最初の抵抗
神様の気まぐれで再び手に入れたこの命。
私は、この命を過去の過ちを正すために使うと決めている。
絶対に…お父様を倒さないと行けない。
勇者様を裏切ったのはこの私…本当に馬鹿だった。
結局、お父様に反旗を翻して死んでしまうのなら
勇者様と一緒に戦って、お父様を倒せば良かったのに。
……そんな、後悔ばかりが私の心を埋め尽くす。
何で勇者様を殺してしまったのだろう?
どうして自分の死が恐ろしかったのだろう?
死んだ後だから思うけど、1番恐ろしいのは何処までも深い、後悔なのに。
「……」
この過ちをやり直すことは出来ない。
既に起きてしまったこと…ずっと後悔は拭いきれない。
でも、必死に戦って死んでいった人達の姿を見て勇者様の言葉を思い出した。
勇者様は私を許してはくれないだろう。裏切り者の私を。
でも、せめて…許されなかったとしても、勇者様の戦いを無駄とは思いたくない。
勇者様の努力を無意味にしたくない…殺してしまったのは私だけど
……もう、変な気分だよ…私は何をしたいの? 本当に私は何なの?
「エルちゃん!」
「え?」
お母さんの声…この姿に転生しているから、私にはエリエル・ガーデンとしての両親が居る。
私の両親や周りの人達は、私の事をあだなでエルと言ってるんだったよね。
エビルニアの時は略称はされなかったから、少し違和感がある。
それに昔の記憶があると、どうも少し妙な気分にはなる、だけど、これが事実。
そのお母さんの声が、今まで聞いたことが無いほどに切羽詰まっていた。
「どうしたの?」
そんな露骨な声を聞いて、ちょっと焦った。
あんなにも焦っている声を聞いたのは初めてだったから。
「ま、魔物が!」
「―っ!」
急いで村の外を見た、確かに魔物がこちらに来ている。
そんなおかしい…今まで平和だった、今、私は7歳ほど。
だから、私が生まれて少なくとも7年間は魔物の話題すら聞かなかった。
それが、唐突に…ここまで活発になるなんて事……
「…あ」
そうだ、忘れていた。ここは今、私が死んで何年も後の未来!
既に100年以上はたっている。
多分、あれから190年程の時間が経ってる。
私は死ぬ直前にお父様に瀕死の重傷を与えた。
その傷が癒えるのは推定だと200年程だった。
つまり、お父様の復活が近い…だから、魔物が動き出した!
過去の状勢を多少は知っている私だから
何故こんな事態になっているか、推定は出来る。
急がないと…お父様が完全に復活しちゃったら
折角活動が抑えられていた魔物が…人類を再び追い込む!
「……本当、私は…」
あの時、お父様を倒し切れていれば…あの時、勇者様と戦っていれば。
そうすれば、こんな事にはなってない。
私の選択で…再び何万もの命が奪われることに…私が…私のせいで…
「エルちゃん! 逃げるわよ!」
「……」
「エルちゃん!」
もう、私はこれ以上、行動を抑える事が出来なかった。
これから行なわれるであろう殺戮を目前にして…
私が…私のせいで、こんな事になったんだから!
何を失ってもいい…これ以上は、嫌だ!
「エルちゃん! 待ちなさい!」
母親の制止を振り払い、私はすぐに魔物の群れへ走る。
その間、村の人達に何度も呼び止められたけど
私はその全てをかいくぐり、走った。
こう見えても私は魔王の娘だった人間。
他の姉妹達と比べたら身体能力も低いかもしれないけど
それでも、ただの人間を振り払えるだけの技術はあった。
力が無い分、技術でカバーする事しか出来なかったんだから。
「私はもう…逃げないんだから!」
10年間だけど、色々な勉強を私はこなしてきた。
だから、私は多種の魔法陣を扱えるようになっている。
「うあぁああ!」
幸い、村に攻め込んできていた魔物は力が弱い魔物ばかりだった。
動きも遅く、連携も殆ど取れていないような奴らばかり。
私の魔法でも十分対応出来るほどの雑魚ばかり。
だけど、こんな統率も取れてない魔物が…どうして不意に村を襲おうとしたのか
それは、イマイチわからなかった。
「はぁ、はぁ…」
私はあまり魔力が無いけど、私は少ない魔力で高火力の魔法を放つ術を持っている。
エビルニアの時からそうだった、少ない魔力をカバーする為に
少ない魔力で強力な魔法を扱える術を私は磨いていた。
その時の経験が役に立ったと言えるかも知れない。
「……ふぅ」
でも、流石に魔力がちょっと…あまり使いすぎると動きにくくなるし
「魔法を扱える人間が居たのは少し予想外だったわね」
「……え?」
「まぁ、弱そうな子供だし、今確保すれば自由に操れるかしら?」
久しぶりに聞いた声だった。初めて聞いた声ではない。
うん、エリエル・ガーデンとしては初めて聞いた声ではあるのだけど
私には確かにこの声を聞いたことがあった。
「あら、硬直しちゃって。私の事、知ってるの?
