ゾンビに制圧された村
2日目、村までの道中はそんなに距離は無かった。
ある程度まで接近して、ひとまず現状の被害を確認することになった。
「…見た感じ、全滅かしらね…」
「……いや、まだ分からない。私が見てこよう」
「ミリアさん、正気ですか? 数が多い中に単身は危険です」
ゾンビの数は遠くから見てもかなりの数が確認できる。
それなのに単身でってなると、かなりの危険が伴う。
だけど、ミリアさんの目は本気だった。
「相手の数を正確に把握、危険地帯の把握、逃走経路の把握
ゾンビがどのように行動するかも予想も可能だろうしな。
そして生存者が居れば最優先に向うことが出来るからな。
とは言え、生存者が居た場合は私が護衛をして来て貰う方が確実だろうが」
「…じゃあ、ちょっと待っててください」
「ん?」
この場面で有効的な手段は私の転移魔法だろうね。
私はバックから何枚かの紙を取りだし、すぐに魔法陣を書いた。
そして入り口と出口として繋げて、これですぐにここまで転移することが出来る。
「はい、これを。生存者が居た場合はこの紙を渡して上げてください。
魔力を込めればこの場所にすぐに移動することが出来ます。
ミリアさん自身も身の危険を感じた場合は利用してください」
「この魔法陣は…そう言えば、そんな魔法があると言う話をしてたな」
「はい、前ミルレール…と、戦った時に私達が消えたのもこの魔法陣の力です。
帰還魔法って感じですね。今回は帰還というかは転移魔法なんですけどね。
どちらにしてもこの距離ならそこまで発動には時間は掛らないはずです」
私が渡した魔法陣を見て、少し困惑しながらだけどミリアさんは受け取ってくれた。
「でも、あの魔法って1人が発動させたら全部発動するんじゃ無かったっけ?」
「それは帰還魔法の方の仕様だよ。今回はその接続はしてないから
魔法陣を動かしたら動かした魔法陣だけが動いて
魔法陣を持ってる人を移動させてくれる様になってるの。
発動まで少しの時間差を用意してる。
だから、動かしてすぐ離れていればミリアさんが移動してしまうことも無いの。
今回の転移魔法は完全に救助に特化してるんだ」
「全く当たり前の様に凄まじい魔法を用意してくれるな。ありがたい限りだよ」
「魔法の扱いには自信がありますから。
それと、転移をさせたら私達の背後にある魔法陣に移動します。
連続で使用して座標が同じだった場合は避けるようにしてるので大丈夫です」
「難しいけど、まぁ便利な魔法って事よね?」
「難しいというか、あなたの場合は考えるの放棄しましたよね?」
「いやほら、私だけじゃ無くてリズちゃんも放棄してるし」
「私が考えても理解できるわけ無いからね!」
リズちゃん…それは得意気に言うべき言葉じゃ無いよ…心の中で言っても意味ないけど。
実際、この魔法は結構難しいし、あっさり理解できる様な無い用でも無いんだよね。
「ふ、難しい事はあまり考えないでおこう。今は時間は掛けるべきじゃ無いしな。
それじゃぁ、行ってくる」
ミリアさんが立ち上がり、村の方へ足を進めていく。
「本当に1人で大丈夫なの? ミリア」
「潜入、潜伏、奇襲はエルフの得意分野だ。狩りの基本だしな。
それにエルからこんな便利な物も貰った。何かあっても問題は無いさ」
私達に背中を向け、余裕ある言葉を残した後、ミリアさんは移動を始めた。
ある程度村へ接近した後、彼女はすぐに身を隠し行動を始めた。
「…大丈夫だと良いけど」
「大丈夫だよ、だってさミルレールと戦った時、エルフの気配も感じなかったじゃん」
「確かにそうよね、完全に不意に姿を見せてたし、潜伏技術は間違いないか」
「エルフは基本的に孤立を好んでいる種族ですし、ライフラインは狩りですからね。
気配を消し、対象を確実に仕留める事に特化しています。
魔法は防御特化ではありますが、潜伏技術と近接戦闘技術等でカバーしてます。
筋力などはそこまで秀でては居ませんが、的確な一撃は実に強力ですよ」
奇襲に特化しているとすれば、的確に相手の急所を狙う能力が必要になるからね。
なら、当然接近戦闘もこなせ、的確な一撃も可能なら大丈夫かな。
…でも、一応念の為に目を増やすのも良いかも知れない。
「一応、念の為に召喚獣を放ちますね」
「しょ、召喚獣…何をいってるんです? それはサモナーの技術…」
「あ……」
「んー、そう言えばエルちゃん、ミルレールと戦ってった時にワンちゃん居たよね?
確かエルちゃんが怪我を治した後…姿を消したような…」
「……」
い、いけない、当たり前の様に口が滑った…凄く自然に滑った!
考えてみればそうだよ! サモナーの技術はもう消えてるよ!
