勇者候補の可能性
彼女は勇者候補に希望を抱けないと言っていた。
勇者候補という枠組みではあるが、その力は魔王の娘にほど遠い。
それはそうだと思う。勇者候補はまだまだ弱いからね。
魔物を倒せば倒すほどに成長出来るという特性上
仮に勇者候補の中に本物が居たとしても、戦わなければ強くはなれない。
だけど、今は勇者候補の誰か本物なのか分からない状況。
更には誰が本物か分からないから、どうしても過保護になる。
そうなれば戦闘する機会も減って、成長速度が遅くなるのは仕方ない。
となれば、勇者候補の中にいる本物が才能を見せることも無いからね。
でも、強い勇者候補がいればどうなる?
自分が手も足も出ないほどに強い勇者候補がいれば。
そんな奴が居れば、希望を抱くことだって出来るかも知れない。
「だから、リト姉ちゃん、ミリア姉ちゃん、ここは私達2人でやるよ」
「は?」
既に臨戦態勢だった2人をキョトンとさせるひと言をリズちゃんは呟く。
勇者候補に希望を見出させるためには、勇者候補が戦うべきだからね。
そして私達は2人居るんだ。戦って勝てる可能性は十分ある。
「2人…って…何処までも馬鹿にして! そんなに死にたいの!?」
「言ったじゃん、助けるって…勇者候補に希望が抱けないあなたを助けるには
希望を預ける事が出来るくらい、強い勇者候補もいるって伝えないと駄目。
今はまだ弱くても、まだまだ強くなるって希望を抱けるほどの勇者候補。
そんな勇者候補が最低でも2人は居るって、証明して見せるもん。
勿論、1番強いのはエルちゃんだろうけど、私も格好付けたいしね」
「…本当、優しいというか、甘いというか…良いわ、任せる」
「リトさん…正気ですか?」
「正気よ、あの子があんな風に言うなら止めないわ。大丈夫だろうしね。
さ、私達は怪我をした2人を保護しましょう」
「怪我? その2人はもう死んでる。その出血を見れば分かるでしょ?」
「あら、この2人の傷を見て、死んでると思うの?」
リトさんは2人の体を指差す。その体には傷なんて無くなってる。
まだ息をして居たからね。致命傷は無かったし、怪我を治すことは出来た。
薄い怪我がいくつもある状態で、まら息があるなら私の回復魔法でも
回復させる事は出来た。流石に致命傷を負ってたら無理だっただろうけど
運が良いことに、あの2人の怪我に深い怪我は無かった。
「出血が止まってる…それに傷が塞がって…どうやって! いつの間に!
た、確かあの白髪の子が2人の体に触れてたのは見たけど…
でも、魔法陣を組んでる様子はなかった…そんな動きがあれば気付く。
それにあれだけの怪我をあの短期間で直せるはずもない!
魔力消費も多いし、回復までかなりの時間を要するはず…
魔術師である私の見立てでは、人類の技術では完治させるのに何時間も」
「私は勇者候補です。何故私が勇者候補に選ばれたのか、分かりますよね?
それは普通じゃ無いから。普通の才能じゃ選ばれませんよ」
私は魔王の娘。人間が持つ魔法技術よりも遙かに高い技術を持ってる。
深い傷を癒やすのは苦労するけど、浅い傷をいくつも癒やすのは簡単。
だって、私の技術は凄腕の魔法使いさえ驚くほどの技術なんだから。
「さぁ、リズちゃん。本気で行こう」
「うん! 強い勇者候補だっている! まだ可能性はある!
