戦う勇気
ブレイカーの撃退に兵士達はかなりの苦戦を強いられている。
このままだとこの避難所まで進行されてしまうかもしれないとか。
兵士達が総出で動いて居るのに、ここまでの被害は不思議だよ。
「確かにブレイカーは強い…だが、何故ここまで…」
お父さんもこの状況に疑問を抱いてきている。
お父さんは兵士だからね、今日は負傷もあるし非番だったからここに居るけど
兵士達の戦力は良く把握しているはず。
そのお父さんがこの状況に疑問符を浮かべると言う事はつまり
この状況は本来、あるべき状況じゃない。何処かでイレギュラーがあると言う事。
小さな国なら分かるけど、ここは王都。かなり大きな国。
戦力もかなりあるし、個々の実力だって相当高いはずなのに
ここまで追い込まれている…いくら強力な魔物だろうとこれはおかしい。
「ジェルさん。非番で負傷をして居る中…悪いのですが」
「…分かってる、非常事態だからな。俺が行って何が変るかは分からないが」
「あなた! その怪我じゃ!」
「エイリーン。心配してくれてありがとう。だけど、仕方ない事だ」
「無理だよ! お父さん!」
「国民を守るのが俺達兵士の役目…ではあるが、
それ以前に俺はお前らの夫であり父親だ。
俺には大事な家族を護る使命がある。
家を守るのが俺の役目。お前らは俺を迎える準備をしておいてくれ。
何、俺が帰ってきたらお帰りなさいと言ってくれればそれで良い」
「あなたが帰ってこなければ何の意味も無いじゃない!
私達を護るって言うなら! なおさら行かないでよ!」
「そうはいかない。俺にも俺の意地があるんだから」
「あなた!」
お父さんは私達の叫び声を背にして避難所から出て行った。
お父さんの怪我は確かに致命傷では無いけど…それでも
しばらくの安静は必要な怪我…お父さんが強いのは知ってる。
でも、あんな怪我じゃ…いくらお父さんでも…
「う、うぅ…私が…もっと早く避難してたら…少しくらいは…」
「……」
こう言うとき、私はどうすれば良いんだろう。
お父さんの後を追うべき? うん、私なら助けになれるはず。
だって私は実戦でブレイカーを圧倒したんだから。
だけど、あの魔法の腕がバレてしまったらどうなるか…
あまりに目立ちすぎると、お姉様達に私の存在がバレる危険性がある。
テイルドールお姉様とミルレールお姉様は気付かないかもしれない。
だって、あの2人は私に対した興味は示さなかったから。
だけど、ブレイズお姉様とレイラードはどうだろう。
きっとブレイズお姉様は私の話を聞いたら正体を察する可能性がある。
ブレイズお姉様は頭が良い。私の戦いを見たら、きっと正体がバレる。
「……」
「エルちゃん…?」
今の状態で…姉妹達と戦っても勝てるわけがない。
だから、出来れば目立ちたくはない…だけどこのままだとお父さんは…
「エルちゃん! 何か悩んでるの? でも、悩んでる場合じゃないよ!」
「で、でも…」
「自分のお父さんが危ないのに、何を悩む必要があるの!?
私は行くよ! だって、エルちゃんのお父さんを見捨てられないもん!」
「馬鹿な真似はよしなさい! あなたに何が出来るって言うの!?」
「何も出来なくても、何もしないよりは良い!」
「無理よ! あなたじゃ邪魔になるだけよ! ただの子供が自惚れるな!」
「じゃあ! 何もしないで震えてろって言うの!? 何もしないで!
私は嫌だよ! 何もしてないのに文句ばかり言う人達と同じようにはなりたくない!
