あれ?」
リトさんに掛った魔法を無効化、すぐにリズちゃんの方にも移動した。
「よし、後はミリアさん」
「いや、私は大丈夫だ…さて、黒魔術だったか…」
「チ、どうやったんじゃ? どうやって儂の魔法を無効化した?
1人は分かる。エルフじゃからな、しかし貴様ら3人は?
異常状態を無効化する、そんな魔法の使い手か?」
「……誰よあんた!」
私達の目の前に現われたのは、真っ黒のローブに身を包んだ
妖しい雰囲気を醸し出している少女だった。
年齢の雰囲気は私やリズちゃんより若干下くらい。
真っ黒いローブの中に僅かに見える瞳は黒く微かに光ってる。
肌は…若干黒っぽい……
「これは失礼した。儂はクロノスという名じゃよ。
死者の支配者…アンデッドの支配者という立場じゃな。
最も、儂自身はアンデッドではなく、黒の賢者じゃが」
「アンデッドの支配者…じゃあそう! あんたが!」
「そうじゃよ、リスデット・セイクリッド。くく、元気そうじゃな」
「なんで私の名を…」
「主の村を襲ったのが儂じゃからな。主を手に入れるために」
「え…ぁ…わ、私を?」
「儂の実験に最適じゃったんじゃよ、主は。
しかし、2度も情報を得て襲撃したというのに
副産物しか手に入らなかったんじゃ
意識ある死者の情報も大した事無いのぅ」
クロノスの言葉の後、また他のアンデッドとは雰囲気が違う
血色が悪いけど、綺麗な肌をした女の人が姿を見せた。
髪の毛は長い…金髪…肌は恐ろしく白い…
雰囲気は高校生くらい…指先の鋭利な赤い爪が恐いかも。
「すみません、クロノス様…」
「ふん、まぁ殆どのアンデッドは意思なんてないからのぅ。
主は意識ある死者じゃから、意思疎通が出来るが」
「い、意識ある死者…?」
「くく、死鬼等の特殊個体よ。こいつはその長、ミック」
「あんたらの…あんたらの自己紹介なんぞどうでも良いのよ!
どう言うことよ! 私を狙ったって! どう言うことよ!」
「おぉ、恐い恐い。そのままの意味じゃよ?
儂もなぁ、魔王の娘達に取り入るために必死なのじゃ。
何せ、魂を擬似的に生み出すのは苦労するからのぅ。
その実験として、色々な種族のサンプルが欲しかった。
お主の場合は女性であり巨人族と人間のハーフ。
儂が作りたい魂はハーフで女性の魂でな。
そして、魔法も扱えるのじゃろ? お主。
まさに儂が追い求めているサンプルなのじゃよ」
リトさん! 完全に頭に血が上ってる! 不味い!
「リトさん!」
「く! 何の真似よ! エル!」
ま、不味いよ…リトさん、完全に冷静さを欠いてる!
今のリトさんは全く冷静な判断が出来てない!
ま、魔法で押さえつけないと…あの2人は危険!
「リト! 冷静になれ!」
「くく、怒っておるなぁ、随分とまぁ」
「あんたのせいで…あんたのせいで! 私の両親は!
イブは! あんたのせいで!」
イブ、やっぱりリトさんの…
「何を言っておる? そやつらが死んだのは主のせいじゃ。
主が居なければ、そやつらは命を落として無かったじゃろ?
もしくは主がどちらかに居れば、どちらかは助かっておった。
全く儂もあの時は骨折り損という奴じゃったよ。
大した価値も無いサンプルしか手に入らなかったんじゃからな?
儂に謝罪せよ、リスデット。無駄な労力を使わせたと」
「ふざけやがって! 殺す! ぶっ殺す!
あんたはこの手で殺す! 絶対に!」
「おぉ、恐いのぅ。じゃが、まだ主は利用価値がある。
それにエルフに魔法を扱う少女達。うむ、最高じゃな。
1番価値があるのは主じゃが、他もついでにいただくとしよう」
「許せない…絶対に許さない!
リト姉ちゃんが辛い思いしてるのに!
自分の為だけに他の人に酷い事をするなんて許せない!」
「弱者は強者の餌になるだけなのじゃよ。
怨むなら、弱き自分自身を怨むがよい」
「強い人は弱い人を助けないと駄目なんだよ!
弱い人に酷い事をするなんて、あり得ない!」
「馬鹿が、力は自らの為に振るう物。
力も持たぬ愚か者共は強者にただ蹂躙されるだけじゃ。
力を得ようとしなかった自分の行動を怨むことじゃな
力を得る努力をせず、弱者として甘んじていた奴らが悪いのじゃ」
「頑張ろうとしても、強くなれない人だって居る!