ふふ、私もまぁまぁ有名なのかしらね。
それとも、威圧されただけかしら?
この私、テイルドール・ヒルガーデンを前に」
テイルドールお姉様…こんなにも早く…魔王の娘であるテイルドールお姉様が…
どうして、こんな辺境の村に…
「まぁ良いわ、怨むなら自分の不幸を怨む事ね」
テイルドールお姉様は私を捕える気だ!
それも、ギリギリまで追い込んで…確実に!
今の状態でテイルドールお姉様に勝てるわけがない!
けど…こ、ここで…ここで捕まるわけにはいかない!
「この炎の雨でちょっと焼けちゃいなさいな!」
良かった! テイルドールお姉様は完全に油断してる!
私がただの人間だと考えている。だから、この低火力の魔法!
最大級だと結構苦戦したかもしれないけど、この程度なら!
「油断したね!」
「え?」
テイルドールお姉様の攻撃を私が使う、吸収の魔法
ドレインフィールドで防ぎ、魔力を奪い接近した。
既に魔法陣は構成している。現状使える最大火力の魔法陣!
腕にその魔法陣を纏わせ、テイルドールお姉様の腹部に掌を当てる。
「オーバーヒート!」
「なん! うぐぅ!」
自分の魔力の半分以上を一気に放出する魔法。
反動も大きいのだけど、お姉様の反撃もドレインフィールドで防ぐ。
まだこのドレインフィールドは触れないと効果を発揮できないけど
他の魔法と同時に併発できるから扱いやすい。
完全に反撃型のスタイル。魔力量が少ないエビル二アとしての私には
この戦法しか扱えなかった。
その戦法が今、こうやって役に立ってる…お姉様に一撃を加えるほどに。
「はぁ、はぁ…」
「……驚いたわ、ドレインフィールド…懐かしい魔法ね。
あのエビルニアが使ってた技か、私はどうにも扱えなかったけど
なる程、人間なら子供でも扱える低級の魔法だった訳ね。
魔力量もない雑魚であるあの子が使えた訳よ。
私が使えないのは魔力量がでかすぎるからかしら?
ま、どっちでも良いわ。そんな子供でも使える低レベルの魔法
私は最初から興味無いもの」
少しだけ懸念していた、ドレインフィールドを使う事で
私の正体がバレてしまうと言う事を。
でも、テイルドールお姉様は私を何処までも見下している。
だから、私がドレインフィールドを使おうと、私の正体には気付いていない。
もしバレていたら…まだ準備できてない状態で終始狙われることになる。
「じゃあ、お遊びはこれまでにして、あなたを確実に」
「あそこだ! 急げ!」
「…はぁ、予想より早かったわね。
あまり私達が活発に動いているとは知られたくないし
仕方ない、今日は引くとしましょうか。
運が良かったわね。いや、運が悪かった…かも知れないけど。
残念よねぇ、私達に使われていれば生き残れたかもしれないのに。
ふふ、まぁ精々恐怖に怯えて育ちなさい。その方が人間らしいわね」
そう言い残した後、テイルドーズお姉様は私の前から姿を消した。
何とか生き残れた…はぁ、本当に正体がバレなくて良かった。
「見付けたぞ! エル!」
「お父さん…」
「この馬鹿!」
「痛い!」
う、うぅ…頭叩かれた…こんなの初めてだよ。
何で叩かれないと行けないの? 私悪い事してないのに。
「な、なんで殴るのさ! 魔物を倒したのに!」
「馬鹿な真似しやがって…心配したんだぞ…」
「あ…」
普段は頑なな父親だったけど、今日は違った。
私を殴った後、すぐに涙を流しながら
私を強く抱きしめてくれた。
手は震えて、声も震えて…泣いているのが顔を見なくても分かった。
お父さんは…私の事を…心配してくれていた…
こんなの、初めてだった…私は初めて…愛されていると…感じた。
……そう思うと、何だか私も涙が溢れてくる。
こんな事、初めてだった…涙を流したことはあるけど
それはどれもこれも後悔ばかりで…でも、この涙はきっと…違う。
「ごめん…なさい…」
「心配…させやがって……」
心地よい涙なんて…私は、初めて流した。