勇者候補の決意
緊急の事態だし、私達は彼女を乗せたまま馬車で移動した。
本来なら巨人のアンデットを討伐する予定だったけど
負傷した勇者候補達の保護に負傷させた人物の確保。
これを国に近い段階で行なったし、一旦戻るしかない。
「……あ」
「あら、起きたのね。悪い夢でも見たの? 涙出てるわよ?」
「まぁ、そんな格好で寝かされていれば、悪夢も見るだろう」
少し時間が経って、あの魔術師が目を覚ました。
リトさんが言った通り、彼女の目には涙が浮かんでる。
その涙が悪夢を見て流れた涙なのか、はたまた別の物か。
心を読めない私には、それは分からない。
「……何で、私を拘束してるだけなの? 何で殺さないの?
魔術師は殺すのが定石でしょ?」
「殺すつもりなら一撃でやってるでしょ?
あんたは一撃を耐えたんだし、そりゃこの子達が
あんたを殺すつもりが無かったって事でしょ。
救うとか言っておきながら、殺す筈も無いけどね」
「分かってる筈…わ、私がその気になれば簡単に逃げられるって。
私は風の魔術師…身を隠すことも出来るし、テレポートも出来る。
当然、風の魔法が得意なんだから、縄くらいは簡単に切断できる…」
「専属としては、あなたは殺しちゃった方が良いと思うんですがね
勇者候補様が殺したくないとおっしゃるので従うしかないのですよ」
「殺すのは酷いよ!」
「瀕死のミルレールを見逃すくらいの馬鹿だし、甘すぎるわよね」
「馬鹿じゃ無いもん!」
リズちゃんは優しすぎるからね…優しすぎて恐いよ。
「ミルレール…を? ど、どう言う…」
「襲ってきた魔王の娘を撃退したと言う事よ。ほぼ1人の活躍だけど」
「魔王の娘を撃退…そ、そんな馬鹿な…事が…」
「何度も言いますけど、運が良かっただけですし、1人じゃ無理でした。
皆が居なければ…リズちゃんが居なかったら、私は何も出来なかった」
「うーん、私は何もした記憶が無いんだけどなぁ…殴られたのは覚えてる」
「……魔王の娘を…三女、ミルレールを…退けた…?
く、国を1つ、軽く崩壊させるような相手だぞ!?」
「うぇ!? ミルレールそこまでヤバかったの!?」
「ヤバいでしょうね、そりゃ国1つくらい滅ぼすでしょ。
私の全力の斧も傷1つ付かずにぶっ壊れたわけだし
あれ、半端な攻撃じゃ絶対通らないわよ…」
「魔法も殆ど効果が無いしな…インチキだ、あんなの」
「まぁ、撃退してるのですがね、エルさんが」
「だから、運が良かっただけですよ…」
あの時は本当にただ運が良かっただけだった。
ミルレールお姉様が本気なら勝てるはずがない戦いだった。
勝つどころか、怪我1つ負わせられない。最初のオーバーヒートも
避けられて、あっさりと敗北してた…未来予知は反則だよ。
「と言うか、あなたは魔王の娘のこと、知ってるんですか?」
「私は彼女達の指示に従ってたし、実力も知ってる…」
「教えてくれますか? 特性とか…知ってたらですけど」
「知ってる…娘達の状態は」
「へぇ、情報共有するんだ」
「2人は口が軽い様だったし…自信の表れだと思うけど」
ミルレールお姉様とテイルドールお姉様はそんなだよね。
警戒はしない。自分達の能力を知られたところで何の意味も無いから。
未来予知なんて対策しようもないし、無尽蔵の魔力だって対策も何も無い。
あの2人は強すぎるから、自信は常に最高レベルなんだよね。
ブレイズお姉様は警戒心がかなりあるタイプだから言わないだろうけど。
「どんな感じなの? 一応、書面とかでは見た気がするけど」
「まず、ミルレール…知ってると思うけど奴はとにかく頑丈だ。
半端な攻撃は通らない、魔法も物理攻撃も…それに確か言ってた気がする。
未来予知が出来るとか何とか」
「はぁ!? 何それ反則でしょ!? あの強さで未来予知!?」
「で、でも! エルちゃんの攻撃は当ったよ!? 未来が読めるなら」
