ゾンビ達の殲滅
ゾンビの数は今まで戦ってきた魔物達の中で最も多い。
1人2人では無く、百を超える数が跋扈していた。
この場面で村にいる生存者は居ない。手加減無しで攻撃出来る。
「来たわね」
私達の接近を察知したのか、ゾンビ達が少しずつこちらに向かう。
それを確認したリトさんは鞄から小さなナイフを取り出した。
巨大な得物を振り回してるリトさんが小さなナイフを?
「斧で戦わないの?」
「戦うのは斧よ、でも」
そこまで言うと、リトさんは自分の腕を少しだけ小さなナイフで斬った。
「な、何してるのリト姉ちゃん!?」
「アンデットは血に敏感なのよ。そして私が自分で自分を傷付けた。
となると、アンデットの狙いは私になるって訳」
リトさんの言葉通り、ゾンビ達は一斉にリトさんの方へ振り向き
ジワリジワリとリトさんに向って足を進めていった。
「よしっと、前衛は私がつとめるわ。あなた達は援護よろしく。
それと私にはあまり近付かないでね? 撃ち漏らしを優先して倒して。
私の背後からゾンビが来た場合はカバーよろしくね」
「リト姉ちゃん! 1人じゃ危ないって!」
「殲滅戦はむしろ、複数人の方が危ないのよ!」
ゾンビの群れに一気に近づき、リトさんは一振りで10近くのゾンビを両断した。
巨大な斧から繰り出される隙だらけでも広範囲の振り回し攻撃は
ただのゾンビには十分過ぎる程の脅威。紙切れの様にゾンビが切断されていく。
「た、確かにあれだと近付かない方が安全だね…」
「そうだね、じゃあ私達はリトさんのカバーをしよう。
リトさんの背後からゾンビが接近したら私達で対処だよ」
「うん!」
すぐに私はリズちゃんに強化魔法を掛ける。
リズちゃんはすぐに私の強化魔法に順応してくれる。
強化魔法とリズちゃんの才能は相性が良いのかも知れないね。
でも、リズちゃんは自分で自分自身を強化することが出来ない。
自分で強化魔法を扱えるなら問題は無いんだけど
今のリズちゃんは私が居ないとあまり派手には戦えない。
「よし! 周辺を潰してくる!」
「うん!」
強化魔法を掛けると同時に、リズちゃんはゾンビ達の頭上を飛び越え
リトさんと距離を取り、ゾンビ達への攻撃を開始した。
現状、凄まじい殲滅力を誇ってるリトさんの近くで戦うのは危ないからね。
問題はこうなると皆が孤立状態になってしまうこと。
だけど、そこをカバーするのが今の私の役目だと思う。
テレポートを使って、家屋の屋根上に移動した。
ここなら2人の動きがよく分かる。
「凄いゾンビの数…」
屋根上から地上を見たとき、改めて数の多さを自覚することが出来た。
多方向の家屋からゾンビ達が這い出て来て、リズちゃん達に近寄ってくる。
だけど、動きが遅い。これで動きが速かったら厄介だけどゾンビは鈍いからね。
これ位の動きなら、屋根上から魔法を使っていくらでも迎撃することが出来る。
あまり魔法が得意じゃない場合は1つの魔法しか扱えない場合が多いから
一撃で周囲を攻撃出来る魔法が望ましいけど、私の場合は同時にいくつも扱える。
だから、この距離からの攻撃は高火力である必要は無く
むしろ少ない魔力で複数回攻撃が出来る基礎魔法が最も効果的。
「マジックアロー!」
手を上げ、周囲にいくつかの魔法陣を展開した。
その魔法陣から雨のように大量のマジックアローを放つ。
連射特化型のマジックアロー。一撃の威力はそうでもないけど
この物量であれば、生半可な魔物であれば確実に倒せる。
数が多く、耐久力が低い魔物であれば確実に刺さる魔法だし。
「っと、ふぃ…一気に楽になったわね、この状況。
雨みたいにマジックアローを放つのね、流石エルちゃん」
「うわっ! 目の前のゾンビだけ撃ち抜かれた! 何で私には当らないんだろう?」
「ほらリズちゃん、気を抜かないで。まだ終わったわけじゃ無いわよ?
