血の臭いを追って
私達は急いで血の臭いがしたと言う場所へ移動した。
そして、私達が付いた頃…そこは血の海だった。
「……何よこれ、どうなってるのよ!」
高校生くらいの少年が体中傷だらけで倒れてる。
傷の一つ一つはそんなに深い傷じゃ無いけど
傷の量は凄まじい、全身を刃物で引き裂かれた感じ。
「ゆ、勇者候補の1人…ですね」
「ひ、酷いよ…何でこんなに…」
「複数体の魔物がいたと言う風には思えない。
複数体も居たというなら、私達が気付かないはずが無い」
「……全員、警戒して。血が新しい訳だからね」
そうだ! 血は乾いてない…それにウルルちゃんが血の臭いに気付いた。
勇者候補の人はまだ脈がある。まだ死んで無いなら助けられる。
でも、まだトドメを刺してないって事は…
この近くに…まだ彼を瀕死にした何かが潜んでいるという事!
「で、でも…何処にも隠れる場所は無いよ!」
「それもそうだが、私はもうひとつ気掛かりなんだ。
彼の補佐は何処だ? 勇者候補には付いてるんじゃ無いのか?
エルとリズにはリトが付いてるように、この子にも」
「そうですね、彼の補佐までは覚えてませんが…Sランク以上が何処かに」
そんな気掛かりを話していると、何処からか大きな声が聞える。
でも、近い…男の人の声が聞えた気がするけど、声が聞えた場所は近い!
「くぅ! 何処!」
声が聞えた場所を急いで見ると、そこにはさっきまで居なかった筈の
血だらけの男性が倒れていた。何処にも居なかったのに何処から!
さっき勇者候補の方を回復したけど、今度は急いでこの人を回復させないと!
「いつの間に! あの場所はさっき見たとき、何も!」
「か、回復します!」
皆で急いで近付いて、すぐに彼の傷も癒やした。
まだ死んで無くてよかった…気絶してるけど死んでは無い。
でも、気絶してるんじゃ敵の情報を聞けないよ。
「ご主人! 後ろ!」
ウルルちゃんの叫び声に反応して、私は背後を振り向いた。
そこに居たのは…魔術師!? 一瞬の間に私の背後に!
既に手元には魔法陣が組まれてる!
「この!」
私は急いでドレインフィールドを展開する。
同時に彼女の手元から大量のカマイタチのような物が生じた。
だけど、この至近距離。私のドレインフィールドはそのカマイタチを全て奪う。
「な…」
「エルちゃ、って! 誰だお前!」
「チィ!」
リズちゃんがこの魔術師の存在に気付き、すぐに攻撃をした。
魔術師は至近距離での攻撃を避けれずにダメージを受けるけど
すぐに後方に後ずさりして、姿を消した。これはテレポート!
「どうしたの!? 何が居た!?」
「魔術師です! かなりの手練れ…テレポートの使い手!
でも、きっとそれだけじゃ無い。風系の魔法を使ってます。
恐らく姿も消せる。宙に浮いてたし、かなり強い魔術師ですよ!」
「驚いた、まさか私の不意打ちを防がれるとは…」
「な!」
私達から少し離れた距離にさっきの魔術師が姿を見せた。
やっぱり彼女は宙に浮いてる。恐らく風属性の使い手かな。
きっと風属性魔法の応用で姿を消してるんだ。
「魔術師? 何で…いや、確かに人類に敵対してる魔術師が増えてる。
あなたもその類いですか!?」
「もはや人類に勝算なんてないからね、魔王の目覚めも近い。
だと言うのに勇者の姿さえ無い。勝てないなら従うまで。
私に課せられた使命は勇者候補と力ある冒険者の殺傷。
必要無いとは思うけど、やれと言われるならやるまでよ。
人類が滅んだ後、生き残るにはそれしか無い」
「勇者候補がいるじゃないですか! 希望を作る為に私達は必死に!」
「まがい物の勇者に何の希望を抱けと? 愚かな考えよ。
そもそも私程度に殺される奴が勇者だなんて思えるはずが無い。
勇者であるなら、私に殺されるはずが無いのよ」
真っ黒のフードから僅かに見える彼女の目に光りは無い。
完全に絶望している表情だ…魔物の活性化もあるし
人類に組みしていた存在も…魔物に組みするようになってるって事…
「ふざけやがって…自分が死にたくないからって子供を傷付けてんじゃ無いわよ!
この子だって、勇者候補である以前に1人の子供なのよ!
まだ高校生くらい! 未来だって、まだ明るいのに!」
「明るい…? 明るいって? ふふ、なんて能天気な事を言うのか。
この先の何処が明るいって言うの? 人類は機能不全に陥りかけていて
魔物の活性化から、魔王の復活も近いと予見できる…なのに人類には
一切の対処も無く、ただ勇者候補という、仮の希望を置いてるだけ。
その勇者候補はどいつもこいつも雑魚ばかり、こんなのに希望を抱けと!?