私がそれを知ってたらただでさえ不自然なのにより不自然になるよ!
「ですが、正直サモナーの技術と言え、書物は残ってますし…
色々と規格外なエルさんがサモナーの技術を扱えても違和感が無い気がしますが…
いや、でももし技術を蘇らせたとすれば、それは歴史的大発見と言いますか」
「うーん、確かにあの子は妙にエルちゃんに懐いてたような気はするけど…
まぁ、エルちゃんなら何でもありって気がしてきたわ、最近…」
「い、一応擬似的な…その、仮の魔法で…その…さ、サモナーの技術とかじゃ無くて…」
「良くわかんないけど、凄いんでしょ? ミリアを助けられるならやった方が良いよ」
「う、うん…そ、そうだね…ちょっとやってみる」
うぅ、だ、大丈夫かな…私…色々とやり過ぎて何だか疑われてる気がする。
リズちゃんはそうでもないけど、ミザリーさん凄い怪訝な表情なんだけど。
リトさんは一周回ってあまり驚いてない感じだけど…じ、自重しないと。
「よし、出て来て」
「はいご主人様! 呼ばれて飛び出て召喚獣! ホワイトウルフ-!
別名、ワンワンオです!」
「そ、そんな別名あったんだ」
「犬と狼、合わせてワンワンオと聞いてますとも!
さぁ、今日の私はテンション高いですよ! 何でも命令を! ワンワンワン!」
さ、最初に召喚したときと今回召喚したとき、確かに大分テンションが違うね。
「ほ、本当に出て来た…てか何この子、あの時も確かに異常に可愛かったけど
今日はあの時異常に可愛いような気がするわ」
「何か動きが可愛いね! 何か言ってるのかな? 鳴き声しか聞えないけど」
「ほ、本当に召喚獣が…確かえっと…ホワイトウルフでしたっけ…
昔の文献でしか見ていませんが、サモナーが最も呼び出しやすい召喚獣だとか」
「さぁご主人様! 私にご命令を! 私はご主人様に絶対服従です!」
「じゃあ、あそこの村、見えるかな?」
「はい、ゾンビで溢れかえってます」
「あそこに生存者が居るか確認してきてくれる? 先にエルフの人が行ってるんだけど
その人と協力して生存者を見付けてきて欲しいの。
あなた鼻が良さそうだし、生きてる人も見付けられそうだから」
「はい! お任せください! まずはそのエルフの方を探せば良いのですね!
では行って参ります!」
私が指示を出すと、彼女はすぐに村の方に走っていき、建物の中に飛び込んだ。
これで生存者を見付けやすくなるとは思うけど…
「…もしかしてエルちゃん、あの子とお話しできるの?」
「うん、私が呼び出したからなのかな、お話しできるよ」
「えぇー! 羨ましいー!」
「多彩な魔法にサモナー紛いの召喚魔法…あなた本当に何者ですか?」
「わ、私はただの魔法使いですよ!」
「まぁまぁ、エルちゃんが何者だとしても関係ないでしょ。
問題はその才能を良い事に使ってくれるかどうかってだけよ。
さて…生存者が居てくれれば良いけど…祈るしか無いわね」
「うん」
それからしばらくの時間が経ったけど、未だに動きが無かった。
やっぱり生存者は居なかったのかな…それにミリアさん無事だと良いけど。
「あ!」
そんな事を考えていると、背後から淡い光りが見える。
すぐに振り向いて見ると、そこには震えている小さな子供が座ってた。
「良かった! 生きてたんだ!」
「あ、あ…ここは…」
「安心して、助けに来たの」
「で、でも私、え、エルフの人に助けられて…そ、そうだエルフのお姉ちゃんは!?
あの人、お母さんも助けてくれるって言って…お母さんは何処!?」
「落ち着いて、まだ時間が掛るだけよ。ひとまず今は信じて待ちましょう。
大丈夫、あなたの事は必ず私達が守るから、約束するわ」
「うぅ……」
今はミリアさんを信じる事しか出来ないよね。私達が下手に動くと襲撃されかねない。
数が多くて生存者の人が居た場合、巻き込んでしまうかも知れない。
「……」
それからもうしばらくの時間が経ったけど、まだミリアさんは帰ってこない。
ミリアさんは大丈夫だと思う…だけど、問題は…
「お母さん…」
「大丈夫だよ、きっとお母さんも生きてるからね」
「うぅ…私が悪いの…す、すぐ逃げなかったから…」
「そんな事無いよ、きっと大丈夫。きっとミリアが見付けてきてくれるから」
「…うん、お姉ちゃん、ありがとう」
「うん! お母さんが帰ってきたとき元気に迎えて上げないとね!