エルちゃんの魔法は殲滅力は凄いけど
私達の近くにはあまり攻撃が来ないようになってる。
それに仕留め切れてないゾンビも多いわ、弱ってる所を叩くのよ」
「うん!」
仲間の周囲を攻撃する魔法陣は誤射の危険性があるから1つだけ。
その1つも複数のマジックアローが放てるようにはなってない。
周囲のゾンビを無造作に攻撃する方は複数撃てるけど精度が足りない。
だから、ゾンビにダメージは与えるけど殺しきれない場合が多い。
それもあって、周囲にばらまく方は本当にただの牽制攻撃に近いんだよね。
「ま、弱ってるゾンビを仕留めるのは難しくないわね」
「凄くあっさり倒せるよ」
私の牽制攻撃で弱っていくゾンビ達をリズちゃん達が確実に仕留めてくれた。
あれだけ数が居たゾンビ達も何とか全て排除することが出来た。
リトさんの殲滅力も凄いし、リズちゃんの素早い攻撃もゾンビ殲滅に大きく貢献する。
「ふぅ、何とかなりましたね」
「えぇ、あなたのお陰ね、エルちゃん」
「いえ、2人のおか…げ…」
不意に激しい頭痛が襲ってきて、バランスを崩してしまった。
倒れそうになったけど、すぐに近くに居たリトさんが私を支えてくれた。
「え、エルちゃん!? どうしたの!?」
「うぅ…あ、ごめんね、心配掛けて…ちょっとクラッとしただけだから」
「あれだけのマジックアローを放ってたわけだし、流石に魔力切れね。
燃費が良いけど、あの数は流石に無茶だったんでしょうね。
その前にホワイトウルフも召喚してたし、そりゃ魔力も切れるわ」
「あはは…すみません」
昔ならこれ位で魔力が切れることなんて無かったのに…情け無いなぁ…
流石に今の姿であれだけの魔法を使ったら限界が来るんだね…
魔力の消費は最低限に抑えてたつもりだったけど、数を撃つと流石にキツい…
「魔力が切れただけなんだ…良かった
何処か怪我でもしたのかと心配したよ」
「それは私よりも2人の方が…あ、そうだリトさん、怪我治しましょうか?」
「魔力切れてフラフラしてるのに私の心配なんてしないで良いわよ。
ちょっと自分で斬っただけの軽い怪我よ、回復の必要は無いわ。
こんなの唾でも付けてたら治るわ」
「汚いよ! リト姉ちゃん!」
「いや、本当にやるわけじゃないからね?」
「あ、なら安心だね」
あはは、本当にやると思ってたんだ…流石にそれは無いよね。
昔から良く言うしね、唾付けてたら治るって。
「しかし結局…村人の殆どはゾンビにやられたって事ね…
勝てたは良いけど…やっぱり素直に喜べないわね」
「うん…でも、リディアとそのお母さんは助ける事が出来たもん…
それだけでも良かったって思わないと…」
「…そうね、でも本当にどうして…生存者は殆どいないなんて結果になったのかしら。
ゾンビの襲撃で村1つ潰れる。確かにあるにはあるけど
村人の殆どが命を落とす程の被害はそう無いわ…
動きが遅いから避難はしやすい筈だからね。
でも、リディアとその母親は村の中で隠れる事しか出来なかった…
やっぱり違和感あるわね」
「森に逃げた人とかいるんじゃないのかな? 探してみようよ」
「でも、ミリアは他に生存者は居ないって言ってたわ。
あのホワイトウルフの子も居たんだし、森に逃げた生存者が居たとすれば
匂いを辿って、森に逃げたって分かりそうだけど…
ひとまずもう一度あの子に話を聞いてみましょうか。
エルちゃんは会話出来るみたいだしね」
「はい」
ゾンビを殲滅した後、私達はミリアさん達が居た場所へ戻ろうとする。
だけど、向こうも既にこっちに移動してきていたみたいで道中で合流出来た。
「お見事です。流石の一言に尽きますね」
「褒める必要は無いわ。それより聞きたいことがあるの」
「うん、ねぇウルフちゃん。他に匂いって無かったの? こう、逃げた匂いとか」
「ありませんでした。殆どゾンビの匂いばかりで、生存者の匂いはあの2人だけです。
残り香とかもありませんでしたし」
「そう…」
「……誰も、逃げられなかったんです」
「え?」
私達の話を聞いていたリディアちゃんのお母さんが口を開いた。
「ゾンビの大群が…まるで何かに引寄せられるように村に…
それも、逃げ道を完全に塞いで…包囲するように来たんです」
「な…そんな馬鹿な!? ゾンビにそんな知能があるわけが!」
「そうですよね…私もおかしいとは思ってたんですけど…
でも、すぐに隠れないとって思って」
「一緒に隠れなかったのは何か意味があるのか?」
「はい…身を隠してしばらくした後、私達はゾンビに気付かれたんです。
だから私が惹き付けるために」
「そう…英断だったわね。結果2人とも無事だったんだし」
娘の為に命を捨てる様な行動をしたんだ…本当に娘思いの良いお母さんだよ。
「しかし、ゾンビがそんな知性を持ってるかのような振る舞いをするとは…」
「残る謎は多いわ。でも、私達がやるべき事はもう決ってるわ。
生存者を保護したのだし、護衛しながら国へ戻ること。
エルちゃんの帰還魔法を使えばすぐに戻れそうだけど数無いしね」
「はい、もっと用意しておくべきでした…」
「まぁゆっくり帰るのも良いでしょう。じゃあ急いで帰りましょうか」
「はい」
「そうだ、あなた方のお名前を伺ってませんでしたね。
フルネームでお願いします。書類を提出するのに必要なので」
「あ、はい。私はスイカ・サンドバーズ。この子はリディア・サンドバーズです」
「スイカさんとリディアさんっと。はい、ありがとうございました。
他にも色々と書いて貰う書類などはありますが、そちらは国へ着いてからです。
今は無事に帰れるよう、私達と共に行動して貰います」
「はい、助けて貰ったのに国まで護衛もしてくれるなんて…
本当、何とお礼をして良いか」
「気にしないで良いわよ、それが私達の仕事だからね」
「うん! 戦える私達が戦えない人を守るのは当然だから!」
「本当にありがとうございます…ありがとうございます…」
「ありがとうお姉ちゃん達!」
私達は2人を連れて国へ帰ることにした。
ゾンビの殲滅…やっぱり不思議な部分は残ったままだけど…
今は無事に終わったことを喜ばないとね。
 