「本気じゃ無かったんだろう。私達なんて片手間で倒せる自信があった。
だから、未来予知を使わなかったんだろう…その結果があれだが」
でも、今度は確実に本気で来る…この未来予知の対策をしないと駄目だ。
私は一応、未来予知の僅かな弱点は知ってるけど…私が知ってるのは不自然。
いつか伝えたいけど、今じゃないと思う…うん。
「次にテイルドール…あいつの魔力はおかしい…本人が言うには
彼女の魔力は無限らしい、いくらでも魔力が噴き出すそうだ」
「嘘…ま、魔法の殆どは魔力で威力が決るのに、無限って…」
「本人が言ってただけだから、実際どうなのかは分からないけど…
でも、私達魔術師よりも遙かに魔力があるのは間違い無いと思う
計ってみないと分からないけど、計る余裕は無いし」
「魔力ってどうやって計るんだっけ? 私、忘れちゃったよ。
何か魔力多いって言われた記憶はあるけど、いつだっけ…」
「魔法の1つですよ。スキャンという魔法でしたっけ。
触れた相手の魔力を読み取る魔法。読み取るだけですが」
「スキャンって魔力だけよね、確か計れるの」
「えぇ、そうですね」
「魔力量は分かりやすいから、筋力とかは無理だけど」
魔力を測ることは私にも出来るには出来るけど
あまり意味ないんだよね、戦闘中とか使える魔法じゃないし。
魔法陣を組むのは楽だけど、触れるのは難しいし
仮に触れたとして、相手の魔力を測ってもあまり意味が…
私の特性なら、測ると同時にいくらか奪えるかも知れないけど。
「はぁ、しかし…ミルレールもヤバいけどテイルドールの方がヤバそうね。
魔法をほぼ無限にえげつない火力で放ってくるんでしょ?
国とか簡単に滅ぼせそうよね、ミルレールよりも…
でも、1人だけなら何とか…近付けば勝てるかしら?」
「近付けるわけがないし、あいつはその気になれば
一撃で国を滅ぼせる…らしい」
「な!? い、一撃!? はぁ!? そんな規模の魔法聞いたことが!」
「オーバーヒートがありますよ、自分の魔力を一気に放出する魔法です」
「あ…そ、そう言えばエルちゃんも使ってた…あの魔法?」
「うん、自分の魔力を任意の規模で放出できるんだよ。
全魔力の半分以上は放出できないけど」
「魔力が多ければ多いほど威力が増加する魔法だから…
私達、魔術師も決定打を仕掛けるときに使う事がある。
だから、あの魔法の脅威はよく分かってるつもり…
あの魔法を無限という魔力で放出したなら…
そんなの、国1つくらい、跡形もなく消し飛ぶ。
巨大な山でさえ、きっと一撃で吹き飛ばせるほどの規模…」
テイルドールお姉様のオーバーヒートはまさしく無限の威力がある。
テイルドールお姉様の性格上、最初から全力は出さないから
そこに勝算はある…でも、それよりも恐ろしいのが…ブレイズお姉様だ。
テイルドールお姉様にはそんな最大の奥の手があると言うのに
ブレイズお姉様に従順に従ってる。プライドが高いテイルドールお姉様が
従順に従うって事は…ブレイズお姉様に負けた経験がある証拠。
負けそうになれば奥の手を使うはず。負けるのは嫌だろうから。
それなのに…ブレイズお姉様にテイルドールお姉様は従ってる。
ブレイズお姉様の能力は知ってる…ブレイズお姉様は攻撃を反射できる。
その反射は、山さえ吹き飛ばす威力がある
テイルドールお姉様の本気でさえ反射するって事だ。
「次にレイラード…彼女の事は良く分からない」
「どうして?」
「部屋から出た姿を見たことが無いから…ずっと籠もってるらしい
200年前からずっと、部屋から殆ど出ることも無く
食事も殆ど取らないそう…どうしてかは教えて貰えなかったけど」
「200年前って…確か」
「エビルニアが死んだ時かな」
「エビルニア…の、話は聞いた。料理が凄い上手だったらしいな」
「うぇ!?」
何その情報!? 誰から聞いたの? ブレイズお姉様かな?