きっとお母さんも喜ぶ筈だから! だから、元気出してね。
信じていればきっと大丈夫」
リズちゃんの言葉のお陰か、彼女は少しだけ笑顔になった。
「ふぅ…今戻ったよ」
背後がまた光ったと思うと、そこにはミリアさんと一緒に1人の女性が立っていた。
「リディア!」
「お母さん!」
その女性は小さな少女を見ると涙を流し、彼女を抱きしめる。
リディアと呼ばれていた少女も同じで、すぐに駆け寄り抱きついた。
「ミリア、随分と埃まみれね」
「あぁ、屋根裏に潜んでいるとは予想外だった。
この子が居なければ気付かなかったかもな」
ミリアさんが足下にいるホワイトウルフを優しく撫でた。
彼女は少し撫でられた後、すぐに私の方に移動してきた。
「おっと、エルの召喚獣だったのか」
「ご主人様! 任務完遂です! しかし、生存者はあの2人だけでした。
あの2人が無事だったのは、正直言うと奇跡だと私は思います。
村の損傷具合から考えて、一瞬で崩壊したのが分かりました。
残されている血も5日ほど前の物ばかり。
その日に一瞬で村が滅びたのだと思います」
「5日間もあの2人は隠れてたの?」
「食料が豊富にあったのが幸いだったのです。母親の方は奇跡的としか言えません」
リディアと言われていた子の方は食料や水があったのかもね。
でも、母親の方は無かった…それなのに生き残ってた…凄い生命力だよ。
「ありがとうございます! なんてお礼をすれば良いか!」
「お礼は必要無いさ、私は出来る事をやっただけだからな。
それと、これを。長い間隠れていて水分も取れてないんだろう?
本当、良く生きていたな」
「ありがとうございます」
ミリアさんに差し出された水を受け取る。
「リディア、お水いる?」
「私は大丈夫だよ、それよりお母さんが飲んで!」
「本当に大丈夫? 地下にあったお水だけで足りた?」
「大丈夫だよ! だからお母さんが飲んで!」
自分の方が喉が渇いてるはずなのに、まずは娘に飲ましてあげようとするんだ。
娘の方も母親の事を心配して、差し出されたお水をお母さんに飲むように言ってる。
流石に娘に心配されて、そこまで言われたからなのか、お母さんは負けて自分が飲んだ。
「美味しい…」
母親の目には涙が浮かんでいた。当たり前に飲んでいる水だけど
本当に必要な人からしてみれば、涙を出すほどに嬉しい物なんだね。
「良かったわね、リディアちゃん」
「うん!」
「…お母さんを大事にしなさいね?」
「うん! 私がお父さんの代わりにお母さんを守るの!」
「リディア…」
「そう、じゃあ頑張って凄い子にならないとね、応援してるわ」
「ありがとう! それにエルフのお姉ちゃんもありがとう! 皆ありがとう…
本当に…う、うぅ…」
「本当に…なんてお礼を言って良いか…」
「お礼は必要無いさ、君達が幸せで生きてくれる。それが1番のお礼だ」
身の危険を承知の上で助けて、見返りなんて求めない。
凄い人だよ、ミリアさんは。格好いい。
「しかしエル、やっぱり凄い魔法使いだな、お前は。
あの転移の魔法が無ければ、今頃どうなってたか」
「何か問題があったんですか?」
「彼女、かなり危険な状態で既にゾンビにバレてたんだ。
何とか少しだけ撃破して救出に向ったが
彼女を連れて逃げれる状態じゃ無くてな。
これが無かったら危なかった。だからお礼を言わせてくれ、ありがとう」
そんな危ない橋を渡っても助け出した…やっぱり尊敬する。
「ミリアさん、凄いですね…そんな危ない事も躊躇いなく出来るなんて」
「助けられる命を助けないって言うのは好きじゃ無いんだ。
それにこの魔法陣もあった。安心して無茶が出来たよ」
「エルちゃんが居ると安心感あるわよね…それでミリア、他に生存者は?」
「……残念ながら、ホワイトウルフと共に捜索したがこの2人以外には」
「…そう、殆ど壊滅か…」
「救えた命があったんです。それだけで良しとするしか無いでしょう」
「そうなのだけど…やっぱり悔しいわね…でも、仕方ないとしか言えない…
それじゃあ、これからが私達の仕事ね。
これ以上、こんな被害を出さないためにも…やるわよ」
「うん! もう殺させない!」
「ミザリーとミリアはこの2人の護衛を頼むわね」
「3人で大丈夫なのか?」
「大丈夫よ、私はアンデット殺しのプロよ、必ず殲滅する」
リトさんが巨大な斧を取り出す。その巨大さに圧倒されたのか
生存者の2人は少しだけ動揺していた。
常人では扱いきれないほどの得物を片手で振り回してる姿を見れば仕方ないかも。
「さぁ、やるわよ! 2人とも!」
「うん!」
「準備は出来てるよ!」
「よし、行くわよ! 油断しないように殲滅しなさい!」
「うん!」
ここからは私達の仕事。村のゾンビを全て倒してこれ以上の被害を防ぐ!
 