私達がそれを証明してみせる! 私達2人は強い!」
「…ふざけないで! あなた達みたいな子供に何が出来るっての!」
少し距離を取っての多重攻撃かな。複数の魔法陣が出て来た。
後方に退いて魔法陣が周囲に複数個展開するまでの時間が短いね。
10個位召喚してるけど、展開までに掛った時間は10秒。
単純に考えて、魔法陣1つを展開するのに1秒ほどかな。
ただの人間であれば、魔法陣を展開するまでに早い人は5秒
遅い人は10秒以上掛るから、この速さが相当なのは間違いないね。
そう言えば、リトさんが身体強化魔法を発動するのに掛った時間は7秒。
それもリズちゃんの攻撃を避けながら。巨人の血を引くのに凄い速さだよね。
「魔法陣が10個も出てる! 凄いね、流石魔術師」
「降参してももう遅い! メテオフレイム!」
複数個の魔法陣から大量の火球を放つメテオフレイム。
一撃一撃の威力は十分あるから、破壊力は十分。
だけど、魔力の消費が激しいという弱点だってある。
複数個の魔法陣からの同時攻撃なら当然だよね。
でも、正攻法で避けるのは困難。一撃の範囲も大きいし
それが複数個、逃げ道を塞ぐように降り注ぐのだから。
だけど、私相手には何ら意味の無い攻撃でしかない。
私には複数の回避方法がある。テレポートで避ける事も出来し
ドレインフィールドで防ぎ、消滅させることも出来るし
防御魔法で攻撃を防ぐことも可能、どうとでも対処出来る。
「リズちゃん、こっちに」
「うん」
私はリズちゃんを自分の近くに寄せて、防御魔法を展開した。
「防御魔法!? それも魔法陣を組んでる隙が殆ど無かった…
魔術師でも無い子供が防御魔法を発動出来るなんて…」
「防御魔法だけだと思わないでくださいね」
メテオフレイムを防いだことで、周囲に土煙が上がる。
きっと、今くらいに彼女の視界に私の姿が見えたはずだよね。
でも、見えたのはきっと、私だけ。
「…も、もう1人は何処に!?」
「言ったじゃん、格好付けたいって。私はあまり強くないけどさ」
彼女は背後から聞えたであろう、リズちゃんの声に驚き背後を振り向く。
だけどもう遅い。魔法を発動するまでに掛る時間は推定でも1秒掛る。
それなのに既にリズちゃんの射程圏内に彼女は入ってしまってる。
「そんな! いつの間に背後に! テレポート!? いつの間に!」
「でりゃ!」
「うぐぁ!」
リズちゃんの存在に気付いたときには既に遅かった。
リズちゃんの強烈なハイキックが彼女の首元に入る。
身体強化魔法を掛けてはいないとは言え、リズちゃんの攻撃力は高い。
死ぬ事は無いだろうけど、一撃で意識は飛んじゃうだろうね。
でも、そこまで本気で蹴ったわけじゃ無いのか、意識までは飛ばせてない。
「う、うぅ…」
フラフラとしながら背後に1歩ずつ下がっていく。
目の焦点はあまり合ってるようには見えなかった。
「あ…」
態勢を崩して、彼女は地面に尻餅をついた。
激しい動揺が見て取れる。
「これで分かった? 私達、それなりに強いの。
まぁ、殆どエルちゃんのお陰だけどね、私はまだまだだよ」
「よく言うよ、リズちゃん。テレポートさせたとき、私何も言ってなかったのに
私の意図を読み解いてくれたんだしね。
テレポートさせて躊躇わず、すぐに行動するのって難しいよ?」
「こんな勇者候補が…居るなんて……わ、私がこうも簡単に…追い込まれるなんて…」
彼女は必死に意識をつなぎ止めようとしてるけど、限界は近そうだね。
もう魔法陣を組むことが出来てない。この位で集中力が切れるなんてまだまだだね。
私は結構ボロボロで、意識が曖昧でも魔法発動出来るけど…あはは、いやうん。
確かに普通は無理かなぁ…私の場合は多少の怪我は我慢できるってだけだし。
多少の怪我って言っても、致命傷とかだけど。
……うーん、ミルレールお姉様に何度も殺された経験かなぁ…
腕とか簡単に取れてたし、折られてたから…ちょっとの怪我は我慢できるし。
「魔法を使って反撃してきても良いよ、避けちゃうから」
「く…うぅ…」
彼女は必死に魔法陣を組もうとするけど、やっぱり全然出来てない。
動揺が激しすぎるのと、リズちゃんから受けた一撃が重いからだね。
意識も朦朧としてる状態だし、魔法陣を組む余裕は無い。
「組めないの? エルちゃんは死にかけても使ってた気がするけど…」
「リズちゃん、実を言うとそれって凄い難易度高いから…」
「でも、ミリア姉ちゃんもボロボロだったけど防御魔法使ってたじゃん」
「あれは意思の違いだよ。ハッキリとした目的があったミリアさんは
多少の怪我じゃ折れなかったってだけ。
でも、この人は違うから…迷ってるんだと思う。だってそうでしょ?