でも、ブレイズお姉様ってそんな意味の無いことを言う人じゃないんだけど…
「りょ、料理? 何その情報…と言うか、誰から聞いたの?」
「テイルドールとミルレールから…貧弱だったとか、最弱だったとか
そう言う話は良く聞いた…けど、料理の話しも聞いて…
美味かったんだがとか何とか…嫌ってる様に思ったがそうでもないのかも?」
「……」
絶対私の事嫌ってると思う。私、何度腕折られたりもがれたりしたか…
何回も殺されたし、絶対に嫌ってる…嫌ってないとしても
絶対にただのサンドバックとしか思って無い気がする。
「まぁ良い、この話は不要だろうから、あと1人、ブレイズ…の話をしたいが
彼女は他の2人と違って、全然何も話してくれなかった…
でも、きっと1番強い…他の娘達にも勝てるビジョンが見えないが
彼女は勝てる可能性を想像することすら出来ない程に強いと思う。
隙が無かった…普通に歩いてる様に見えたけど全く隙が無いんだ」
「そう、やっぱりブレイズが1番強いのね…予想通り」
「うーん、見た感じはただの優しいお姉さんって感じだったけどなぁ…
何か、私達に向けてた視線なんて家族見てるような視線だった気がする!
慈しみみたいなのが見えたよ! 感覚でしか無いけど」
「慈しみ? いや、私が見たブレイズは…常に鋭い眼光だった…」
「鋭い…? 私達はそんな風には見えなかったわ
どうも物腰が柔らかかったというか、優しい目だったけど。
まぁ、それでも勝てる気がしないくらい威圧感あったけど」
ブレイズお姉様はやっぱり私をどうにかしようとしてるのかな?
まだ、私なんかを家族と思ってくれてるのかな…?
それにテイルドールお姉様もミルレールお姉様も本当は…
いや、何を変な事を考えてるの私! 駄目だよ! しっかりしないと!
私は今度こそ…お父様を倒して…勇者様の想いを…
「しかし、随分と沢山お話ししてくれましたね…何故ですか?」
「……少しでも、助けになればと思って…」
「助けに、と言うと…? あなたは勇者候補生を殺そうとして居るのに?」
「……その、本当に悪い事をした…分かってる、罪は償う。
だけど…最後に希望を抱けた気がするんだ…希望を」
「もしかして、私達の事」
「……そう、私もあなた達になら希望を預けられる気がした。
魔王の娘達にあなた達がどうやって勝つのか、それはまだ想像出来ないけど
でも、可能性は感じた…あなた達ならもしかしたらって…」
「うん! 任せてよ!」
魔術師さんの言葉にリズちゃんが笑顔で応えた。
リズちゃんは魔術師さんの肩を掴んで嬉しそうに揺さぶった。
ちょっと魔術師さんが目を回してるように見えるけど大丈夫そうだね。
「よし! 私も頑張るよ! 勇者候補として!」
「どうなのかしらね? この人が希望を抱いたのはあなたじゃなくて
エルちゃんだけかも知れないわよ~?」
「なら私も強くなって、私にも抱いて貰うまでだ-!」
「…君にも希望はちゃんと抱いてるよ。凄く元気で優しい子だ…
希望を抱けるのは、強い子か君の様に元気で前を見続けてる子のどちらかだ。
君達は2人でその要素を持ってる…とても強い魔法使いに
周りを引っ張る真っ直ぐ走り続ける女の子…
君達2人なら、何だかやってくれそうな気がする」
「任せて、魔王は私達が倒すよ! そして皆が怖がらなくても良い様にする!」
リズちゃんの瞳の奥に確かな決意が見えた。
リズちゃんは目的意識の塊みたいな子だね。
その為に努力もする…今も毎日魔法の練習してるもんね。
やっぱりリズちゃんは勇者様に似てる…だから、いつも不安になる。
だけど…きっと大丈夫だ…そう信じないとね!