無理でも! 駄目でも! 頑張りたいの! 誰かに押付けるなんて駄目に決ってる!」
「何度も言わせないで! あなたはただ後悔するだけよ!」
「このまま何もしなくても私はどうせ後悔する! 何もしないで後悔するよりも
何かをして後悔する方が良いに決ってる!」
「そんな事が言えるのは何もやってこなかった奴だけよ。
あなたはやって後悔する辛さを知らないだけ!」
「なら! 今日知る! それで良い!」
「この馬鹿娘!」
リズちゃんのお母さんが怒りのあまり腕を振り上げた。
だけど、その腕を後ろから伸びてきた手が止める。
「あなた! 邪魔をしないで!」
「…リズはお前によく似てる。きっと何を言っても意見は変えないだろう。
だけど、リズ…お前のやろうとしていることは正しい。
だが、お前はまだ子供で…戦えるような能力は無い」
「それでも私は!」
「足を引っ張るだけだと言う事が分からないのか? 一緒に行ったところで
お前は何も出来ないし、ただ護られるだけで、重りになるだけだ。
だから、今はやらない後悔をしてくれ。
また今度、同じ後悔をしないために必死に努力をしろ…」
「またって…またっていつ!? この選択はこの時しか無いのに!」
「自分の未来を…捨てるな。お前はまだ強くなれるだろう。
強くなろうと頑張り続ければ、きっと…だから、今は生き残ってくれ。
今行っても…お前はただ死ぬだけだ」
「ありがとうね…リズちゃん…でも、もう良いの…仕方ないのよ…
あの人が…あの人が決めた事なの…だから…」
お母さんが震えた声で泣きながらリズちゃんに思いを伝えた。
お父さんの為に必死になってくれたリズちゃん。
ブレイカーの恐怖を知ってるのに、それでもリズちゃんは躊躇わず
私のお父さんを助けに行こうとしてくれた。
…それなのに私は…私は何をくよくよしてるんだろう。
自分のお父さんを救う事を、なんで躊躇ったんだろう。
本当、私は馬鹿だよ…また後悔するところだった。
やって後悔する方が良い…私はそうとは思わない。
私は勇者様を裏切るという選択をした後、酷く後悔した。
いっその事、死んじゃいたいと思うくらいに。
……だけど、それで臆病になってたら…勇者様も浮かばれない。
志半ばで裏切られた…それだけでも浮かばれないことだけど。
「エル…?」
「リズちゃん、ありがとう…私に勇気をくれて」
「え?」
「じゃあ、行ってくるね。お父さんを助けに」
「エル! あなた、な、何を言っ…」
お母さんの言葉を最後まで聞くことは無かった。
私はテレポートの魔法で避難所の外に出たから。
避難所の外はまだ綺麗に見えた。
だけど、少し高台で周囲を見渡したら被害が分かった。
街はかなり酷い状態だった…勇者以外の人類はここまで弱い。
勇者はたった1人で魔物を圧倒できるほどに強い。
人類は複数人揃えてもたかがブレイカー如きに追い込まれてしまうほどに弱い。
勇者って本当に何なんだろう。私には分からなかった。
こんなにも弱い人類の中で生まれ、あの圧倒的なほどの強さ。
魔王であるお父様が警戒する程に…本当に不思議だよ。
全生物の中で魔王に唯一対抗できるほどの存在が
ここまで弱く、他力本願な存在の中で生まれたのか…
もしかしたら、人類の個性の差が激しいから、なのかな。
「はぁ、はぁ…やはり、この怪我じゃ…」
「ジェルさん!」
「く…ここまでか…」
「それは私が許さない! オーバーヒート!」
「な!」
テレポートの魔法で移動してお父さんを狙うブレイカーに接近
同時に、オーバーヒートでブレイカーを吹き飛ばした。
相手がブレイカーならそこまで多い魔力を使う理由はない。
オーバーヒートは全魔力の1割~5割を任意に放出できるからね。
威力の調整が出来るのは本当に大きい。でも、あまり連発はしたくないね。
「お、オーバーヒート…だと…それに、テレポート…
え、エル…お前、そ、それ程の技術と魔力を…何処で…
そ、そもそも何故ここにお前が…」
「南のブレイカーは私が倒したの、中々言えなかったけどね」
「な、何を…馬鹿な…それ程の魔法、賢者クラスでなければ」
「なら、私はそれ位凄いって事だね」
やっぱり、まだ人間の範疇の中か…このままじゃ不味いよね。
出来ればお姉様達にバレませんように。
「…お父さん、お母さん待ってるから、一緒に帰ろう?」
「……頭が追いつかないが…だが、目標はハッキリしてるか。
一緒に生き残ろう。エル」
「うん、危なくなったら呼んでね、助けてあげるから」
「あの魔法を見た後だと、何とも心強い言葉だ」
もう、今まで通りに過ごすことは出来ないだろうなぁ。
だけど、リズちゃんが居なかったら…もっと酷い事になってた。
まだ家族で笑顔になれるチャンスがある。それだけで十分だよ。