勇者候補とその補佐の人…この人は殺しきってない」
「……」
彼女ほどの実力があれば、致命傷を与える事は出来たと思う。
でも、致命傷は何処にも無かった、浅い怪我だけ、だから私が治せた。
最初から本気だったなら、いつでも殺せたのに殺しきってなかった。
それはきっと、まだ迷ってるから…そして、諦め切れてないから。
「やっぱり、まだ諦めてなかったんだね、よかったよ」
「……わ…たし…」
限界だったのかな、何かを伝えようとして意識を失った。
瞳には僅かに涙が流れているのが分かった。
「まだ、希望はあるからね? 私達は諦めないよ、お姉さん。
だから、あなたも諦めないでね? 私達、頑張るから」
「リズちゃん、分かってると思うけど…もう意識は無いよ」
「うん、分かってる。でも私、もっと頑張ろうって思った。
私達が強くなればきっとこの人だって元気になるよ!
私もエルちゃんに負けないくらいに強くなって見せる!
あ、それとエルちゃん、回復魔法要らないよ? 怪我してないし」
「え? 何の事?」
「え? いやだって、体が軽くなったし…」
「……気のせいじゃ無い?」
「気のせい? うーん、そうなのかな」
…でも、私も何だか少しだけ、体が軽くなった気がした。
最初もそうだけど、何だかそう言うタイミングが結構多い。
この感覚は…200年前、たまに経験した気がする…
でも、私達は殆ど殺しきってない…成長するわけが無い。
勇者の特性…じゃない…だって、勇者の成長能力は
相手を殺しきった場合にだけ発動するんだ…だから、違う。
「まぁいいや! この人を連れてリト姉ちゃん達の所へ行こう!」
「そうだね、手足とか拘束した方が良いのかな?」
「魔法使いに手足の拘束は意味ありませんよ?」
私達が会話をしていると、リトさん達が戻ってきた。
「じゃあ、どうやって捕まえるの?」
「確立してないというのが現状なんですよね。
なので基本的に魔術師は殺してたりします」
「そんな酷い事!」
「応急処置としても、痛めつけるというのが…」
「何で!」
「激しい痛みの中だと、普通は魔法陣を組めないからだよ。
魔法陣を組めないと魔法が発動しないからね」
「でも、そんな酷い事!」
「分かってます…なので捕まえるとしても説得に応じて貰うしか。
一応、両手両足を拘束すれば逃走するのは難しくはなりますがね。
あまり優れた魔法使いで無い限り、背後で拘束してる縄を
魔法で攻撃などは出来ないので、逃走を難しくすることは可能です」
「じゃあ、そうしようよ!」
「そうするしか無いだろうな。テレポートを扱える様だし
あまり効果があるとは思えないが」
でもどうかな、多分この人は私達の速攻を受けたから本気を出し切れてないと思う。
最初、この人は姿が見えなかったけど、戦闘中は姿ずっと見えてたからね。
そう言う魔法とかがあるんだと思うけど、発動前に倒しきった。
そんな人を拘束なんてしても、その魔法を発動されてしまったら見失う。
その状態でテレポートなんて使われたら、絶対に見失うよ。
私達の行動が意味をなしていれば…まだ大丈夫かも知れないけど。
「うーん、でもどうしましょう…
こんな危険人物を国に連れて行くのは不安ですしね」
「このまま放置するのはいやだよ!」
「…じゃあ、ひとまず彼女が目を覚ますまで待ちましょう。
この子が今も危険人物かどうか、その時に判断すれば良いわ。
一応、両手両足は拘束しておくけどね…念の為に」
「可哀想だけど…仕方ないよね」
私達は彼女の両手両足を拘束した後、彼女が目覚めるのを待つ事にした。
ちゃんとリズちゃんの思いが届いていれば良いけど…