ふざけないで! 抱けるわけがない! 明るい未来はもう存在しない!
私達が生き残る為には! ただ魔物に…魔王に服従するしか無い!」
「あぁ!? 希望を見出そうとも考えない奴が馬鹿な事抜かすな!
あんたは取れる手! 全部取ったっての!? その上で諦めてるの!?
違うでしょうが間抜け! 諦めるなら勝手に諦めなさいよ!
でも、諦めてない奴らの邪魔すんな!」
リトさんが今までに見たことの無い剣幕で怒ってる。
ゾンビ討伐をしようとしたときもかなり怒ってたけどここまでじゃなかった。
凄い気迫…魔術師も少しだけ気圧されてる。
「貴様がやってる事は冒涜だろう。挑戦への冒涜だ。
お前は挑む事を諦めてる。断言出来るぞ」
「かもね、でも私は生きることを諦めてはいない。
生きるためにやってる。能天気な奴らには分からないでしょうけどね。
あんたらは魔王の勢力がどんな物か、分かってるの? その娘達の強さを。
私は分かってる。私達は魔王の娘であるテイルドールを相手に
手も足も出す事が出来ず、一方的に蹂躙された。
得意とする魔法という分野で、全員で挑んでも刃が立たなかった。
たった1人でもそんな化け物だというのに、勝てるわけが無い!」
テイルドールお姉様…魔術師達を襲ってたの!?
そ、そう言えば、前も…私達の村を襲ってた…何の為に!
戦力? でも、戦力なんて必要無いんじゃ…魔物達が居るのに…
そ、そう言えばミルレールお姉様は…
そ、それにブレイズお姉様まで動いてた…考えてみれば異常だよ。
まだミルレールお姉様は分かる。気まぐれで国を滅ぼしたりする人だ。
でも、ブレイズお姉様はそうそう動かない…
それなのにミルレールお姉様に付いてきてた、心配してた? 何に対して?
私…の、存在を知るわけが無い。
だから、私と遭遇するのを心配したわけじゃ無い。
じゃあ、何の為にミルレールお姉様に付いてきてたの!?
そんなに心配する要素が…何かあったとしても他の魔物が守るだろうし
わざわざブレイズお姉様が動くまでも無い筈!
それに、確か前、私の前に姿を見せたときも…連れ戻そうとしてた。
いや、それはレイラードの為なのかな…うぅ、状況が分からない。
今、お姉様達はどう言う状況なの!?
「魔王の娘…そうだね、確かに勝てると言う風には思えないかも。
確かに手も足も出なかった…全く勝てるビジョンさえ見えなし」
「な…まさか、あんたらも」
「でも! 私は諦めたくなかった! 結局私は何も出来なかったけど
今度は強くなってちゃんと戦うって決めた! でもあなたは!
あなたは皆の為に頑張ろうって考えてた人を殺そうとしたんだ!
偉そうな事言わないで! 何もしようとしてないくせに!
自分の事しか考えてないくせに! 頑張ってる人の邪魔しないで!」
「ならどうしてお前らは諦めないんだ! あれだけの力を見せられれば!
誰だって諦めたくなる! 絶望する! 勝てるわけが無いと悟る!
何で戦えるんだ!」
「それは私が…私達が勇者候補だから! もう決めたんだ!
私は勇者になる! 私達の事を悪く言う人がいるとしても!
そんな人も含めて皆まとめて助けてみせる!
頑張ってる人達を助けるために! 私は諦めない!
勇者が諦めて良いもんか! 勇者は諦めないんだから!」
「勇者候補……なら、お前達も殺さなければならない。私が生き残る為に!」
彼女が魔法陣を展開する。どっちにせよ殺すつもりだったのは間違いない。
それは分かってるし、私達は最初から戦うつもりだった。
「勇者候補に夢も希望も抱けないとか言ったわよね、魔術師」
「そうだ、抱ける物か」
「ならよかったわね、その考え、確実に変るわよ。今、ここで」
「ふん、私の考えが変るはずが無い。どれだけ力があろうとも
あの魔王の娘を見たんだ、もう、誰も勝てるわけが無いと理解した」
「その考え、ぶっ壊してあげる! 行こう! エルちゃん!
あの人も助けるんだ! 許されない事をしたけど
でも、助けなくっちゃ! あんなに辛そうなんだから!」
「助ける!? ふざけるな! お前らに助けられる理由なんてない!」
「理由は後で良い、助けたいから助けるまでだよ! その心を助けるの!」
「ぶっ殺してやる…この愚か者!」
助ける…か、あんな酷い事をした人を助ける。
あぁ、やっぱりリズちゃんは…本当に優しいよ。
優しすぎて辛い…リズちゃんと過ごせば過ごす程
まるで彼女が勇者様みたいに思えて…本当に優しい優しい女の子。
だったら私はその優しさに答えないと…前は答えられなかったけど
2度目の挑戦は…絶対に答える。絶対に成功させるって決めたんだから!