そんな人達を私達は護るんだ!」
「愚か者め、弱者は自らの弱さに甘んじる物よ。
誰も、主がどれだけ救おうと感謝はせぬぞ? 勇者候補」
わ、私達の事も知ってる? 確かにアンデッドを迎撃してたし
アンデッドを支配しているという、この人に私達の存在が知られても
違和感は何も無いかな…
「知ってるよ。でも、私は感謝されるためにやってるんじゃない!」
「ふふふ、おぉそうじゃ、面白い事を思い付いた」
「何!?」
「リスデットを儂に明け渡せ。そうすればあの国は襲わぬ。
じゃが、渡さぬと言うのであれば、あの国を滅ぼそう」
「な!」
「儂であれば、容易に城門は破壊できる。
巨人のゾンビを倒したことは褒めるが、無駄な事じゃ
儂とミックの2人が居れば、城門など容易に破壊できる。
弱き市民を救いたいのじゃろ? ならば仲間を明け渡せ」
「そんな事!」
「はん、上等よ! あんたら2人! 私がぶっ殺してやるわ!」
「無茶ですよリトさん! そんなの!」
「さぁどうする? リスデットはこう言っておるぞ?
選択せよ、雑多なる市民共の命か。
たった1人、仲間の命か…さぁ、選べ」
実際、あの2人なら国は滅ぼせてしまうと思う。
でも、リトさんを明け渡すなんて出来ない!
「わ、私は…私は!」
「リズちゃん! エルちゃんにこの拘束を解けと言いなさい!
それだけで良い! それだけで!」
駄目だ、リトさんの拘束を解いたら、今のリトさんは…
絶対に私が渡してるあの魔法陣をビリビリに破る!
そうすれば、リズちゃんが選んだんじゃなくて
リトさんが自分の意思で残ったことになる…
リズちゃんにとって、それが1番楽な選択かも知れない。
自分が命を選んだわけじゃなくて、勝手に決るんだから。
「……そ、それだけで良いの?」
「そうよ! それだけで良いのよ! 早く言いなさい! 早く!」
「……い、嫌だ!」
リズちゃんが振るえてる…自分の選択がどんなことか…理解してる。
リトさんを救って、何人もの命を捨てる…この選択はそんな重たい選択。
リズちゃんにはその自覚がある…でも、こっちを選んだ。
「何でよ! 私を渡さなきゃ、国の人達は!」
「分かってる、分かってるけど…分かってるけど!」
「なら、全員まとめて奪うとするかのぅ。
最も儂はお主がどちらを選ぼうとも全部滅ぼすが」
「あんた…当たり前の様に嘘を!?」
「くく、しかし主は勇者では無いようじゃな。
仲間1人を捨てる事も出来ず、市民を殺す選択をするとは。
主は勇者失格じゃ、愚か者めが」
「……」
「あんたは絶対に許さない! リズの心を弄びやがって!」
「何、死ぬ前に良い経験が出来たじゃろ? ミック、始末せよ」
「了解しました、クロノス様」
「……残念だけどそのくだらない余興が全部を台無しにした」
「死に際に気でも狂ったか? 白髪の勇者候補よ。
いや、主は自分で選択すらしておらぬな、勇者候補でもないか」
「そうだよ、私は勇者候補なんかじゃない。自覚してるよ。
でもね、今の私は大事な仲間達さえ守れれば、それで良いの」
「無駄な事をしたと後悔するといい」
え、エルフの拒絶魔法…何で!?
これじゃ、帰還魔法も…そうだ!
そうだよ! エルフの拒絶魔法の中でも
マジックバックは使えたはず!
「む、防御魔法の応用…じゃが、自ら退路を断ったな。
この魔法の性質くらいは知っておるぞ?
魔力を大量に放出し、固定化させる。
術者が死んでも点在させた魔力が尽きぬ限りは消えぬ。
術者本人にさえ消すことが出来ぬ魔法。テレポートさえ弾く。
エルフの古い拒絶の魔法」
「普通は逃げ道を断つ愚手だけど、裏口があれば話は別だよ
例えばほら、マジックバックはこの空間でも使えちゃう」
「何を…な!」
ミリアさんが拒絶の魔法を放った後、帰還魔法が発動した。
普通の魔法なら弾くかも知れないけど
この帰還魔法はマジックバックの応用だよ。
マジックバックは拒絶魔法の中でも使える。
ミリアさんの行動で一瞬だけ焦ったけどね。




